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一部だけを見てしまうクセ

自分の周囲だけを見回して,そこから全体がこうだという結論を下してしまうことは,本当によく見られることです。自分でも注意しているのですが,それでもついやってしまっている自分に気づくことがあります。

結果的にそれが正しければ,ラッキーなことですが問題は少ないと言えます。ところが,自分で思っているだけでは,正しさの保証がないというところがやっかいなのです。

最近の学生は

長年,大学で教えていると,つい「最近の学生は」と言いたくなることがあります。「最近の学生は昔の学生に比べてできが悪い」「最近の学生は覇気がない」「元気がない」「おとなしすぎる」......まあ,何でも言えるものです。ことわざと同じで,たいていの振る舞い,それがたとえ真逆の振る舞いであったとしても,言えてしまうものです。

その中には真実が含まれているかもしれませんし,もしかしたら見間違いかもしれません。いつも留保する姿勢が必要なのですが......何でしょう,年齢を重ねるとつい「こういうものでしょ」と言いたくなってしまうのは,もう人間がもつ宿命なのでしょうか。

大学の中で学生を見ていると,日本の全ての大学生を見ているような気がしてしまうものですが,実際には違います。たとえば日本全体の18歳人口が減って大学受験者数が減少し,かつ大学入学者の定員が変わらなければこれまでとは違う層が入学してくることもあります。同じところで観察しているだけだと,全体の動きを無視してしまうことがあるのです。

ちなみに,「最近の学生はどうですか?」と聞かれた時は,「事実」ではなく「見識」を問われているのでしょうね。「実際どうなのか」ではなく,「あなたはどう見ていますか?」ということです。そのように考えると,おいそれと適当な答えを返すことはできなくなっていきます。

優秀な学生がいない

企業の採用担当者の方が「最近の学生は」という発言をすることもあります。これも大学での場合と同じ,同じ場所から見る,定点観測から生じる実感です。

そしてやはり,そこには事実と事実ではないことが入り混じっています。

もしかしたらその採用担当者の目の前に現れる学生の特徴は,年々変わってきているのかもしれません。その企業の人気がなくなったり,業界全体に対してネガティブな印象をもつ学生が増えたり,国内企業よりも外資系の企業を多くの学生がめざすようになると,同じところで観察しているだけではその全体像が見えない場合があるのです。

もしかしたらそれは,その会社を志望する学生の層が変わってきているからなのかもしれません。そこから「日本の学生全体はこうではないか」と,つい話を広げてしまうと「本当かどうかはわかりませんよ」という事態に陥ってしまいます。

臨床場面で

たとえ専門家であっても,これと同じような現象に陥ることがあります。

たとえば心理臨床場面のカウンセラーです。ある症状を持つクライアントに数多く接したカウンセラーが,「この問題を抱えている人は虐待を受けた経験を持つ人ばかりだ」という実感をもつことがあるかもしれません。

ではそこから「虐待を受けるとその精神疾患が生じる」という因果関係を言うことができるでしょうか。

虐待を受けた人が100名,受けなかった人が900名いるとします。虐待を受けた100人のうち30人に生活上の問題が発生します。問題が発生した人のうち,一部が臨床場面に現れます。すると,臨床場面で観察すると「虐待を受けた人ばかり」に見えてしまう可能性があるというわけです。

全体を知っておく

私たちは,できるだけすばやく判断を下したいと思うものです。そして,正しい学びをした後であれば,それ以前よりもより正しくかつすばやく判断を下すことができるものです。そのような,正しい学びの経験をちゃんと積んだ人のことを,プロフェッショナルと言うのでしょう。

しかし,プロフェッショナルだからといって,何でもすばやく正確に判断できるわけではありません。自分が正しい判断を下すことができるのは,自分が正しく学んだことだけです。その周辺のこと,正しく学んでいないことについては,当たり前ですが正しい判断を下すことはできません。

それは,いわゆる専門バカと呼ばれるような状態ですか?いいえ,少なくとも,ある範囲でとても正しく判断できることは,他の誰にもできないことです。普通はそんなことはできないのですから,それだけで十分に価値のあることなのです。

何が難しいのかというと,自分自身で何を正しく判断できるのかという,その判断をすることです。自分の専門領域では正しく判断できますので,つい他のことについても正しく判断できると思ってしまうのです。そして中には,正しくできていないことにも気づかない場合もあることでしょう。

いつまでも,判断を留保する姿勢と,耳を傾ける謙虚さと,継続した学びが必要だということでしょう。

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