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アジ・ダハーカの箱 第7話:死都編 【転】竜喰い

「まいったな。これはどうにもならん」

気だるげに傭兵が呟いた。彼女は竜喰いの賞金稼ぎと呼ばれた兵士。トレードマークのトレンチコートを羽織り、両手に構えたリボルバーの銃口の先、大型の倉庫の屋根の上には……呪属性ダムドゥドラゴン!

ここは国際空港より18マイルほど離れたロサンゼルス中心地、ダウンタウン。チャイナタウンやリトル・トーキョーなどの多様な地区で構成され、いくつものブティックやモダンな建築物など、都市の栄華を極めていたエリアだ。だが、現在では、一夜にしてこの大都市を永遠の灰色の世界に変えた邪竜が支配する地獄と化していた。呪属性ダムドゥドラゴンこそがその三匹の竜の首魁である。恐るべき強大なドラゴンを前にして、壮年期も半ばを超えた年齢の傭兵は諦めの言葉を口にしていた。

時間はさかのぼる。

この傭兵、"竜喰いの賞金稼ぎ"と呼ばれた彼女は、チェスター・ハーディング率いる最短ルートからの侵入チームに続き、ロサンゼルスへと到着した。ハーディング大尉の腹心、"静かなるブラウン少尉"をリーダーとする小隊の一員として。ブラウン隊は、北からの迂回ルートを通る際、犬属性ドラゴンドッグや烏属性ドラゴンレイヴンから襲撃され、そのときも筆舌に尽くしがたい大冒険を繰り広げたが、なんとか全員が生存した状態で荒野を抜け、ロサンゼルス中心部へと侵入することができたのだ。

そこでさらなる危機が訪れる。サンダウナーらに対して起こった出来事と同様、憎属性ヘイトレッドドラゴンが作り出した"燃えるゾンビ"どもに襲われたのだ。彼女たちも同様に戦った。ヘイトレッドドラゴンの憎しみの炎は、人間を生きたまま焼き焦がし続ける。生ける屍たちは、死ぬこともできず、永遠に生者を憎みながらこの地獄をさまようことになる。ブラウン隊は激しく抵抗した。だが、多勢に無勢。無限に湧き続ける燃えるゾンビたちにやがては追い詰められ、後退を余儀なくされる。逃げた。街中の地面に敷き詰められた釘を踏みしめながら走った。どこまでも、どこまでも、逃げて、逃げて、走って、逃げ込んだ倉庫の中に"それ"がいた。どこから現れたのかわからない。いつのまにかそこに立っていたのだ。

キン、キン、

キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン。

外では釘の雨が降り始めた。雲もないのに、灰色の空から釘が振り注いでいる。

キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン。

闇より深い影。霧のように突如として現れた呪詛の塊は、人によく似た姿を形作った。ローブを着てフードを被った女。ドラゴンといえども限りなく人間に近いシルエット。確かに、女だ。人間の女のように華奢に見える……人間とは別の何か、だ。表面の形に騙されてはいけない。竜は竜、人は人。人の子とはまったく別の存在。フードの中の闇からは長い髪が伸びており、わずかに覗く隙間からは、薄く柔らかな唇が微笑んでいるのが見える。

"呪属性ダムドゥドラゴン"

鋭い頭痛が傭兵たちを襲う。ドラゴン特有の圧倒的存在感、超弩級のプレッシャーにより、テレパシーよろしく傭兵たち全員がその影が何者かを理解した。人に似た姿だが、間違いなく人類の天敵、ドラゴン。いや、それを理解できた頃には遅かった。すべては遅かったのだ。各々が反応し、銃の引き金を引くよりも疾く、人の形は弾け飛ぶ。影は再び闇となり、哀れな傭兵たちを瞬く間に飲み込んだ。顔面傷だらけの優男、"静かなるブラウン少尉"がまず闇に呑まれた。彼は胸を掻き毟りもがき苦しんだ後、全身の穴という穴からおびただしい数の釘を吹き出してズタズタに引き裂かれて死んだ。即死である。一瞬だった。内側から爆発するかの如き釘の濁流の勢いは、皮膚がまるごと裏返ったかのように人間を汚らしい肉塊に変えた。人体の中のものが外に、外のものが中に。飛び出てねじれた臓物にも余すところなく釘が突き刺さっている。彼はもはや物言わぬ肉と成り果てた。惨たらしい死。また、もう一人の兵士、"ビショップ"のコードネームを持つほどに信心深い傭兵は、迫り来る闇に苛まれる前にすべてを諦め、そのあだ名の通り死を覚悟して祈ったが、膝をつき両手を組んだ姿勢のまま死んだ。彼の死に様は、遠目から見れば祈っている彫像のように見えたかもしれない。しかし、それは、頭の頂点から爪先に至るまで、全身隙間なく大小様々な釘によって串刺しにされた人間の成れの果てである。内から溢れた血液と体液がその足元で大きな湖を広げていた。

そんな災禍の中のただ一人の生き残り、この"竜喰いの賞金稼ぎ"は超人的な身体能力によってすんでのところで迫りくる闇を躱し、倉庫の窓を蹴破って脱出していたのだ。彼女は超人的跳躍の着地後、吐き気を催し、嘔吐した。

キン、キンキンキン。

数本の五寸釘が血液と共に口の中から落ちる。自分が吐いた。この釘を。胃の中に釘を直接入れられた。彼女は事実を受け止めると、苦笑いを浮かべた。次に顔を上げたとき、その表情のまま歯ぎしりをすることになる。

釘の雨が止んだ。周囲の夜の闇が集まり、濃縮されるかのように、再び恐るべきドラゴンがその姿を現わしたのだ。鋭い頭痛と共に存在感が嫌でも流れて込んでくる。

"呪属性ダムドゥドラゴン"

竜喰いの賞金稼ぎは、トレンチコートの内側に両腕をクロスさせて突っ込み、ワイアット・アープの伝説よろしく二丁のリボルバーを抜く!抜いた瞬間には既に発砲!連射!鮮やかな早撃ちだ!

バスッ、バス、バス。

全弾命中するものの、間の抜けた空気音を立てて人の形をした闇が爆ぜる!が、すぐにその穴は塞がる。まるで雲を撃つかのようだ。それでも彼女は側転宙返りを二度打ち、ダムドゥドラゴンの側面に回り込みながら絶え間無く撃ち続ける!また全弾命中!闇が爆ぜる!穴が収束!撃つ!収束!撃つ!撃つ!撃つ!収束!収束!収束!

「チッ、やはりただのドラゴンじゃないな。だったら、これはどうだ」

"竜喰い"は舌打ちすると、弾丸が尽きた銃をリロードせず投げ捨て、またトレンチコートの内側に手を突っ込み、先ほどと同じモデルのリボルバーを二丁引き抜いた!間髪入れず発砲!二発とも呪属性ダムドゥドラゴンの頭部に命中!ボッ、という音と共に穴が開く!またしてもその穴はすぐに収束……するが、塞ごうと伸びる闇を追い、順に撃ち続ける!早撃ち!驚嘆すべき連射だ!撃つ!撃つ!撃つ!撃つ!穴が収束!収束!収束!撃つ!撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ収束収束収束収束捨てるリボルバーをトレンチコートの内側から引き抜き撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ捨てるリボルバーをトレンチコートから撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ収束収束収束撃つ撃つ撃つ収束撃つ!

竜喰いは残像が見えるほどの速度で走り回り、アクロバティックに飛び跳ね、伸びてくる闇を躱し、撃ち続ける。明らかに人間離れした動き。疲れ知らずのその身のこなしはチーターが如き素早さ、大口径のリボルバーも本来は壮年期の女性が軽々と扱える代物ではないはずである。それらを可能にするただならぬ脚力と腕力、何よりも、ギリギリで呪属性ダムドゥドラゴンの這い寄る闇を躱す動体視力。それから、消化器系に直接釘を詰め込まれても死なないどころか、運動能力にほとんど影響しない不死性……そう、竜喰いは現在進行形でダメージを受けている。臓物に直接釘を打ち込まれ、常人なら死に至るほどの損傷を受けているはずである。呪属性ダムドゥドラゴンは、攻めあぐねているというよりも、人間にしては異常な戦闘能力と生命力の不可思議さを観察しているようだった。だからすぐに殺さない。それを、竜喰いはそのドラゴン特有の慢心を、決して見逃さない!撃ち続けた弾丸はまるで煙を振り払う疾風。撃ちまくり、いまや存在自体をかき消そうとしている!やがては闇をすべて弾丸で吹き飛ばした……かのように見えたが、倉庫の屋根の上に呪属性ダムドゥドラゴンは顕現する。ローブを着てフードを被った女の姿のようなドラゴン。無傷だ。最初に現れたときと変わらない姿。何のダメージもないことは誰の目にも明らかだ。

「まいったな。これはどうにもならん」

気だるげに諦めの台詞を吐く。リボルバーを二丁ともドラゴンに向けたまま、竜喰いは自嘲的に笑った。彼女の眉間と頬に深く刻まれた皺は、年齢によるものだけではないと見る者に感じさせるには十分で、数々の修羅場をくぐり抜けた凄みのある笑みを浮かべていた。

「さて、どうしたものか……」

「……」

当然だが呪属性ダムドゥドラゴンは答えない。人間がドラゴンとコミュニケーションを取ることなど不可能なのである。

「ごぼっ、ぐっ」

キンキン、キン、キン。

再び突然の嘔気!竜喰いは手のひらで口を抑えるが、指の隙間から血液と血濡れの釘が落ちる。通常の人間ではあり得ない身体能力によってその身を躱していても、呪属性ダムドゥドラゴンの異能により、臓物の中に直接釘を入れられることはやはり避けられないのだ。よろめき、片膝をつく竜喰いに対し、ダムドゥドラゴンは追撃しない。その気になれば脳の中を釘で埋め尽くすことも可能だろう。だがそれをしない。竜は人を見据える。完全に遊ばれている。竜喰いは諦めにも似た決意を胸に秘め、話し始める。

「はは、私をなぶり殺すつもりか」

「……」

「くっくっく、私のような人間は初めてか?」

呪属性ダムドゥドラゴンは答えない。倉庫の上から竜喰いを静かに見下ろすだけである。竜喰いは覚悟を決めた。

「わかった!わかった!私の負けだ。じゃあ、こいつをよく見ろ。卑しい小娘、まがいもののドラゴンめ」

竜喰いは悪態をつき、中指を立てると、リボルバーを上向きに口に含む。

「さらばだ」

竜喰いは引き金を引いた。同時に脳が吹き飛び、頭蓋骨と髪の破片が周囲に散乱する。そのまま彼女は仰向けに倒れ込み、血液と脳漿で汚れたアスファルトの上に大きな染みを作った。しばらくすると、彼女の首輪型爆弾は明滅する光を失った。バイタルサイン消失。死亡。

呪属性ダムドゥドラゴンはその光景を微動だにせず観察していた。闇は、まるで人間がするかのように首を傾げる。この人間は一体何だったのだろう、と。だが、すぐにちっぽけな人の子の死のことなど忘れた。竜にとってはただ少し頑丈だっただけの取るに足らないゴミだ。まだまだここには侵入者がいるのだから。そいつらを呪い殺す。闇で出来た竜は南西の方角を向き、手招きをするような仕草をし始めた。国際空港の方角だ。遠く、空港ターミナルではそれに呼応し邪悪な竜が蠢く……呪われし赤子、怨属性グラッジドラゴン。奴は空港の兵士どもを皆殺しにしたようだ。それで良い。このロサンゼルスに迷い込んだ哀れな兵士どもを全員殺す。闇を纏うドラゴンの目は妖しく鈍い光を宿し、姿は影へと霧散する。そうして呪属性ダムドゥドラゴンは夜に溶けて消えた。

【続く】

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