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これからのギターメーカーのこと

苦戦するギブソン

令和元年8月初旬。
昨年11月に経営破綻したギブソンでは、新たな筆頭株主となった投資会社KKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)から送り込まれた経営陣(CEOは元リーバイスのブランド責任者)が、早速苦戦を強いられている。

ギブソンではつい先日、大量のFirebird Xを重機で破壊している動画が流出してしまい、キャタピラで踏まれて破壊されるギターのショッキングな映像がSNSで広く拡散され、多くのギターファンを失望させた。

ちなみにFirebird Xは2010年に前社長が”従来のギター”を叩き壊して発表した“革命的な”ギター。デジタル技術をふんだんに採用した約60万円のこのギターは、あらゆる電化製品があっという間に型落ちとなるデジタルの波に乗り、10年持たずに不良在庫として破壊される皮肉な結末を迎えた。

また、このニュースの少し前には、ギブソンがEU圏内で2010年に登録したフライングV の立体商標が、訴訟で敗訴して取り消されるというニュースが流れた。もはやV字型のギターは広く一般的な形であり、ギブソンだけが独占的に使用できるものではないという判決だ。
この件は旧経営陣の起こした訴訟だったが、新経営陣もコピー品への対策強化のため「認定パートナープログラム」を作ることを検討中だそうで、これが新たなギブソンバッシングの火種になる可能性もある。

時代が変わった

さて、これらのニュースで興味深いのは、旧経営陣が仕込んだ負の遺産によって新経営陣が苦しめられるという「経営あるある」ではなく、15年前には合理的と評価されたはずの経営手法(思い切った不良在庫の処分とか知財の囲い込みとか)が、独善的と見なされバッシングされるようになったという点だ。

近年、企業にはESG経営(Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)といった社会的責任を重視する経営)が求められている。
環境的にも社会的にも、木工製品を大量に作り大量に廃棄する行為が好まれないのは間違いないし、その動画が流出するのは企業統治に問題ありと評価されてもおかしくない。
また、企業同士の共創が一般化する中、知財を使って他社を締め出そうとするのは業界を萎縮させ市場全体を縮小させる可能性があり、社会的責任が求められるギブソンのような老舗企業としては安易に選択しづらい手段となった。

ギター市場は長期的には広がる

ギブソンの危機を尻目に、フェンダーは初心者を増やすことでギター業界全体のパイを広げることにチャレンジしている。ギターの上達を支援するサブスクリプション型のフェンダープレイ、ポップなカラーのアコースティックギターの登場はフェンダーの方向性の最たるものだ。
ギターヒーロー不在の時代にも、ギターを弾きたい、始めたいという層は一定数いて、宅録やSNSによる動画投稿等の影響も大きい。
よりグローバルに捉えれば、世界の人口は増え、貧困は徐々に減り、経済と文化のレベルは年々向上している。世界は良くなっている。いずれ文化レベルが上がり、中国、東南アジア、インド、そしてアフリカが巨大なギター市場になるのは間違いない。ITの後押しによってそのタイミングは我々が思うよりもずっと早くやって来るかもしれない。

ギターメーカーが取り組むべきこと

ギブソンのような大きなギターメーカーであれば、短期的に取り組む価値があるのは(自社のブランドラインの整理を除けば)中古市場への挑戦だ。

楽器業界は新品以上に中古楽器の流通が発達しており、中古品のリセールバリューも高い。こうした特徴は自動車業界に近いが、自動車業界と異なりメーカーが中古品を扱うことはほとんどない。

自動車メーカーはディーラーで同メーカーの中古車の下取りをし、その場でまた自社の車を販売することで幅広い顧客層を長期に渡って囲い込む。定期的なメンテナンスを案内してショーケースで新しいモデルを見せ、顧客とのエンゲージメントを深めるのが一般的だ。

ギターメーカーが自動車メーカーと同じように、顧客のライフサイクルやスタイルに合わせた提案をして整備済の中古ギターを販売するようになれば、新たなエコシステムが出来る。新品の楽器を大量生産するよりずっと環境に優しく、顧客一人一人のエンゲージメントも高まる筈だ。
もちろんこうした戦略は中長期的なビジョンがあれば描きやすいが、例えビジョンが描けなくても、他業界や他企業との比較で導くことが出来る。

一方で、中長期的な戦略はメーカー個々に異なるものになる。中長期の戦略というものは現在のビジネスの延長ではなく、どのような社会を目指し、そこでどのような役割を果たすのかというビジョンから導き出されるものだからだ。
初心者やシニア層等をターゲットにするといった戦略もあれば、いずれギター人口が爆発的に増えることを見越して、東南アジアやインド、アフリカでのビジネスを準備しておくという戦略もある。日本の音楽の発展にヤマハ音楽教室が寄与したように、途上国で音楽教室はどうだろう。いや、それこそ皆フェンダープレイが持っていくかもしれない。

いずれにせよ、中長期の視点が欠如したビジネスはすぐに行き詰まるし、中長期戦略はビジョン無しには生み出すことが出来ない。

これからのギターメーカーのこと

これからのギターメーカーは少なくとも大量に作ったギターを大量に廃棄したり、少ない顧客を奪い合うようなビジョンは描かない。

ギターはギタリストの個性に合わせてカスタマイズされ、アーチストに大きなインスピレーションを与えるものになる。作品の発表や流通はより手軽になり、多くの才能が世に出て、マネタイズできるようになる。
それぞれのギターの設計情報は広くシェアされて、サードパーティ製品を含む改造パーツが豊富に提供されユーザーの選択肢が増える。
ギタリストのスタイルに合わせた調整や改造は当たり前になって、小さな工房やリペアショップが活躍する。リペアマンのノウハウは互いに共有され、次の世代に引き継がれていく。
世界中、全ての家庭のリビングにギターが立て掛けられ、生まれてきた子供達は当たり前にギターを習う。誰もがギターを手に取り好きな歌を歌う。学校でも歌の作り方や歌詞の書き方を習う。
土地ごとに個性的なギター工房が生まれ、旅行の楽しみが増える。
世界中のギターファンが日本への旅行のついでにアストロノーツギターズに寄り、記念に一本購入して帰る。
こんな未来がいい。

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