言葉で訪ねる音ちゃん』の世界第1号~脚本について(前半)

0 はじめに

こんにちは、夢水です。
昨日、とうとう私が脚本担当として携わったラジオドラマの最新作、『音ちゃん』が公開となりました。改めて、この作品に関わった全ての皆さんに、原作者として深く感謝申し上げます。そして、すでに作品をご覧になり、温かいコメントを寄せてくださった方々も、本当にありがとうございました。まだ見ていないという方は、ぜひ記事末尾のリンクよりご視聴ください。
さて、この「言葉で訪ねる『音ちゃん』の世界」では、この作品に関わった人たちにお話を伺いながら、この作品について改めて考えていこうという記事になっています。ネタバレをする場合もありますので、作品を見たあとに楽しんでいただいたほうがいいかもしれません。
今日から2回にわたっては、夢水が、シナリオの裏話について書かせていただきます。。

1 あらすじ

とある街の駅前に駅ピアノがあった。その駅ピアノは、音楽に愛された天性の持ち主と呼ばれている少女によってひどく気に入られていた。そんな少女の突然の自殺から物語は始まる。
彼女にはかなえたい約束があった。自殺の1年後、彼女の幼なじみが起こした偶然の行動から、その約束が回り出す。音楽を巡る彼らの葛藤。少しずつ垣間見えてくる少女の過去。見え隠れする青春の光と影。どこにでもありそうな冬の街で転回される物語の先には、美しい約束の音色が響き渡る。心温まる、音楽系ラジオドラマ。


2 製作のきっかけ

以前から、このラジオドラマの企画で、声優さんとして出演してくださっている方の中に、和音さんという音楽を作っている方がいらっしゃいます。そこで、ぜひ和音さんの曲を生かせるドラマを作れないかと監督からお話をいただき、昨年末から執筆を始めました。私も以前から、音楽をモチーフとした作品を書きたいと思っていたので、とても良いタイミングでした。


3 音楽って何だろう

この作品においてもっとも重要なテーマは、「音楽って何だろう。」という、非常に大きな質問です。
音楽は、「音を楽しむ」と書きます。しかし、音を楽しむというのは簡単にできることではありませんし、音楽の世界というのは、ただ楽しんでなんとかなるものではないというのは音楽の世界に精通していない人出も、想像に難くないことでしょう。
音楽を楽しむためには、楽器をたしなんだり歌を歌ったりするための技術がいります。でも、それだけではだめで、自分が奏でたい音楽を定めてやる必要があります。そんな自分の道しるべのような存在として表れてくるのが、楽譜であったり指揮者であったり、音楽のルールを規定する存在です。この音楽のルールの中で、音楽をする人たちは自分の音を奏でようとします。そしてたくさんの人を感動させる演奏をするのです。
しかし、この音楽のルールというのは、ときに音を楽しむという音楽の元々の意味とは相反する考え方になります。自分が思ったように音を変えてはいけない。強弱をいじってはいけない。イメージや心証を挟んではいけない。そんな考え方が音楽の根底には存在しうるのです。音楽というのは緻密に計算された芸術で、音を楽しむことなんかできない。きっとそう考えることも出来るはずです。
この作品では、この二つの相反する考え方が描かれながら、音楽という者に向き合う視点が提示されていきます。音楽をただ楽しみたいと思っている人。正直者の音楽に忠実であろうと最後まであがこうとする人。個性のないクラシックを軽蔑する人。音楽の価値観に迷いながらも、その喜びだけは忘れたくない人。大好きな音楽をただ愛している人。音楽が怖いと思っている人…。それらの視点を通して、音楽とは何なのかということを考えていただける作品になっています。

4 私の経験

さて、お話を書いているだけの私が、なぜここまで音楽に対して偉そうな物言いで語っているのかと言えば、私もピアノをたしなんでいるからです。
私は2歳からピアノを習っていました。あるとき、音楽家になる道を考え、厳しい先生に師事したことがありました。しかしそこで、私は音楽の持つ恐ろしい現実を知らされます。それが上記に述べた音楽のルールであり、音楽の不自由な部分です。音を変えてはいけない。強弱を変えてはいけない。心証を挟んではいけない。とにかく楽譜に書かれたとおり、先生が提示するとおりに弾かなければならない。そんなことを私はたたきこまれていきました(もちろん、弾く人の自由を尊重してピアノを教えてくださる先生もいらっしゃいますので、全ての先生がそれらのルールを強要してくるというわけではありません)。
私はそんな音楽の恐ろしい現実に辟易として、クラシックを諦め、バンドに入りました。しかし今度はそこで、また新たな壁にぶつかります。
バンドというのはクラシックよりも自由が利くので、自分なりの音を奏でることができます。しかし、長年クラシックをしてきた私にとっては、「この音を弾いてください。」と言われなければ、自分の音楽が降ってこないのです。それによって、私はバンドで使い物にならない音しか奏でることは出来ませんでした。さらにバンドは団体行動です。自分の音を表現すると言っても、周りの音を聞く必要があります。それもまた難しく、音楽の新たな一面を見た気がしました。
今も私はお話を書く傍ら、ピアノを弾くことがあります。今の私は音楽を楽しめています。音楽に対する様々な経験を通して、自分なりの楽しさを発見できたからです。音楽にはいろいろな一面があるけれど、それらの中で、自分なりの表現を探してそれを発信していく作業。それこそが楽しいのだと言うことにやっと気づいたのです。


5 作者の分身

赤裸々に私の経験を語ってしまいましたが、この私の経験は、今回の作品で多くの登場人物たちに託すことが出来たと今は思っています。
厳しい先生に師事して、必死に音楽のルールを守ろうとしている姿は、未空(ミソラ)というキャラクターに託しました。そして、それによって音楽が怖くなったという気持ちは、この作品のメインヒロインである音ちゃんに託しました。そして、ルールや不自由な部分はあるけれど、それでも自己表現が出来るメディアとしての音楽に価値を見いだしている、今の私に近い存在として、主人公の伊呂波咲(イロハザキ)くんが当てられています。このように、メインで登場する3人の幼なじみには、作者である私の分身として思いを託すことが出来たのです。


6 恋愛というもう一つの物語

今日は最後に、この物語の重要な要素とも言える、人間関係のことについて短く触れておきます。
この作品を製作中に、バレンタインの日がありました。そこでこの作品にも、恋愛や友情の要素を取り入れようと思い至りました。この作品を見ていただくと分かりますが、伊呂波咲くんとその他の女の子たちの人間関係の揺れ動きが対照的に描かれています。そこには、ヒロインが複数いるという面白さだけでなく、過去から引き継がれていく幼なじみとの距離感に、高校で新しく出会った友人たちとの関係が重なり、彼の記憶や感情が揺れ動いていくという経過を意識させる者でもあります。
彼らの関係をつなぐものとして欠かせない役割を果たすのが、ホットチョコレートです。これは、作品のいくつかのシーンで出てきて、視聴者のみならず登場人物たちも温かい気持ちにしてくれることでしょう。そして、何よりも彼らのそんな揺らいでいく人間関係をつないでくれたものこそ、作品で常に出てくる駅ピアノなのです。


7 小休止

というところで、そろそろこの記事はいったん終わらせていただきます。次回も夢水が担当し、駅ピアノや音ちゃん自身のことなど、シナリオと音楽との関係に具体的に踏み込んだお話を書いていきますので、お楽しみに。
それでは、今日はこの辺で。いい夢見てね。
ラジオドラマ第6弾『音ちゃん』リンク:

https://youtu.be/NiT7dBL7vII

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