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遺伝率が8割ということは両親の身長で子どもの身長は決まるのですか

「身長の遺伝率は8割くらいらしいですね」

「そうだね。だいたい70から80パーセントくらいが身長の遺伝率だとされるね」

「知能指数も同じくらいですよね」

「うん。知能指数も同じくらいだと言われるよ」

「じゃあ,やっぱり両親の背の高さで子どもの身長の8割は決まってしまうのですね」

「え?そんなことはないよ」

「そうなのですか?だって,遺伝率8割なのですから,親から子に8割伝わるのではないのですか?」

問題の混同

この会話では「遺伝率が8割」という問題と,「親と子の身長が8割同一」という話が混同しています。後者は言い換えれば,「両親の身長がわかると子どもの身長を80%予測することができる」です。

「身長の遺伝率が8割」とは,身長が個々でばらついているときに,そのばらつきの80%は遺伝で決定されるという話です。その「遺伝」については,どこにも「親から子に遺伝的に伝わる身長」とは書かれていません。

確かに,背の高い両親からは背の高い子どもが生まれているように思えます。「この子の背が高いのは,やっぱりお父さんの背が高いからだよねえ」なんていう会話をすることがあるかもしれません。私も同世代の中では背が高い方(178cm)で,父親も170cmくらいあってその世代の中では背が高い方なので,そういう会話をされたことはありました。

相関を調べれば

そもそも「親と子の身長」を問題にするなら,親子の身長の相関係数を調べればいいのです。そうですよね?わざわざ遺伝率から推定しなくても,直接親子の身長の相関を調べることはそんなに難しいことではありません。そうすれば,両親の身長を知ることで,どれくらい子どもの身長を知ることができるかがわかります。

たとえばこの研究は,大きなデータセットを用いて親子の身長の相関係数を検討しています。この論文(The strengths and limitations of parental heights as a predictor of attained height )がそうです。

親子の身長を調べるのは難しくないとはいっても,ことはそこまで簡単というわけではありません。たとえば,身長は男女で明らかに平均が異なっています。だいたい12cmから14cmくらい,およそ標準偏差2つ分です。

そこでこの論文は,父親あるいは母親の身長から性別の要因を取り除いた身長を計算しています。

(父親の身長+母親の身長)/2 ± 7 (cm)

実際の父親の平均身長と母親の平均身長はの差は14cmくらいだったそうですので,おおよそこの式で男女の影響を除いた身長を算出できていると考えられています。同じように,子どもについても性別の影響を取り除いた値を算出します。

さらに,個々の身長が平均から上下に標準偏差いくつ分ズレているかを算出します。標準偏差を使うというと難しく感じるかもしれませんが,ちょうど平均が偏差値50,平均+標準偏差1つで偏差値60と同じ,平均+標準偏差2つ分で偏差値70と同じだと考えれば,わかりやすいと思います。

相関はいくつ?

さて,両親と子どもの身長の相関係数はいくつになったのでしょうか。計算したのは,両親の身長と8から9歳の子ども419組の身長の相関係数です。

答えは…

◎ r = 0.47

このような値でした。あれ?やっぱり80%というわけではないですよね…

論文に掲載されている散布図は下のようになっています。横軸が両親の中点の身長,縦軸が子どもの身長です。

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同じ身長の両親から,けっこうおおきなバリエーションの子どもが生まれていることがわかるのではないでしょうか。両親の身長がちょうど0(平均)のとき,子どもの身長はマイナス2からプラス2以上までの範囲をとっています。

子どものバリエーション

この結果は日本の場合,次のことを指しています。

父親の身長が170cmで母親の身長が158cm,だいたい日本人成人の平均身長だとします。そして,世代による平均身長の違いはほとんどないとしましょう。実際,日本人の平均身長はこのところ大きく伸びてはいません。

そのカップルに男の子が生まれるとすると,その男の子が成人するときの身長は,158cmから182cmまでのバリエーションがある(確率的に多いのは170cm前後)ということです。もしも女の子が生まれて成人すると,その身長はだいたい148cmから168cmくらいの範囲をとる(確率的に多いのは158cmくらい)ということです。

もちろん,両親とも背が高くなれば子どもの身長も高くなります。でも,両親の身長が平均プラス2標準偏差(偏差値でいえば70)以上あっても,子どもの身長は平均以下の場合があることも,グラフを見ると分かるのではないでしょうか。

両親の身長がマイナス2SD(偏差値でいえば30)であっても,子どもの身長が平均値以上になっていくこともあります。

そして,相関係数を2乗すれば,説明率になります。両親の身長と子どもの身長の相関係数が0.47ということは,親の身長で子どもの身長の……だいたい「22%が予測できる」ということを表しているのです。

実際,私も妻も,だいたい平均プラス1標準偏差くらいの身長です。そして長女の身長は170cm超えです。「両親とも身長が高いから」......いやいや,長女は平均プラス2標準偏差を超えるので,明らかに予測から外れた身長です。これがあり得るなら,子どもが何人かいれば,その中には下の方へズレる子もあり得るということです。

問題は何をもって「高い」「低い」と言うかがとても曖昧な点にあります。普段はそういう言葉を厳密に考えず,適当に使っているということなのでしょう。

それだけ?

「ということで,親の身長がわかると子どもの身長の22%が予測できるということだね。もちろん,他の研究も見てみないと確定はできないけれど」

「たった22%ですか……」

「8割には,ほど遠いね」

「いったい,8割というのはどういうことなのでしょうか……」

「個人差分散の8割が遺伝で説明できるということであって,親から子に8割が伝わるという話ではないのだよね」

「はあ。ということは知能指数もそうでしょうか」

「親のIQと子どものIQの相関係数って,0.3から0.4の間くらいじゃなかったかな」

「身長と同じか,それよりも低いくらいですか」

「きっと,散布図は身長と同じような感じだろうね。『親から子に8割が伝わる』わけではないよ」

「はあ」

「よくある誤解なので,気をつけましょう」


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