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中欧・東欧 一人旅 1日目

デンマークには秋休みという休暇があるようである。

これはイギリスやドイツのような他のヨーロッパやスウェーデンやフィンランドのような北欧という文化圏の中でも共通な休暇であるわけではないらしい。
ともかく10月の第三週あたりにデンマークの学校は1週間ほど秋休みという休暇が設けられているようだった。

デンマークの学生はこの1週間の休暇を利用して旅行に行く学生が多いらしい。
自分もそのうちの一人である。

今回から1週間かけてチェコ・プラハ、オーストリア・ハルシュタット・ザルツブルク・ウィーン、スロバキア・ブラチスラバ、ハンガリー・ブダペストを回った旅行の記録を記していきたいと思う。


移動

コペンハーゲンからプラハまでの移動にはFlixbusというヨーロッパでは有名な長距離バス会社を利用した。

所要時間は約13時間で値段は日本円で当時のレートで8000円ほどである。夕方の18:35に出発して翌朝8:10にプラハの中心部の駅に到着する。

出発の15分ほど前にバス停に集合することが求められており、コペンハーゲン中央駅からやや離れた場所に集合するようだった。

1週間分の服装と多少の食料を詰めた登山用の30Lのバックパックを背負い、歩いて1時間ほどかけて住まいからバス停へ向かった。

バス停には既に大勢の利用者が集まっていた。
中には別れを惜しんで泣きながら抱き合っている家族もバス停にいたが、みなそれぞれの目的を持って、このバスでプラハへ向かうのだろう。
バスは二階建てのバスで、私は2階の通路側の自由席を確保し、バスに対して手を振っている全然知らない外の人に手を振りながら、バスはコペンハーゲンを経った。
私に手を振られた窓の外の人は全然知らないアジア人が2階から見下ろしながら手を振ってくることに対して何を思ったのだろうか。

夜行バスは人生で二回目の経験だった。
一回目は高校2年生の時に実家の茨城から京都大学へのオープンキャンパスへ向かうために、これも10時間近くバスに揺られながら友人と京都駅に向かった時以来である。京都大学に行ったものの、本当の目的はオープンキャンパスに行くと称して親にお小遣いを援助してもらいながら、舞妓さんと喋って清水寺にただ行きたかっただけだったが、寄ろうとしていた舞妓さんのいた場所はことごとく舞妓さんのお稽古の時間と被って会えず、清水寺も改修中だった上に真面目な理由で京都大学に行った友人がオープンキャンパスに行っている間に一人で京都を巡る中で数多くのカップルに写真を撮るようにお願いされ、寂しさから清水の舞台から飛び降りたくなった(意味が違う)経験をし、きちんとした動機で京都には向かうべきだと思ったという教訓を思い出していた。

改修中だった清水寺。多分2017年の夏だった

日本からデンマークへ向かう飛行機の窓から世界の広さ、ヨーロッパの広さに感動していたのにも関わらず、プラハへ向かう夜行バスの自由席で、隣に座っている人間が高校の同級生という何かのバグを不思議に思いながら、バスはまずはドイツに向けて走っていった。

隣に座った茨城の同郷の友人に対して、僕が思いついたフライボードで噴射される水を利用して茨城が誇る名産のレンコンを収穫するという画期的なビジネスを始めさせようと必死に説得しているうちに、バスはデンマークとドイツを結ぶ船の上に乗って移動を開始させていた。


蓮根の収穫は基本的にはホースから出る水圧を使って行われる
フライボード。ここから出る水を使えばレンコンくらいなら収穫できるのではと思った。この記事を読んで「このビジネスを始めてみたい!」と思った人はどうぞお好きに始めてください。ただし僕に一言断りを入れてください。こんな正気じゃないビジネスを始める人がどんな人なのか気になるので。
デンマークとドイツの間のバス移動はフェリーで行われることが一般的なようだ。外は真っ暗で風が冷たかった

フェリーの中で売られていたしょうもないフライドポテトが日本円で700円だったことに対して日本人の友人と物価の高さを嘆いている内にフェリーはドイツに着いたようだった。
所要時間は40分ほどで、船での移動中はバスの中にいるのは危険なようで、船内の休憩室や甲板にいなければならないようだった。

再びバスが走り始めると既に21時ごろで、「あと11時間あるね」というと「そういうことを言うな」と隣の席の人に怒られた。

このあと22時ごろから7時ごろまで私はひたすら寝ていたが、途中午前1時ごろにバスに入ってきた警察にパスポートを見せるように言われて起こされたことがあった。他の人には提示するように言っていなかったので、抜き打ちでランダムに当てて見せるように言っているのかもしれない。
私は下の写真のようなふざけたアイマスクをして寝ていたので、目をつけられたのかもしれない。


アイマスク。これの上のようなものをつけていたが、写真のとは違って顔の部分にピンクのラメが入った「ぷりてぃ」なデザインのものを使っていた。重要なことなので補足させてもらった

意外と寝られたが、これは僕が比較的どこでも寝れる体質だからなのかもしれないようで、他の友人は口を揃えてもうFlixbusは使いたくないと言っていた。
確かに座席の間隔は狭く、リクライニングも満足には倒せないので、苦痛な人には苦痛なのだろう。

プラハ到着

6:30くらいに目が覚めたが、外はまだ暗くて驚いた。
その後40分くらい二度寝をして起きると外はやや明るくなっていた。
もうプラハに近いようだったが、濃霧が街を包んでおり、景色はあまり見えなかった。
ヨーロッパ内ではどこでもローミングを使えるというLyca mobileがなぜかインターネットに接続しないというトラブルがあったが、設定から手動でローミングを使うように操作すると使えるようになっていた。しかし、チェコに関してはローミングの通信がすこぶる遅く、市内でもほとんど繋がらずに地図が見えないというトラブルもあったので、チェコに旅行に行く際にはwifiは別の手段を考えた方が良いのかもしれない。

ここからプラハについて色々書いて行きたいのだが、厳密に言うとバス移動の時点で一日進んでいる気がするので、ここで一旦潜りをつけ、旅記の二日目でプラハの観光について、私の持っている一眼レフで撮った写真を添えながら、記していきたいと思う。

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