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ロストスペル

□私はロボットではありません

チェックを入れるための手が止まる。たった一文で心臓を直接握られたかのような感覚を覚えた。目の前のモニターに映し出されるのはどうってことのないセキュリティ認証機能。ただクリックするだけだ。何も問題ない。

……俺が本当に人間なら。

手を動かす。ログインした。何も起こらない。このくだらない心配は杞憂に終わった。

「バカバカしい」

ふう、とため息をつき、椅子に背を預ける。すべての原因は職場での会話だ。

「あなた、手の動作が変ですね。AIですか?」

そいつは同僚だったがブチのめした。そして俺はクビになり、帰宅してネットに接続しているというわけだ。失業保険が支払われるか調べるためにな。まったく、俺がAIなわけねえだろ。思いもよらない質問をされたことでこんなチェックボックスにもビビってしまった。まあ、マジのAIってのは、素手でラーメンを食ったり、泳ぎ方が異様だったりするらしいんだが……そういう人間のふりをするタイプのAIは即時処分されることになってる。先月も軌道エレベーターの作業員がAIだってバレて処刑されてた。人類が月に移住する時代になっても魔女狩りは存在するってわけだ。まいる話だな。

と、玄関のブザーが鳴った。

俺は身構えた。予定のない訪問のだいたいは詐欺か勧誘。ニュースでやってた。

もう一度呼び鈴が鳴る。

俺は無視した。

もう一度鳴る。

見逃してはくれないようだ。ようやくモニターの画面を表示する。黒い服を着た男が立っていた。スピーカーから声が響く。

「お忙しいところすみません。あなたがAIであるという通報を受けまして」

その顔は昆虫の複眼にも似たバイザーで覆われており、表情を伺い知ることはできない。

まずい……まずいまずいまずい!

サイドテーブルから銃を手に取り、平静を装いながら応える。

「あのう、どちら様ですか」

数秒ほどの沈黙。

「内務省公衆衛生局です」

俺は安全装置を外した。

【続く】

#逆噴射小説大賞2022

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