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ヨーロッパにいったときにホテルの浴室で抱く印象と『不潔の歴史』

先日,自分の靴下のニオイを嗅ぐのがクセになってしまい,おそらくそこから肺が真菌に感染して入院してしまった,という事例がニュースになっていました。

不潔の歴史

こういう話を聞くと思い出すのは,私がこれまで読んだ本の中でもとても気に入っている本のひとつ,『図説 不潔の歴史』です。

どうして気に入っているかというと,この本に書かれていることが,自分があれこれともっているいろいろな断片化した知識を,互いにつなぎ合わせてくれるような知識を教えてくれたからです。

それはとても簡単な知識で,
「20世紀になるまで人はあまり体を洗わなかった」
という内容です。特に欧米の人々は,です。

ヨーロッパのホテル

ヨーロッパに行ってホテルに入ると,けっこう値段の高いホテルのはずなのに「シャワーが貧弱じゃない?」「使いづらくない?」「こんなのでちゃんと体を洗えるの?」なんて思うことがあります。自分の感覚としては,ここまでお金を払っているのだから,もっと快適な入浴体験をしたい……と思ってしまうのですが,どうもそういう感覚について,自分自身とこっちの国の人たちとの間に何か違いがあるんじゃないかな……と漠然と思っていました。

ヨーロッパでも,古代ギリシャ人がよく風呂に入っていたことは文献に残っています。たとえば古代ギリシャの医師ヒポクラテスは,体液を健康な状態に維持するための入浴方法を考案していたそうです。そして,この映画やマンガのように,古代ローマ人も巨大で豪華な共同浴場を作っていたことは知られています。

そしてローマ帝国崩壊後も,アラブ人はよく入浴していたようです。ヨーロッパでもアラブ人が居住していたイベリア半島では浴場が普及していたそうです。

風呂に入らない

でも,同時代のヨーロッパの人々は,こんな様子だったそうなのです……

初期のキリスト教の聖人たちの多くは,汚さを熱心かつ巧みに受け入れた。聖アグネス(3〜4世紀のローマの使徒)は,30年ほどのじつに短い生涯のあいだ,自分の体のいかなる部分もけっして洗わなかった。イングランドの聖ゴドリック(11〜12世紀の隠者)は,体を洗うことも着替えることもせずに,イングランドからイェルサレムまで歩いて行った。(このかぐわしい巡礼のあいだ,ゴドリックは最低限の水と大麦のパンしか摂らず,パンは固くなってから口にした。)イングランドでは,ダラムに程近い森のなかの庵で,毛の肌着を着て過ごしたが,夏のあいだかいた汗とあいまって,大量のしらみがついていた。アッシジの聖フランチェスコ(13世紀に聖フランシスコ会を創始したイタリアの修道士)は汚れを敬い,死後に蛆のわいた僧房に現れて,そこで暮らす修道士たちを褒めたといわれている。
(pp.59)

キリスト教の普及とともに一般の人々も,どんどん入浴しないようになっていってしまったようです。しかしその後,十字軍の東方遠征とともに,入浴の習慣がヨーロッパに再度持ち込まれることになります。

ペストの影響

ところがそれに水を差したのが,ヨーロッパに蔓延したペストです。

ペストの原因を追及する過程で,入浴して毛穴が開いてしまうとそこから有毒な気体が体に入ってきて病気になるという説が普及します。一気に,「入浴は危険なもの」という考え方が広まっていきます。

パリ大学医学部の教授たちは,こういったことに付け加えて,中世の人々を恐怖に陥れる新しい要因を挙げた。湯浴みだ。湯浴みの体を湿らせて柔らかくする効果が危険だというのだ。熱と水がいったん皮膚にある毛穴その他を開いてしまうと,ペストは簡単に全身に侵入してしまうというのだ。
(p.90)

そしてそのまま数百年間,ますます入浴はむしろ「健康によくないもの」だとして回避するべきものだとされるようになっていきます。

「入浴は,治療上どうしてもせざるをえない場合を除けば,必要がないばかりか,体に毒なことはなはだしい」と,フランスの医師テオフラスト・ルノドーは1655年に警告を発している。「風呂に入れば湯気が頭のなかを満たす。これは神経と靭帯を緩めることになり,体に大きく差し障る。たとえば痛風持ちの人たちの多くが痛みに悩まされるのは,入浴後のみである」。
(p.96)

王様も風呂に入らない

入浴しないのは庶民だけではありません。

フランスのルイ13世の記録によると,生まれてから初めて入浴したのは7歳の時だったとか。ルイ14世について書かれている内容も,下着は頻繁に着替えていたものの,入浴はまったくしていなかったとか。当時は着替えれば清潔だ,と考えられていたそうです。生涯,指の先しか水につけない王様もいたとか。

入浴して清潔にすることが健康に結びつくという考え方が広まっていったのは,やっと19世紀になってからなのだそうです。それは,「皮膚呼吸ができるように表皮を清潔に保つ方が良い」という考え方が普及したからだということです。

アメリカの場合

さらに,アメリカの人々がヨーロッパの人々よりも入浴に熱心だったのは,そもそも町が新しく上下水道が普及する傾向にあったことや,土地が広く広い浴室を用意することができたこと,そしてヨーロッパのような強固な階級社会ではなかったことから,体を清潔に保ち身ぎれいにしておくことに価値が置かれていたこともあったようです。

それから,気候の違いは絶対にありますよね。アメリカもヨーロッパも,とても乾燥している地域が多いのではないでしょうか。実際にアメリカに滞在していた時に,入浴頻度が少なくてもそうとう耐えられそうじゃないかなと思ったことがあります。それに比べて日本は湿度が高すぎます……。

歴史的背景を知る

こういった歴史的背景や知識は,何気なく文献を読んでいてもなかなかわからないことです。そして,「どうしてこうなるんだろう」と思っていても,ついそのまま追求せずに終わってしまうことも数多くあります。

そんな中で,「ああ,こういうことだったのか」と思わせてくれる知識を提供する本は貴重です。

この本は,私にとってそんな体験をさせてくれる1冊でした。機会があれば是非どうぞ。

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