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24歳の夏、ひとつの覚悟

みんな、同じだから

そんな言葉で、呪いのように自分を縛りつけていた。

毎日同じ時間に起き、変わりばえのない服を着て、心を無にして満員電車に乗り込む。

新卒として働き始めて、2ヶ月が過ぎたあたり。毎日が退屈で、憂鬱だった。

平日の朝に特有の気だるい空気に押しつぶされそうになりながら、ふと疑問に思う。

この電車に乗っている人たちの中で、一体どれだけの人が自分の“好き”を仕事にできているのかと。

✳︎

本当は、入社する前から薄々感じていた。

私は“書く”ことが大好きで、暇さえあれば言葉について思考を巡らせて。これを生業にできれば、今の自分にとっては幸福なことに違いないと。

それでも、一年前の私には覚悟がなかった。

自分の持てるスキル、知識、キャパシティ。何をとっても自信がなく、適当な言い訳で自分を納得させて、世の中の流れに身を任せるように内定をもらった企業に就職をした。

“最低でも、一年”

どこから引っ張りだしたかも分からない目標を立て、ただただ目の前にある仕事をこなす日々。

私、本当にこれがしたいんだっけ?

キーボードをカタカタと打ちながら、そんなことを何回思っただろう。

でも、きっとみんな同じ。生きていく為に、何かを守るために働いている。自分の好きなことは二の次で、心の底からやりたいと思うことを仕事にできる人は、ひと握りだけ。

あの頃の私は、自分がしていることを正当化させようと必死だった。

みんな、同じだから

最後はいつも、その言葉で心に蓋をして。

✳︎

感情に蓋をすることができなくなったのは、突然だった。

仕事終わり、明らかに元気のない私を見兼ねて、彼が私の好きなラーメン屋さんに連れて行ってくれた。

こてこての家系ラーメン。食券を渡してから5分と経たずにテーブルに運ばれてきたそれを見つめ、少し硬い麺をズルズルと啜る。

(相変わらず、美味しい…)

そう思うよりも先に、泣いていた。こんがらがった自分の感情を紐解くように、いつもよりゆっくりと麺を咀嚼する。

それを見た彼は少し驚いた顔をして、でも多くを尋ねず、小さなお茶碗を差し出しながら「ご飯、いる?」とだけ言った。

家に帰る車の中。助手席でボロボロと泣きながら、必死で自分を落ち着かせようとする。

(みんな、同じ)

ううん、違う。

(みんな、同じような気持ちを抱えながら、頑張って働いている)

そうかもしれない。だけど。

(だから…)

だからって、私はこのままでいいの?

答えは、ずっと前から決まっていたのかもしれない。キャリアとか、名誉とか、肩書きとか、お金とか、安定とか。私が大切にしたいのは、それらじゃない。嘘偽りない、自分の心だ。

書くことを生業にするのは、本当に大変なことだと思う。悩むことも、苦しいことも、今より増えるかもしれない。

それでも、自分の好きなこと、心惹かれること、わくわくすること。これらに忠実に生きていたい。

そう思った。

気がつけば、上司に「会社を辞めます」と告げ、退職届に印鑑を押している自分がいた。

来週からは、フリーランスのライターとして、大好きな“言葉”と共に生きていく。

この決断をするまでに、たくさんの人が素敵な言葉をかけてくれた。私の背中を押してくれた人たちに、心からお礼を言いたい。

私はまだまだ未熟で、分からないことも山ほどある。

けれど、『みんな、同じだから』という呪縛から逃れた足取りは、驚くほどに軽い。


24歳の夏。
私はやっと、スタートラインに立てた。

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