プロトンの流体力学

今年のゴールデンウィークも各地の高速で大渋滞が発生したというニュースが流れると思いますが、クルマの流れを流体に見立てて解析する研究のことを交通流といいます。流体とは多数の小さな構成要素(水流ならH2O分子とか、空気の流れなら窒素分子とか酸素分子)が相互作用(衝突)している物体なので、クルマを分子のようなものだとして、たくさんのクルマが道路を流れていると流体力学を応用することができるのです。

さて、ここではプロトンについて考えてみましょう。物理でプロトンと言えばproton 陽子のことですが、ここではロードレースにおけるプロトン peloton (フランス語の小隊)のことです。

ここで考えたいのは、プロトンが狭いコースを抜けるとき、あるいは坂道を下って登り返すときになぜスピードが落ちて、選手が溜まってしまうのか? ということです。クルマでいえば渋滞ですね。

「そんなの当たり前だろ、前が詰まるんだから」

と思うかもしれません。しかし、実はそんなに当たり前ではないのですね。例えば、川の流れを考えてみましょう。川は普通、川幅が広いところではゆっくり流れ、狭いところでは速く流れています。あれっ?、自転車集団とは逆ですよね? 広い道から狭い道に入るとき(例えば、フランドルのレースなんかを思い浮かべると良いでしょう)、スピードが落ちて下手すると渋滞します。

これはちゃんと流体力学で理解できます。川の水とプロトンの自転車はどちらも流体として扱えます(より正しくは、近似的に、です。流体力学はある種の近似なのです)。しかし、両者は全然違う種類の流体です。

流体は、その速度が音速よりも遅いか・速いかで、亜音速流・超音速流(英語では、subsonic, supersonic といいます)で分類できます。音速は空気の場合、温度や湿度、気圧にもよりますが、だいたい 330m/sくらいです。しかし、光の速さ(光速)と違って音速は流体の種類によっても全然異なります

より本質的には、音速とは流体中を情報が伝わる速度、のことです。ここで言う、「情報」とは例えば、ある部分の圧力が上がったとか、そういうことです。流体中ではそういう情報が波として伝わっていきます。それを音波といい、音波の伝わる速度が音速、です。

流体を狭いところに流した場合、その振る舞いは亜音速流と超音速流では真逆になります(式を示せば明らかですがここでは省略します)。亜音速流では、狭いところに向かって流速があがり、最も狭いところで流速が最大となり、抜けると遅くなります。超音速流はこれと逆です。最も狭いところで流速が最小になります。

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さて、川の水とプロトンに戻ると、川の水は通常、亜音速流です。つまり、水の音速(だいたい1500m/s)よりも流速(毎秒数mくらいでしょうか)の方がずっと遅いのです。なので、川幅の狭いところでは流速があがるのです((注)ここでは川の深さは一定だとします)

一方、プロトンは超音速流と考えられます。プロトン中の音速とはわかりにくいですは、たとえば、選手同士の接近(つまり、密度が上がる)という情報が集団中を伝わる速度のことです。例えば、集団中で前が詰まると後ろの選手に伝わっていきます。しかし、その速度は有限です。その"音速"に比べて、自転車のスピードが通常は速いのです。だから、集団が道幅の狭いところに差し掛かると集団のスピードが落ちる(前が詰まる)ことになります。


別の言い方とすると、亜音速流では流体の圧力(つまり、中の構成要素=例えば水分子=がぶつかる)が流れの速度を決める、のに対し、超音速流は圧力が効かないのです。つまり、中の粒子(プロトンなら自転車)があまり相互作用していない、ということがこの振る舞いの違いを発生させています。

では、プロトン中で「音速」を上げれば、亜音速流っぽくなるのではないか、と考える人がいるかもしれません。思考実験をしてみましょう。プロトンが道幅の狭いところに突っ込んでる状況で、プロトンの後ろの方にいる選手がその状況が見えた、とします。そうすると、どうします?前が詰まることを予想してブレーキをかけますよね?この場合、前方の状況は光の速度で後ろの選手に伝わった、ことになります。つまり、

情報の伝わるスピード >>  プロトンの速度

なので、亜音速流になるわけです。この場合は理論的には渋滞は発生せず、道幅の狭いところでは速いスピードで選手が抜けていきます。プロトンの中の密集度が下がるとこういうことが経験的にも起こります。実は音速は、密度が小さい方が大きくなりがちなので、密集度の低いプロトンは亜音速流的に振る舞う場合もあるのです。

プロトン中の情報伝達の仕組みとしては他に「どなる」というのもあります。この場合、情報は空気の音速で伝わります。例えば、後ろの選手が前に向かって「前もっと踏めよっ!」と怒鳴れば、前の選手は踏みますから亜音速流的になって渋滞が回避できるかもしれません。ただ、レース中に怒鳴るのはあまりオススメできないですけどね。

(了)

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