フォーマルハウト

 秋の星座には1等星がひとつしかない、寂しい感じを受けるなどという言い回しがしばしばなされることがある。

 まあ確かに、星座の分類として「秋の星座」として分類される星座の中でみるとそうなってしまうのだが、実際には西には夏の大三角が残っているしそれが低くなる頃には冬の星座が上ってくるし、そもそも頭上には夏ほどではないけれど天の川が輝いているのでいまいち結論ありきの話な気もする。秋の星座は神話物語として系統だっている星座が多いので、そっちの話をするための前フリではないかと漠然と疑ってしまうことがある。このコラムではあんまり神話の話はするつもりはないので、秋の星座を作る星の方を見てみたい。

 秋の、特に南の空にはあんまり明るい星がないのは確かである。そこは地球の回りを(見かけ上)ぐるりと取り巻く天の川からちょうど垂直方向で、銀河の極にあたるのである。一番星がまばらな方向なので、おのずと星が少ない。頭上には天の川がかかっているが、ちょうど天の川に当たるケフェウス座・カシオペヤ座・ペルセウス座などは2等星はたくさんあるのだが1等星がなぜかない。考えてみれば天の川の中心であるいて座だって1等星はないのでそんなものかもしれないが。天の川自身、今や日本ではなかなか見える場所も少ないのはご存知の通り。

 実は銀河の極が頭上にきて、天の川はそもそも日本からは見えない(南に垂れ下がってしまう)春の星座のほうが寂しいようにも思えるのだが、そう言われないのはたまたま1等星がほどなく散らばっているおかげだろうか。

 それはともかく、いちおう秋の星座の中にある唯一の1等星として挙げられるのが、みなみのうお座のフォーマルハウトである。南半球だとこれにエリダヌス座のアケルナルが加わるが、日本からは南西諸島など南の方に行かないと地上に登ってこない。

 このフォーマルハウト、明るさで言うなら、あんまり目立たない。1.2等なので、1等星の中では暗い部類に入るということもあるが、南に低いのでどうしても薄雲やもやに邪魔されたりしがちである。むろん大気の影響も多少あるだろう。ただ、回りに明るい星が少ない空間であるため、ぽつんと目を引く存在ではある。そのため、南の一つ星という異名がある。昔今井美樹が歌ってましたね。

 ……といいたいのだが、実はこの南の一つ星という異名、ちょっといわくがある。星(やその集まり)の異名といえば、昔から広く親しまれていたか、もしくは特定の地域で呼び習わされていたか、いずれにしても伝統あるものについての言葉が語られることが多い。すばる、とか。

 南の一つ星、というのもいかにもありそうなので、何となく呼び習わされていたように思ってしまうのだが、これが違うのである。

 星の和名の採集といえばこの人、ということで知られる、野尻抱影氏が北極星のことを北のひとつぼしと言い習わされているのにならって、南のひとつぼしと仮に名付けたものなのだ。仮の名前とした、という本人の記述があるので、別にでっちあげようみたいなことは野尻氏にはなかったのだろうが、それが独り歩きしてしまったのである。もっとも、静岡では「ひとつぼっさん」という名前で読んでいた地域があるので、ぽつんとひとつ光っている星という認識はあったのだろうし、どこかにはそう読んでいた人もいたかもしれない。しかしまあそれは、想像に過ぎない。

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 さてこのフォーマルハウトである。この写真の中にいるよ、というとまあ明るいからあれかな?と思う人もいるかもだが、しかしこれだけではわかりにくいだろう。目立った星座に星座線を入れてみよう。

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みずがめ座から星座線がつながっているが、実はこのように引くことが多い。みなみのうお座自身は低空で光害にやや埋もれてしまっており、西半分は描けなかった。フォーマルハウトのスペクトル型はA型で、アルタイルやベガに似ている。なので、見た目、色も白っぽい。

 このフォーマルハウトは、連星である。といっても、連星ということじたいにはさして目新しさはない。いくらもあるからだ。ただ、連星と言っても色々あって、望遠鏡で見ると2つに分かれていわゆる「二重星」として見えるような「実視連星」もあれば、望遠鏡でどう頑張っても分離できないがスペクトルを詳しく調べるとお互いに回り合っているために地球に近づいたり遠ざかったりして、ドップラー効果による変動が見られ、連星であることが分かる、という「分光連星」もある。同じく望遠鏡では2つに分かれて見えないが、公転に伴って片方の星がもう片方の星を隠すために明るさが変わる、「食変光星」もある。まあ後者2つはどっちも、望遠鏡で分離出来ないことには違いないが。言うまでもなく実視連星のほうが大抵の場合は星同士の距離は大きい。

 で、フォーマルハウトであるが、実視連星である。でも、フォーマルハウトが二重星だということで、望遠鏡を向けるためのガイドブックなどに出てくるという話はあまり聞かない。1等星で二重星ならもっと人気があってもおかしくないのでは?と思うかもしれない。

 もちろん、実視連星でもごくくっついていたり、もうひとつの星(伴星)が暗かったりすると有名にはなりにくい。でもフォーマルハウトの場合はどっちでもないのだ。伴星(フォーマルハウトBとしよう)はかなり離れているし、6.5等星だからもちろん明るい方の1等星フォーマルハウト(Aとしよう)に比べたら暗いが、なんてことはない。

 理由は簡単である、あまりにも離れているのである。望遠鏡を向けたら、伴星は視野の外に出てしまう。じゃあ肉眼で見えるか?といいたいのだが、6.5等は肉眼だとぎりぎり手が届かない。肉眼で見えるのは6等星までというのも一概に言えた話でもなくて、空が良いところでなれた人が見るともう少し暗いところまで見えるとも言われる。だから、ごく暗い空のところに行けば6.5等星は見ることが出来るのかも知れないが、この伴星は無関係な星がすぐそばにあって、そっちのほうが分離しにくいかもしれない。

 無関係な星のほうがむしろ近い?

 ますます何を言っているのかわからなくなってきた。という人もおられるだろう。

 実は、フォーマルハウトの伴星は、フォーマルハウトAから2°くらい離れている。2°である。満月4個分、というとまあまあくっついていそうだが、オリオンの三ッ星の幅より少し狭いくらいだ、と考えると予想以上に離れている。いくらまばらにしか星がないところとはいえ、これだけ離れていると他の星が混じり込んでくるのも道理である。そしてややこしいことに、フォーマルハウトBのすぐそばには、同じくらいの明るさの何の関係もない6等星がくっついているのだ。「見かけの二重星」である。

 口で言うより実際の写真を見た方がいいだろう。まずさっきの写真。そのフォーマルハウトの下(つまりやや南)に、やや暗い二つの星がある。これらはそれぞれみなみのうお座のγ星、δ星だが、これはフォーマルハウトとは関係ない。場所を示すための手がかりである。

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 このフォーマルハウトとみなみのうお座のγ、δあたりをもう少し拡大してみるとこんな感じになる。

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 矢印をつけたのがフォーマルハウトBの伴星である。見ての通り、間にごちゃごちゃと関係ない星がいっぱいまじっているのがわかるだろうか。それどころか、すぐ横に同じくらいの明るさの星がくっついているのも。

 そんなわけで、フォーマルハウトの伴星を見よう!という話はめったに観望の話でも出てこないのである。昔の子供向けの図鑑で双眼鏡で見える天体リストの中に名前が上がっていたのを見たことがあるのだが、星図が入っているわけでもないのでかえって困惑する子供が多いかもしれない。

 フォーマルハウトBはオレンジ色の星である。アークツルスやアルデバランのように温度が低いけど大きな「赤色巨星」ではなく、太陽のように別に年老いてない「主系列星」だ。太陽より少し小さな星で、質量が太陽の0.7倍、半径も0.6倍。太陽より小さな主系列星というのは暗いものが多くなかなか目にする機会がないので、そういう意味では貴重。フォーマルハウトも主系列星であるがこちらは太陽より大きく、太陽の2倍弱の質量と半径を持つ。

 見た目で離れているだけでなく、実際の距離もかなり離れている。フォーマルハウトAとB、1光年近くの距離がある。

 実はここまで離れていると、たまたま1光年離れているだけの無関係な星なのか、本当に連星関係になるのか、ちょっと目にはよくわからない。こういうことは実視連星ではときどきあるのだが(2°離れているというのはその中では珍しいが)、つまり実視連星の場合、だんだんとお互いの位置関係が変わっていくことで連星であることが分かるわけだが、遠く離れすぎている場合、公転に何万年、何十万年を要するために100年や200年観測をしたくらいでは位置関係がほとんど変わらないためだ。じゃあもともと、どうしてこの2つの星が連星らしいかと分かったのかといえば、まず距離がほぼ等しいということがあるが、それに加えて、星というのは銀河系内をじっとしているのではなくそれぞれ動き回っているのだが(固有運動)、方向や速さがこの2つのでほぼ一致しているのである。やたら離れている連星の場合、これが間接的な連星の証拠になる。1938年にルイテンという人が初めて気付いたのだが、この人は星の固有運動の研究で有名な人で、ルイテンカタログといえば固有運動の大きい星をまとめてカタログ化したものだ。そちらの研究の最中に、フォーマルハウトが連星であることを明らかになったのである。

 フォーマルハウトAとBの公転周期は800万年くらいと言われる。残念ながら生きているうちに公転の様子を見ることは望めなさそうだが、実は更に離れたところにもうひとつ伴星がある。C、としよう。

 こちらは更にフォーマルハウトAから離れたところに位置する。見かけ上の角距離にして6°弱。にぎりこぶしを腕いっぱいに伸ばした時だいたい見かけ10°なので、その半分強。こんなものが連星と気づくのはそれこそ固有運動や距離を調べなくてはわからない。フォーマルハウトBより更に暗い12.5等なので、そんな星が6°弱離れてたら普通に埋もれるわけで、連星であることが分かったのは2013年である。

 じつはこのフォーマルハウトC、そもそもみなみのうお座にはいない。みなみのうお座から外へとはみ出てしまい、となりのみずがめ座にいる。星座線もそんな都合考えて引かれていないので仕方ない。実際の距離もフォーマルハウトから2.5光年離れている。公転周期は2000万年くらい、と言われる。

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