魔法のこえ 短編小説
「えっと……、ひぃむぅかぁいさん? って読むのかな? こんばんはっ。こんな遅い時間にありがとうございます。ゆっくりしていってくださいね」
「ささぽんさんおかえりー。どこいってたのー?」
「最近ね、恋愛の相談をcoppeでされることが増えてるんですよ」
「かわいいって。ありがとー。うれしいよー」
「違いますよー。恥ずかしいこと言わせないでください。そんな相手いませんいません」
「ひゅうがって読むんですか? めっちゃかっこいいじゃないですか!」
夜になると、私はもう一人の私に変身する。
【coppe(コッペ)】とは……。
みんなが、自分の声に素直になれるように……。
そんな想いから生まれたライブストリーミングアプリケーションです。従来のライブストリーミングと大きく違うのは配信者の顔が見えないこと。声だけを聴き、リスナーの方は好きな“声”を持つ配信者(コペナー)とチャットトークで対話を楽しんだり、ジャムやバターといった投げ銭を送り直接的に応援することもできます。
「モエちゃん、来週もこんなに入ってくれるの?」
「はい。大学も春休みでやることないんで」
あっ。トマト抜いてくれてる。
「なんか悪いね~。いや~ほんとありがと」
店長は弱々しくそう言うと、再びパソコン画面と向き合った。エクセルページの『仙田』の行が黄緑色で埋め尽くされる。
仙田萌愛(せんだもえ)。中学生まで『変な声』とバカにされた私の大っ嫌いな名前。
私はこの名前もこの声も嫌いだった。口を開くこともイヤだったし、名前を言うのなんてもっとイヤだった。小学生のときは「へんなこえです。よろしくお願いします」と韻を踏みながらからかってくる男子が何十人いたことか。
「仕事もたくさん覚えさせちゃってね。モエちゃんがいてくれてほんと助かってるよ~」
「そんなことないですよ。やめてください」
このバイト先はほんとに好きだ。とても居心地がいい。やさしい人ばっかりだし、シフトもたくさん入れてくれる。助けてもらっているのはこっちのほうだ。
ドアを二回たたく音が部屋に響く。店長は私を一瞥すると、大丈夫? と目で訊いてきた。私は小さくうなずく。「失礼します」と入ってきたのは佐々木先輩だった。
「お疲れ様です。あっ。仙田さんもお疲れ様」
私がここでたくさん働く理由。働きやすい環境がここにあるということ、自分の時間が暇なこと、それともうひとつ。
「佐々木くん今日はあがりか。明日もよろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。今日はお先に失礼しますね。仙田さんもまた明日よろしくね」
「あ、あの」
私の横を通り過ぎようとする佐々木先輩を、小さな声で呼び止めた。先輩の耳に届いたのか、動きを止めてくれたのはうれしかった。ついでにこの心臓も止まってほしい。
「トマト……、ありがとうございます」
「? ああー、トマト? お礼言うほどのことでもないでしょ」
そう言いながら、笑顔を見せるのはかっこよすぎます。
「ほかに食べてみたいのがあったら何でも言ってみてよ」
微笑みながらそう言い残した佐々木先輩。
先輩はいつもこう。仕事が終わると早々に帰っていく。まるで、不幸な世界なんて見たことないような笑顔を残して去っていく。
佐々木先輩ともっと話したいし、作ってくれる料理も食べたいし、笑顔が見たい。
んー。ひとつどころではすまないなぁ。
「最後に食べたのいつ? えーっと、覚えてないなー。もうね、気がづいたときには嫌いだったのかなー。食わず嫌いって言われちゃうと、そうなのかなーって思いますね」
チャットの声を目で追いかけながら、私はみんなと会話する。
『e^mo』はcoppeでの人気配信者らしい。ジャムやバターといった投げ銭もちょくちょく送られてきて、数万円程度のお小遣い稼ぎも叶っている。
coppeでの私の声はなぜか人気があった。《かわいい》《ずっと聞いていたい》とそんなことを言われていたりする。そんなことを言われ続けていると、少しずつ自信に変わっていっているような気になった。
「お! いちごジャム! んふふ、ぽっぽさんありがとうございますっ。なになに、e^moさんにご相談があります? いーよいーよ。なんでもおっしゃってください!」
私は千円分の投げ銭をしてくれたぽっぽさんのお悩みを読み上げた。
「私には好きな人がいます。バイト先の先輩です。先輩は大学四年生でもう少しするとバイトを辞めてしまいます。でも、先輩には彼女さんがいます。私は先輩と少しでもたくさん、いっしょにいたいです。できることなら付き合いたいです。私はまだ三年生で、できることなら卒業まで今のバイトを続けていきたいと思っています。でも好きだという気持ちを伝えたいです。でもでも、伝えたことによってバイトを続けることができなくなってしまうのも怖いです。こうした場合、e^moさんなら告白しますか? もし良かったらアドバイスください」
私は口元を手で押さえていた。震える吐息がマイクに乗らないように、息を殺すことに徹した。
画面では《いい子!》《僕でよければ……》《告っちゃいな》《大好きです。今度は嘘じゃないっす》《少しでもたくさんてww》とコメントが次々に上がっていく。
わたしと、ほとんど重なっている。
大学四年生というところ、バイトを続けたいというところ、彼女がいるというところ……。
「いやぁー、難しいですねー。私も今のバイト先すっごくやさしい人ばっかりで、そこを辞めることになるくらいなら告白しないほうがいいのかなぁ」
《むずかしぃ、、、》
《好きって言われて悪い気になる男はいない》
《エモちゃんは告らせたい(切》
《えもちゃんに告白されたら彼女がいてもおkしそう》
「んー。……でも」
でも、それは私の嫌いな『へんなこえ』の考え方な気がする。
考えてよ。私はもう『へんなこえ』じゃない。私はe^moだ。このセカイでくらい、夢を見たっていいでしょ?
「やっぱり私なら」
ねえ聞こえる? 親愛なるもうひとりの私。このかわいい声が聞こえているのならお願いします。私に夢を見させて。
「告白すると思います。好きって言葉は、今しか言えないかもしれません。時間が経ってからでは、魔法は溶けちゃうかも知れません。それに、たとえ側にいることが叶わなかったとしても、好きって言葉は先輩の側をまとわりつくかもしれませんよ」
e^moは、へんなこえをやっつけてくれる。
だから―――。
「だから、自信をもって、溶けない魔法をかけてきてください」
ありがとうございました!
のヤツでした。この短編が個人的なお気に入りでしたので、改稿して載せます。
佐久良マサフミ
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