【ショートショートのようなもの】バレンタイン法

2027年2月14日。
少子高齢化に頭を悩ませていた日本政府は、若者たちの草食化に歯止めをかけるべく、バレンタイン法を制定した。

バレンタイン法の主な特徴は2つ。
1.異性を好きになったらすぐに告白しなくてはならない
2.告白されたものは8時間以内に返事をしなくてはならない

政府はバレンタイン法を少子高齢化対策の最後の砦と考えており、嘘発見器を使用した令状無しのランダムな取り調べの権限が警察に与えられるほどの力の入れようだった。
一見、何の目的で設けられたか分からない「8時間以内の返答」も、恋愛の回転数を上げ、次の恋へと進みやすいようにと考えた心理学者たちの発案によるものだった。

ガチャ。

「失礼します」
仕立ての良いスーツを着た一人の男がドアを開けた。
ここは首相官邸のある一室。
男はバレンタイン法を主導する厚生労働省の役人だった。

「おお、君か。
 どうだね、バレンタイン法は。
 いやいや、言わんでも分かっておるよ。
 この半年、恋愛の話題をきかなかった日は無い程だ。
 大成功だろう。

 今もちょうどTVを見ていたが、何とかという芸能人が生放送中に告白したらしいじゃないか。
 マスコミ共は大喜びなようだな。
 なにせ古来より残酷な事件と色恋沙汰はあいつらの大好物だからな。
 この調子でどんどん盛り上げて欲しいものだよ」

迎えられた男は少し困ったような顔で資料を手渡し口を開いた。

「総理。
 まずはこちらの半年分のデータを御覧ください。
 非告白者の検挙者数のデータとなっております。
 ご覧のように検挙者数は日に日に低下し、国民にバレンタイン法が国民に浸透しているのがお分かりいただけると思います」

総理は右肩下がりのグラフに軽く目を通すと上機嫌な顔で男に尋ねた。
「ほほう。
 やはり大成功か。
 これで私の支持率も更に上がるというわけだな?」

「いえ。
 確かにバレンタイン法は成功しているように見えるのですが、1つだけ気になるデータがございまして…
 検挙者数は確かに目に見えて下がっているのですが、なぜか告白数がそれ以上の勢いで落ちてるのです。
 ちょうど先ほど総理がご覧になっていたページがそれです」

総理は自分が見ていたページが検挙者数ではなかった事を指摘され、少し怪訝な顔しながら言葉を返した。
「どういうことだ?」

「恐らくは…
 これは私の勝手な推測なのですが」

「話してみろ」

「今の若者達は、告白を断られる事に耐えられなくなってしまったのではないでしょうか。
 彼らは最初のうちは次々と告白をしていました。
 しかし、これまで草食系と呼ばれていた世代が告白する相手も、やはり同じ草食系の世代たち。
 人と密接に付き合うことに慣れていない世代です。
 告白の返事の多くはNOだったのではないでしょうか」

「それだけでは告白の数が減った理由にはならんだろう。
 他の者を好きになり、告白する。
 それこそがバレンタイン法が意図した所ではないのか?」

「はい。その通りです。
 しかし彼らは、私達が思っていたよりもずっと草食系だったのではないでしょうか。
 つまり、何度も断られて傷つくぐらいなら、魅力的な異性に会わずに済まそうと考える程に」

「馬鹿な妄想もいい加減にしたまえ、君。
 大体、この日本で異性に会わずに済む街がどこにある。
 そんな馬鹿なことを考えている暇があったら、もっと詳細なデータを…」

ガチャ。

「失礼します。
 総理。
 ブリーフィング中の所、申し訳ございません。
 緊急性の高いデータが上がってまいりましたので…」

最初の男と同じような仕立ての良いスーツを着た男が息せき切って入ってきた。

「どうした」

「この半年で若者の引きこもりの数が急上昇しているようです。
 原因は全く不明なのですが、尋常ではないレベルです。
 このままでは経済界にとって少子高齢化以上のダメージになると予測されます。
 そこで私はバレンタイン法の活用を推し進め、若者達に積極的に恋愛してもらう事で引きこもりからの脱却を目指す案を作ってまいりました。
 是非この資料に目を通していただけますでしょうか」

最初にいた男と、総理の大きなため息が同時に部屋に響いた。

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