ワンス・アポン・ア・タイム・イン・シズオカ #3

鼠が紛れ込んだようだ。

市長が山口県を空爆してからというもの、日本政府はもちろん、国際社会もこの静岡市を強く批判した。遺憾の意を表明ってやつだ。当たり前だよな。突如として理不尽に山口県を消し去った静岡市は再び世界の仇敵だ。
しかし、当然のことながら、軍隊だとか、戦闘機や戦車は絶対にここには来ない。報復のミサイルさえも飛んでこない。各国は、というより主に日本とアメリカだが、各々が海に艦船をいくつか浮かべる程度。それも自国民の感情に配慮したというポーズ以外の意味はない。というか、市民団体とかデモ隊すら来ないんだぜ。俺たちはマジでやるってのは前回の戦争で実証済みってわけだ。誰も次の山口県のようにはなりたくないし、みんな、もう痛い目に遭いたくはないんだろうな。むしろ、批評家のじいさんどもがトチ狂って言ってた「あの静岡市がやることだ。何か深い意味があるのかもしれない」「刺激することは世界の破滅に繋がるのでは」「経済効果に良くない」ってことで放っといてくれてる可能性も無きにしもあらず。笑えるぜ。元々この静岡市は良くも悪くも国際社会から孤立した存在、何をしでかすかわからない、過剰な科学力を持った、どうせコントロールできないパブリックエネミーだ。

……と、いったところか。現在の静岡市が世界に認識されている状況は。とりあえず、株価は大幅に下落したそうだ。具体的な数字は知らん。そもそも経済は専門じゃないし、ダウ平均株価が何なのかもよくわかってない。俺は責任を取らんからな。責任を取らんが、別の作戦中でさえもこんなことに貴重な生体脳の思考能力を消費しなければならないのは、管理職のつらいところだ。まあ、観光客は、来る奴は来るだろ。実際来てるんだし。基本給が下がるほどでなければ大丈夫だ。たぶん。
無論、市長の思惑は俺たち幹部クラスであっても知る由もない。実を言うと俺個人も真意だとかにそれほど興味も無い。考えることといえば、恐怖と懲罰。あのおっかない市長の命令をスムーズに遂行することのみだ。

俺は、この静岡発で最も有力な企業、静岡フロンンティアターミナルホールディングスが所有する百貨店の屋上から深夜の都市を見下ろしている。これでもただいま絶賛残業中だ。管理職だから残業代は出ないんだとよ。市長曰く「しずおかプロフェッショナル制度」だそうで、要するに残業代ゼロ法案が通った。この美しくハイ・テックな静岡市と、静岡市民の皆々様の生活は、俺たちみたいなのが支えてるってわけよ。まったく、ため息が出る美しさだ。まいるよな。

強風を外骨格に受けながら俺は思案を続ける。

静岡自治区……この都市城塞の外観は、周辺の山々に半ば埋め込まれるように存在する極大の球体。そのもともとの直径は4キロメートル程度だと聞いたことがあるが、球体の外から円弧を支えている柱の地区があったり、平野には忌々しい国境警備隊駐屯地が存在する。更には、あの高慢ちき野郎が局長を務めている宇宙開発局なども含めて、現在も24時間体制で建設機械たちが増築と改築を繰り返しながら発展を続けている。
そして、肝心の都市内部はというと、その実は空間を圧縮しており、外から見える姿からは想像もつかないほど広大だ。「中は外見よりもはるかに広い」という矛盾を可能にするテクノロジー、言葉そのまま空間を圧縮、あるいは拡張し、容積は自在。静岡市の技術の象徴だな。外から見てもデカいが、中はもっとデカいということ。その魔法の如き科学の力を駆使し、無限とも呼べるほどのスペースを三次元的に確保することができた結果、例えば、この百貨店含め超高層建築物たちは競い合うように高く屹立し、また、互いに連なりながら茫洋とした集合施設を立体的に形成している。つまり、外はもちろん、中の規模など誰も把握していないということだ。把握などと。無駄だからな。そうやって都市の秩序と混沌は加速しながらも維持されている。

俺は足元に遥かに続く市街地を眺める。

常識外れの摩天楼群、鋼鉄の大海のような住宅街、それらの合間を人体の血管めいて通る道路は、深夜であっても煌びやかだ。光は緩徐に明滅し、それでいて、一定の規律ある輝きが、都市の上層から下層に至るまで花筏のように敷き詰められている。都市の外装を透過して見える外界の星空……あれもまた空間圧縮の副産物だが、なかなかの景観だ。美しい。
とはいえ、都市を構築するための素材は、破壊した敵の戦闘機や戦車、たまに沈めて回収した戦艦などの残骸、廃材などを利用することも多い。下層、特に地下街にはそれらを多く使ったスラムがあるのもまた事実。犯罪の温床ということで問題視されて、俺もよく対応に追われている。

俺は視界を自身の両眼に備わったサーモグラフィーに切り替える。広がるのは熱だけの世界。言うまでもなく、これは人狩り用の装備。

地下……そうだ。ここからが本題だ。

この静岡市には地下街がある。市外から見た球体が埋まっている部分に、静岡市地下街と呼ばれる地下迷宮が広がっているのだ。そこは、この美しく整然とした地上とは完全に別世界。繁華街、スラム、違法建築物などが複雑に絡み合い、危険思想アンドロイド活動家や、サイボーグチンピラたちがたむろする。再生と破壊を繰り返す都市のカオスを担っているといって良いだろう。地下街そのものは静岡株式会社が所有、運営している、というのは確かにそうだが、空間圧縮による広大さもあって運営の連中も全容を把握しているわけではなく、その混沌が"ヤツら"に目をつけられるのも頷けるというわけだ。

ズーム。

サーチ、ズーム。

……見つけたぞ。

俺の目は都市を乱す獣の温度のシルエットを遥か下方に捕捉する。

報告を思い出す。今から約4700秒前、夜の静岡地下街の人気のない通路で、サイボーグホームレスが夜遊び帰りのアンドロイドの青年3人組を襲うという事件が起きた。まず、電子マネーで小銭を恵もうとした1人が首に噛み付かれて死亡した。次に、そいつは逃げようとした2人を横薙ぎの一撃で胴体を切断して殺害。その様子が監視カメラに映り、管理AIから俺の方に即座に報告が来たというわけだ。まあ、その程度の破壊なら、たまにある戦闘員同士のいざこざだとか、ストリートファイトでなくもないが、今回は、温厚で知られる元人間のサイボーグホームレスじいさんが加害者で、被害者のアンドロイドは3人とも身長250センチメートル超、体重は400キログラム以上のアンドロイドアメリカンフットボール選手。3人とも最新のボディを使用したM型ベースのフルカスタム機体。じいさんとの本来の機能の差は歴然たるものだ。つまり、これはサイボーグホームレス側になんらかの暗黒の力による変質が起こったと考えて差し支えないだろう。おまけに、加害者サイボーグは事件直後、付近のサイボーグ市民を7名襲って全員殺害、全員の脳を啜ったらしい。そうして潜伏しながら地上を目指しているのだと。それにしても、今回の敵は脳みそを食うんだとよ。さすがに引くわ。俺の生体脳もヤバいぜ。

と、いうわけで、たった今、自動車なみの速度を出しながら四足歩行で走る獣のシルエットは隔壁に体当たりをブチかまし、あろうことか巨大な穴を開けて移動している。ああやって地下街からこの地上まで辿り着いたというわけか。家出した犬が帰って来たみたいなはしゃぎっぷりだぜ。あいつがばら撒く被害を最小限に食い止めるため、国家治安維持組織であるSOPD(Shizu Oka City Police Department)は積極的に戦闘を仕掛けることはせず、市民の居住区の守りを固めており、同時に、幾層にも重ねた緊急用の隔壁や、バリア機能持ちのアンドロイドたちを配置して奴を追い立てた。そうして人払いをしたこの区画にやって来るのは必然というわけだ。

要するに、やるのは俺1人だ。

状況開始。

俺は、まるでガラスの靴を履こうとするシンデレラのような優雅さで闇に足を差し出し、百貨店の屋上から飛び降りる。その高さは260階を超えている。
落下、落下、夜空に黒い雷(いかづち)の如き軌跡を描きながら、加速、加速!
たちまちに地面が近づく……!あわや、頭から直撃して落下死!
するわけねえだろ!時折姿勢を制御し、やや速度調整しながらビルの外壁を蹴り、回転!ひねり!また回転!踵落としを敵めがけて繰り出す!

「GRRRRR!」

俺の不意打ちに気づいた"獣"は唸り声を上げながら、間一髪で大きく後方に飛び退き、攻撃を躱す!

隕石の墜落を思わせる衝突音を響かせながら着地!俺の超高度からの踵落としは強化アスファルト上に広大な蜘蛛の巣状の痕を作った!躱すとは!やるじゃないか!
もちろん、躱された時点で衝撃をある程度殺しておいたので俺のボディは無傷だ。
俺は賺さずバク転を3回打ち、向き直って敵を見据える。

「よう、じいさん、ゴキゲンだな」

「……」

もともとは70歳近い人間の男性で、延命と健康増進目的でサイボーグ化しただけの小柄な老人。だったはずだが、俺の目の前にいるのは、どう見ても体長5メートルはあろうかという巨人だ。ボロを纏っていて、喰らったであろう血と肉、それから廃材や汚物なども取り込んだのか、それらで生成された胸板や腕や脚の筋肉ははち切れんばかり。特に左腕は瓦礫や鉄クズによって肥大化しており、アンバランスだ。身体からは猛烈な臭気を放ち、その顔面は腐って醜く、白目のない黒い瞳は知性を感じさせない。"獣"は巨体を揺らしながら沈黙を続ける。

「……」

無言でさっさと始末してやりたいところだが、こんな奴にも一応は口頭での警告をしなければならないってのも管理職のつらいところだ。俺は何の感情も込めずに抑揚のない電子ボイスで語りかける。

「元市民どの、お前には黙秘権がある。黙って死ぬ権利がな。だが、何らかの有用な情報を吐くと多少は楽に死ねるっていう権利もある。どうする」

色付きの呼気を吐きながら、食いしばった黄色い乱杭歯の拘束がその顎から解かれた。掠れた声が聴こえ、大粒の涎が垂れる。

「GRRR……おま、お前の……脳が……食べたい」

「そうか。気が合うな。市長はお前のボディから得られる情報と、お前の脳そのものをご所望だ。悪く思うな。最近可決されたリサイクル法案だぜ」

そして、

「終わりだ」

俺はすでに抜いていた超振動刀を背中に納める。納刀の際の小気味好い音に合わせて、奴の首がずるりと落ちた……!
これが俺の戦闘能力。俺の機能を使用した無敵の居合いは瞬きすら許さない。一丁上がり、これで終わりだ。

悲鳴を上げる暇もなく、野郎の巨体が崩れ落ちた。倒れた中身入りのペットボトルのように胴体の首部分からドクドクと大量に出血、血溜まりを作る。奴は何が起こったのかさえも理解していないだろう。
俺は死骸をすかさずスキャンする。微弱だが頭部に脳波、バイタルサイン反応あり。

「おいおい、まだ息があるのか。じゃあ尋問していいか?」

俺は、汚物と血液で固まった奴の髪を乱暴に掴み、今回のトロフィーである首級を掲げて睨みつける。力無い瞳と目が合った。

「EEEEK!し、しし……し、死神……!」

最期にその貌は恐怖に歪み、情けない声を上げ、死んだ。

奴の濁った黒い瞳には、冥府の死神よろしく髑髏めいた恐ろしい顔つきのサイボーグが映っていた。死神の目は紅い軌跡を描きながら妖しく光り、威圧的な身体はマッシヴな忍者のようで、全身は漆に似た艶と近代的なマットブラック塗装が絶妙にバランス良く施されている。控えめに言って、かっこよくて強そうだ。

そう、これが俺だ。

「死神ではねーよ、アホか」

俺は醜い獣の首を放り捨てる。首はゴロゴロと転がり、恐怖に歪んだ死に顔からはだらしなく舌が垂れた。あの首は、生体脳から引き出せる情報を抜いた後、パーツとして再利用する。あとはSOPDの連中が適当にやるさ。

と、耳障りな着信音が鳴った。ナビゲーションAIだ。報告しろってことだな。頭部に通信機能が直接的に埋め込まれてるからものすごくうるさいし、網膜ディスプレイ上でもその着信アピールは邪魔だ。俺は戦闘終了後にマナーモードを解除したことを後悔しながら通信を行う。

「こちら小永谷。鼠の始末は終わっ、あっ!任務完了しました!はい!はい!お疲れさまです!はい……!相対してわかりました。"ヤツら"です。良い兆候といって良いでしょう……なるほど、やはりそうでしたか。はい、はい!脳は"あさぎり"に使用可能、もちろん!損傷はありません!回収も既に終了しております。先日始末した人間の侵入者どもの脳も保管済み、次回"あさぎり"に搬入致します。はい……それでは今から身体の調整を行った後、えっ、いや、えーと、今から市長室に向かいます……30分……いえ、15分で向かいます。それでは失礼致します。お疲れさまです」

ナビと通信したら市長が出るとは思わんだろう、常識的に考えて。目の前にいるわけでもないのに無意識的にサイボーグ外骨格から繰り出すサイボーグ高角度おじぎをしてしまってるわ。

市長はこうも言っていた。

"彼"が来たのだと。

今回の件は挨拶代わりといったところか。合点が行く。対策を急ごう。

というわけで、この後の自由時間は消えてなくなった。明らかに権力の横暴だよな。管理職とは名ばかり、残業代も出ない。それに、あまり市民には知られていないが、公務員の残業はけっこうあって、それは副市長のこの俺も例外ではないのである。

そうだ。俺の名は小永谷(こながや)、この静岡市の副市長だ。
俺は伝説上の死神などではないし、コナガタニでもない。都市のナンバー2で、脳以外の全身すべてを機械化した戦闘用サイボーグ。こんななりでも本当に副市長なんだぜ。その証拠に、トップクラスの要人しか所持を許可されていないレベル9のカードキーも持ってて、それは右腕部の装甲に埋め込んであり、どこにでも行くことができる権限もある。だから実際どこにでも行かされるし、市民が殺害されたから謝罪会見もある。俺が悪いわけじゃないのに……帰ったら会見用の文章を考えないと……新しいアンドロイド弁護士先生にも連絡して、おっと、名刺のストックは……ちなみに、名刺も常時携帯していて、左手首から名刺を射出、高速挨拶も可能だ。サイボーグビジネスマナー検定2級の技術。いや、まあ、その話は良い。本当に謝罪会見の内容を考えないとな。無いはずの胃が痛い。ファントムペインとかいう症状ではないだろうか。確かにこの身体は疲労を感じることはない。が、脳は生身のものを使用しており、連日の激務にストレスを感じることで著しい性能低下が有り得る……!

と、かかりつけの医者に言って、サイボーグうつ病の診断書をもらうことを考えながら、俺は、足元から火花を散らして壁を走っている。

#小説

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