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彼にプロポーズされた日

付き合って、ちょうど6年目を迎えた朝。

何が起こっているのか、理解をするのに時間がかかった。

目の前には、手を震わせながら手紙を読む彼がいて、その隣には大きな紙袋が置いてある。

そのシーンだけを切り取ってみれば自然かもしれないが、今目の前にいる彼は、1時間前に仕事にでかけたはずだった。

いつもは私服で出社するのに、その日だけは「クライアントと打ち合わせがあるから」と、ジャケットを羽織って。


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彼との出会いは、大学時代に遡る。

築50年以上、大学付属のボロボロの寮に住んでいた私たちは、寮で開催された新歓イベントを通して仲良くなった。

彼は大学4年生、私は大学1年生だった。

何をきっかけに好きになったのかは、正直、未だに分からないけれど、三姉妹の末娘として育った私にとって、3つ上の彼は“デキる大人”に見えていたのだと思う。

何より、告白の仕方がカッコよかった。

交際をスタートしてからの1年間は、毎日が楽しくて仕方なかった。

彼が運転する車でTSUTAYAに行ったり、サイゼリヤで勉強をしたり、夜景を見たり、海で花火をしたり、青春18きっぷで旅行をしたり——。

同じ寮に住んでいることもあり、週5のペースで会っていた私たちは、大学生ならではの思い出をとにかくたくさん作った。

二人の距離はどんどん縮まって、最初は使っていた敬語も、彼の卒業が近づくにつれて、どんどん抜けていった。

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彼が就職で地元に帰ることは、付き合う前から知っていた。

知っていたけれど、引っ越しの当日は、どうしたって泣けてきた。後にも先にも「不安」だらけ。遠距離恋愛なんて、想像するだけで辛い。

ただ、「デキる大人」だった彼は、相変わらず冷静だった。

泣きじゃくる私を助手席の乗せて、近くの市役所まで車を飛ばす。

「あすかが落ち着くなら」と、迷わずに婚姻届にサインをし、「“お守り”代わり」とその紙を私に託していった。

日付は、空欄のまま。

あのときのことは、今でも鮮明に覚えている。


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遠距離恋愛は、結局、3年間続いた。

私はバイト代で貯めたお金を交通費に、新幹線なら1時間半で着けるところを、少しでも節約になるからと鈍行で3時間半かけて会いに行った。

彼は仕事終わり、夜の11時すぎになると、いつも電話をくれた。

喧嘩をすることもあったけれど、会えないなりに、お互いが歩み寄る努力をしていたように思う。

私が大学3年生になり1年間の長期留学が決まったとき、彼は「頑張ってね」と言いながら、出発前最後のデートで初めて泣いた。

溜め込んでいた思いがあったのかもしれない。

留学中は、時差に悩まされつつも、時間を見つけてはスカイプで電話をし、LINEで小まめにやりとりをしながら、お互いに“帰国日”を待ち続けた。

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遠距離恋愛でポッカリ空いた時間を埋めたい。

二人ともそう感じていたのか、留学から帰ってきてすぐ、ごく自然な会話の成り行きで「同棲」の話題になった。

彼は社会人4年目、私は大学4年生になるタイミング。

大学でほとんど授業がなかった私は、とくに迷うことなく引っ越しを決め、数ヶ月だけ住んだ1Kのアパートを引き払った。

夢にまで見た、彼との生活。

一日目の夜、横で眠る彼を見ながら、これ以上ない幸せを噛み締めていた。

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「今以上に望むものはない」

と思っていた私だが、同棲を始めて1年が経過すると、「結婚」の2文字が頭をちらつくようになる。

私は会社員を辞めてフリーランスになり、彼は一度だけ転職をして、順調にキャリアを積んでいた。

結婚をしていなくても毎日は楽しかったが、Instagramのストーリーで「入籍」「結婚」の文字を見るたびに、落ち着かない自分がいたのも事実だ。

交際を始めて5年。

彼と結婚について話したこともあったが、いつも曖昧に終わるので、自分からは「結婚」というワードを出すのをためらうようになった。

Instagramのストーリーは、いつしか見るのをやめた。

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「今年こそは、プロポーズされるんじゃない?」

そう友達に言われたのは、冒頭の出来事が起きる1週間ほど前のことだ。

「どうだろうね」

チャンスがあるとすれば、付き合って6年目を迎える、5月14日だろうな……とは思っていた。

だが、それが現実になることは期待していなかった。

彼はそんな素ぶりを一切見せていなかったし(彼には当たり前だろと突っ込まれた)、記念日にプロポーズをするほどロマンティックな性格でもない。

だから、当日の朝、状況を理解するのに時間がかかったのだ。

彼はバチバチに決めているのに、私は寝起きのすっぴん。ユニクロで買ったルームワンピースはしわくちゃだし、全然イケていない。

おまけに彼が読み上げる手紙の文章に感動し、鼻水はたれ、涙で顔はくちゃくちゃ。

記念日と同じ「14」本のバラが入った花束をもらったときには、完全に顔面崩壊をしていたと思う。

最後に手渡されたのは、5年前に一緒に書いた「婚姻届」だった。

「これ、まだ有効かな?」

ずっとダンボールにしまわれていたそれには、昨日まではなかったはずの彼の印鑑が押されている。

この人は、どこまで“デキる大人”なんだろう。

泣きながら、ふ、と笑みがこぼれる。

あれだけ頭のなかでシミュレーションをしたプロポーズの返事も、いざ本番となると、弱々しく「はい」としか言えなかった。

“デキる大人”までの道のりは遠い。

付き合って6年目を迎えた朝、私たちは婚約した。

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そこからはトントン拍子に話が進んでいった。

その日のうちに本屋で「ゼクシィ」を買い(夢だった)、お互いの家族に挨拶を済ませ、私の誕生日である今日、6月9日に婚姻届を提出した。

ちゃんとカレンダーを確認していなかったけど、婚姻日が「大安」だったと気づいたときは、「運命だ」と思わざるを得なかった。(彼は興味なさそうだったけれど)

会えなくてひたすら辛かった日々も、分かり合えなくてぶつかった夜も、別れるしかないかもと泣いた日もあったけれど、それ以上に彼といて幸せだなと感じた瞬間のほうがはるかに多い。そう胸を張って言い切れる。

これから先も、山あり谷ありな人生だとは思うけど、「すっぴんで笑うあすかが一番かわいい」と言ってくれる彼を何よりも大切に、前を向いて歩いていきたい。

こんな私だけど、どうぞよろしくね。

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