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がんと共に生きる⑥病院嫌いの背景

わたしは若い頃からほとんど風邪もひかない健康優良児で、病院といえばケガくらいでお世話になる程度。なので、整形外科以外はほとんどかかったことがありませんでした。

そんな中で17歳のとき、心が繊細すぎた思春期に、神経性胃炎で胃カメラを飲むことが最初に体験した病院嫌いの始まりです。30年近く前ですので、今みたいな細い内視鏡ではなく、もう、つらくてつらくてそれ以降、胃が痛くなっても病院に行かなくなるくらいの検査でした。

その後、19歳で今度は虫垂炎。痛みに強いため、便秘がひどいので・・・と内科に行ったが解決されず、翌日に外科にいったら「虫垂炎」。しかも即手術しないとまずい状況で、行ったその日に、手術となりました。が、行ったのは、まちのお医者さん。年配の先生ということもあり、技術がいまいちで、大きな傷跡を残すことになります。その後、傷口が痛んだ時に大学病院に見せに行ったら、「今時、こんな手術があるなんて」とお医者さんたちに囲まれ、傷跡を写真に撮られることに・・・。

今度は32歳のとき。生理痛対策で、市販薬(鎮痛剤)を飲んだあと、街中で意識障害に。救急車で運ばれて、いきなり子宮外妊娠を疑われ子宮の検査。彼氏も久しくいなく、だんなもいないとき。あり得ないと何度も訴えたのに、いきなり救急搬送で生理中に子宮を男性の医者に検査されるという屈辱。そして顎を7針縫うケガをしていたのにそちらの処置は後回しでした。私は薬のせいではないかと訴えたところ、薬ではないと言い切られたため、半年後に同じ薬を飲んで、今度は呼吸困難とじんましん。アナフィラキシーショックだったのです。それ以降、今度は薬も怖くなります。

そんなこんなで、病院も薬も怖くて、この10年間、ほぼ避けてきました。医者も信じられないと。そんな中、今回の1つ目の病院でも、3日間通い続けてやっとちゃんと調べてもらい、その日に入院。かつ、処置が間違っていたであろう事実。病院との付き合い方を改めて考えさせられる出来事でした。

数えても上記くらいしか病院に行かなくてよかった自分がまさか「がん」になるなんて。セカンドオピニオンしたときも最初の診察時に即入院、即手術。痛みに強いこともあるけれど、ちゃんと病院と向き合ってちゃんと選んで、検査をしておけばなと改めて思っています。

これからしばらくは今、通院している「静岡県立がんセンター」にお世話になりますが、やっと理想の病院、先生、看護師さん、スタッフさんに恵まれて、安心して治療に向き合えています。こちらの病院は最近では上皇后さまの手術でニュースにも取り上げられていました。

不安や恐怖がなく治療に専念するためには、病院やお医者さんとの信頼関係構築は大事ですし、家族へのサポートも充実している病院であることは大事だなと思います。もちろん病院側の歩み寄りだけではなく、私自身が、心を開いて、信頼関係構築するためのコミュニケーションをとるコミットメントもとても大事。だからこそ、自分と向き合うことは、やり続けていきたいと思います。

2021.7.3の熱海伊豆山の災害により、コロナ禍であることも含め、熱海で働く若者たちの環境はより悪化していきます。そんな若者の自律支援にいただいたお金は使わせていただきます!いつもサポートありがとうございます!