雑感 2024/3/23 Replay
2024年3月10日。
「SOPHIA Premium Symphonic Night」と銘打たれた、オーケストラとのコラボライブが行われた。
私は、これをテレビ中継で見たのであるが、中でも、アレンジに度肝を抜かれたのが、"Replay"である。
キーワードは「不協和音」。
何故、この曲が不協和音で描かれるのか。
私は、この曲を「ALIVE」で聴き、「philosophy-Ⅲ」、つまりALIVEツアーの武道館での最終公演を収録したビデオで見、獅子に翼Ⅳのテレビ放送で見た。
どちらも、音源に近い、静かで、エモーショナルな表現がされていた。
しかし。
今回は、イントロに入る前から既に、オーケストラは不穏な雰囲気を醸し出していた。
全員が、思い思いに弾く結果、何ともならないカオスが生まれている。
もちろん、その後ろには何らかの秩序があることも分かるが。
その、音の混沌を、マエストロの指先が一つに集める。
…と、響くのはトライアングル。曲の間中ずっと流れ続ける、「チッチッチー・チチッ・チチッチー」というリズム。
バイオリンのピチカートは、音源と似ている。
ここ、①段目と②段目のつなぎ部分、音源だと「ドンドントッ・ドド・ドドントン」というドラムが入る。
Symphonicでは、ティンパニのドカドカという音。ここで少し盛り上がるという心構えはあるはずなのに、実は結構びっくりした。
低音が加わるも、静かに、ゆっくりと続くSymphonicの②段目。
音源では、ここから、やさしいやさしいギターが入る。
Symphonicでは、②段目とほぼ同じ。
音源では、④段目はピアノの出番。きらきらしたピアノが、この曲の柔らかな雰囲気に華やかさを加える。
なのに。
Symphonicでは、ここからバイオリンが不協和音になる。感動よりも、落ち着かなさで鳥肌が立つ。
⑤段目は、音源ではベースフィーチャー。今までどっしりと支えていたベースが前に出る分、少し雰囲気が変わるが、後ろはドラムがしっかりと支えている。
一方でSymphonic。低音楽器という点では共通しているも、チェロが、何ともいえない不安なメロディーを奏でる。バイオリンの不協和音は続いたまま。
ここで、少し間が取られる。
音源では、⑤段目の最後に鳴らされたベースの一音がフェードアウトして消えると、トラッキングされている音だけになる。ドラムの音を聴きながら、ふと、これは鼓動なのではないかと思う。
しかし、Symphonicでは、都さんのピアノが、静かに、でも軽やかに歌う。
Symphonic。ウインドチャイムのキラキラが、2人のすれ違いを引き立てる。
音源は、トラッキングのみ。
そして、2行目で松岡が感情を剥き出しにしてクライマックスに持っていく。ドラム、そしてティンパニで次に続くのは、①段目から②段目に近い。
Symphonic。バイオリンの不協和音はそのまま。でも、その上に綺麗めのピアノが重なる。これも、逆に気味悪さを増幅する。
そう思って音源を聴くと、実は、こちらもギターとキーボードとベースがそれぞれバラバラに演奏している。ただ、和音は保っているので、違和感を感じなかっただけのこと。philosophy-Ⅲで、黒柳が延々とスライドを繰り返し、ジルくんがノイズを出していた映像が浮かんでくる。
演奏は、ほぼ⑦段目と同じ。
Symphonic。オーボエとファゴットが、まるで「あなた」と「私」のように、同じフレーズや、似たフレーズを繰り返す。
松岡が歌い終わると、再び冒頭の混沌へ。そして、最後はマエストロの手で一つにまとまるオーケストラ。
対する音源は、やっぱり、そう思って聴くと、実はこちらも比較的カオス。ピアノは自由に、というよりもでたらめに弾いているようにも思えるし、ギターも何かメロディーを弾いているわけではない。
そうか。実は、もともとそういう曲だったのか。
私がこの曲を初めて聴いたのは、中学生の時である。
当時の私のこの曲の解釈。
前半は、2人が、違うところを持ちながらも、うまく噛み合って幸せでいる。
なのに、「嘘をつく」「甘える」が逆になるだけで、一気に形勢が逆転する。
重なっていた二人の想いは、何故かすれ違い、傷つけ合うことしかできなくなる。
それでも、本当はまだ、好き。
だから、もう一度。
「Replay」は、上手くいっていたあの頃のリプレイ。
でも。
今回のSymphonicのアレンジを聴いて、この曲が言いたいのはそんなもんじゃないと思った。
まず。前半の5段目まで。
「私」と「あなた」は、対になっているようで、呼応しているようで、実は一つも同じではない。
相手がすることに、きちんと受け答えをしているようで、同じことは何一つしていない。
上手くいっていれば歯車がかみ合うけれど、何かの拍子に掛け違うと、いつしか不協和音になる。
それはもしかしたら、お互いに気付かないうちにそうなっているのかもしれない。
それが、ある日顕在化する。
あなたが嘘をついているのには気付いている。でも、私は甘えてみせる。
あなたが甘えてきても、私は心に嘘をつく。
もう、何も、2人は重ならない。
皮肉なことに、ここでやっと、「あなた」と「私」は同じ言葉で表現される。
何故か、互いに傷つけ合うことしかできない。
そして、歯車は噛み合って回っていたけれど、結局は一人なのだと気付く。
最後の段は、あまりに切ない。
愛されたことは私の糧になっているけれど、でも、もう、愛してはいない。
なのに、続く言葉は「Replay…」。
もう一度、やり直したいのは何なのか。
それは、二人の時間ではなく、もしかしたら、自分の人生なのかもしれない。
あの頃は、誰かを愛することも、愛されることも、想いが重なる幸せも、何故だかすれ違う苦しさも、失う怖さも、まだ、何も知らなかった。
でも、知りたかったことも、知りたくないことも、見聞きしてきたし、経験してきた。
SOPHIAと重ねてきた時間の間に、私は私の時間を重ねた。
同じ曲を聴いても、見える景色は変わる。
こんな人生も、また、悪くない。
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