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女性と入試と世の中

私立大学の場合,どのような学生を募集するかはある程度それぞれの大学に任されています。各大学にはアドミッション・ポリシー(学生受け入れ方針)がありますので,それに従って学生募集を行うというのが建前です。

しかしそれにしても,この理由はよくわからないと思いました。コミュニケーション能力が必要なら性別にその違いを求めるのではなく,直接測定して個々の受験生ごとに判断すれば良いのです。

男子よりも精神的な成熟が早く、受験時はコミュニケーション能力も高いが、入学後はその差が解消されるため補正する必要があった

このニュースを見て,2つのことが思い浮かびました。中学入試と,心理特性の男女差の論文についてです。

なおこの本にあるように,研究の中ではつい「差がある」ことに注意が向いてしまいますが,性差は注意深く扱うべき問題です。今回は研究の結果そのものよりも,自分自身が考えたことを中心に書いてみようと思います。


目次

・中学入試
・男女差の時代変化
・女性の社会進出と男女の得点差
・年齢と男女の得点差
・推測に過ぎないけれど
・追記

中学入試

それは,家族で東京に引っ越してきて数年後のことでした。長女が中学受験をしたいと言い出したのですが,妻も私も中学受験の経験はなく,東京周辺の私立や公立中高一貫校の知識もありません。

受験勉強の準備を始めると同時に,私も中学受験についての情報収集を始めました。そのときにいちばんショックだったことです。

それは,完全に男女別に入試が行われていることです。大手の塾の偏差値表も男女別です。女子中学,男子中学もありますが,男女共学の中学校は男女別の定員を設けています。いくつかの入試説明会に足を運ぶと,女子は男子よりも定員が少ない中学校が多く,男子よりも女子のほうが競争が激しくなるところもあるとか。

そもそも性別ごとに受験を設定する必要があるのだろうかと,何度も疑問に思いました。そして女子中学が多いからという理由もあるとは耳にしましたが,共学校で女子の定員が少ないということも釈然としませんでした。

大学では性別表記をやめようという動きもあります。やはり文系の学部学科で教えてきましたので女子学生が多く,それなりに女性の社会進出についても意識することがあります。そういう今の時代に,日本の首都で,こういう入試形態なのか……ということがショックだったのです。

大学で教えている学生の多くも,この中学入試を経ているのです。関東地域の学生が多く,中高一貫校出身者も多いのです。この入試形態を経てくれば「これが当たり前だ」と考えてしまうのではないだろうか,と思った記憶があります。

男女差の時代変化

もうひとつは,以前かかわった研究についてです。それは,自尊感情(self-esteem)の性差をメタ分析で検討したものでした。

大学生を対象に自尊感情の男女差を報告している50研究を集めて,男女差の効果量を統合しました。そして全体的には,少しだけ男性の平均値の方が女性よりも高いことがわかりました。もうひとつ興味深かったことは,1980年代よりも90年代,90年代よりも2000年代と,最近の研究のほうが男女差が小さくなる傾向が見られたことです。

「男女差が小さい方が望ましいじゃないか」と思うかもしれません。

日本の自尊感情の男女差は,欧米諸国に比べると小さい傾向があります。日本よりも女性の社会進出が進んでいると思われる国のほうが,自尊感情の男女差は大きいようなのです。

女性の社会進出と男女の得点差

そして実際に,ある研究によると,女性の社会進出が進んだ国ほど,パーソナリティの男女の得点差は大きくなる傾向がみられるようなのです。

これはどういうことなのでしょうか。

たまたまかもしれませんし,文化的な要因があるのかもしれませんし,遺伝的に規定されているという可能性もあります。しかしいずれも明確ではありません。

もうひとつの仮説としては,比較参照する集団の問題があります。

男女の性役割が明確に分かれている国であれば,それぞれの役割の中での適合が問題とされ,その中でパーソナリティや自尊感情が評定されます。男女の性役割の違いが不明瞭で,男女が同じ土俵の上で競争をする国では,結果的にどうしてもまだ社会的に男性のほうが上位に立つことが多いため,女性は比較的望ましくない方向に自己評価をしがちだということが結果に反映している可能性があります。

社会の中で多くの場所で男女が別の集団に属しており,互いに競争相手であることが少なくなれば,比較対象は同性の中だけになりますので,男女差はそれほど大きくならない可能性があります。

つまり,男女が社会の中で分断されがちな国のほうが,(少なくとも仕組みの上では)平等に競争している(そして結果的に男性が上位になってしまいがちな)国よりも,自尊感情の男女差は小さくなる可能性があるということです。

そして日本は,近年になるほど自尊感情の男女差が小さくなっているのです……ということは,この結果は何を意味するのでしょうか。

年齢と男女の得点差

もうひとつ,論文を見てみましょう。

以前,著者の先生に送っていただいた論文の結果を見たときにも,このことを思い出しました。『Age differences in self-liking in Japan: The developmental trajectory of self-esteem from elementary school to old age』というタイトルの論文です。

この論文の中にグラフがありますので,そこだけでも見てもらうとよいと思います。横軸に年齢,縦軸に自己肯定感の平均値がとられたグラフです。グラフの変化を見て分かるように,小学校から思春期にかけて自己肯定感は低下し,その後成人期を通じて上昇していきます。この年齢変化は,海外でも日本でも同じように頑健に見られる変化です。思春期・青年期というのは昔から「疾風怒濤の時代」などと言われますが,この年齢による変化はまさにそのようなイメージです。

そして男女差についてです。

小学校・中学校・高校くらいまでは男女の得点差が明確なのですが,成人期になると大きな差は認められなくなっていきます。大人になると自己肯定感の男女差が小さくなっていくのです。

この論文の小中高校のデータは公立の学校でとられたものですので,先ほど話題にしたような中学受験を経た子どもたちは対象になっていません。共学の公立学校であれば男女が同じ勉強という競争の場所で平等に競争することが多いのではないでしょうか。そして運動面でも男女の比較がなされやすいかもしれません。そういう場面では男女差が明確に出ており,その一方で社会に出ると男女差は不明瞭になっていきます。

この結果は,さっきの話にも通じるのではないでしょうか。同じ競争が多い学校の中では男女差が明確に出やすく,性別によって分断される社会の中では男女差が不明瞭になるというわけです。

もちろん,あくまでも推測ですので本当のところはわかりません。どれも直接調べたわけではありませんし,結果を見ながら私が勝手に解釈しているだけです。

推測に過ぎないけれど

以上のことは確かめることが困難で,推測に過ぎないのです。

しかし私自身,女の子を育てる父でもありますので,できれば彼女たちに社会の中でのびのびと自分を発揮していってもらいたいと望んでいます。そして,そういう社会であってほしいと。息苦しい思いをしながら育ってほしくないな,と願っています。はたして,そういう社会になっていってくれるでしょうか。

追記

ここまで書いてから日付が変わり,他のニュースも目にしました。

第三者委員会の報告書によると、医学部の多数の教職員が男女間の発達傾向の差を理由に「面接評価の補正を行う必要がある」と答えていたためだという。その旨の医学的検証を記載した資料として、米大学教授の1991年の論文を第三者委に提出した。

「米大学教授の1991年の論文」というのは,この論文のことです。

この論文では,Loevingerのパーソナリティ発達モデルに基づいて,男女差を検討した論文を集めてメタ分析を行うことが試みられています。この理論はエリクソンの自我発達モデルを発展させたもので,9つの段階で構成されています。

この論文は,その当時にメタ分析的な手法を用いて発達における男女差を検討したという点で,意義のあるものです。一般的に,小学校高学年くらいには「男子よりも女子のほうが大人っぽい」という現象が見られると思います。この論文はこの現象が実際に見られるのかどうかに取り組んだものです。

思春期には男子よりも女子のほうが成熟が早く,成人期になるとその影響が失われていくという結果が示されています。この理由として第1に言語能力の男女差があるのではないかと推測していますが,これは実際にこの年代の言語能力の男女差は認められませんのでないだろうとされています(ですのでこの論文をコミュニケーション能力の男女差の根拠と考えるのはどうかと……)。第2に,成熟の男女差です。思春期には男子よりも女子のほうが早めに身体的に成熟しますので,それが平均的なパーソナリティの成熟にも反映しているだろうという考察です。そして第3に,男女で社会的経験が異なることが反映しているだろうと考察されています。この第3の考察については,時代が変化すればその様相は変わってきそうです。

……残念ながら,現在この自我発達モデルは研究の世界で生き延びることができていないと思うのです。論文データベースで検索しても,本当に論文は少なくなっています。そして「パーソナリティの全体的な成熟」という概念自体が研究で扱うには難しくて,より個別のパーソナリティ特性の発達・年齢に伴う変化の研究にシフトしているからです。「これがパーソナリティの完成だ」という考え方自体,実証が難しいように思います。むしろ,生涯にわたって変化するものだという研究が主流ではないでしょうか。

より個別のパーソナリティ特性の年齢変化や男女差については,私が関わった論文もあります。ビッグ・ファイブ・パーソナリティの年齢差と性差を検討した論文です。

◎協調性と勤勉性:明確な男女差はなく年齢とともに上昇
◎外向性:男性よりも女性の方が高く年齢の変化はほとんどない
◎開放性:女性よりも男性のほうが高く年齢の変化はほとんどない
◎神経症傾向:若い頃は女性が高く,年齢とともに低下。男性は女性より低く年齢の変化はほとんどない

女性の方が外向性が高いから「コミュニケーション能力が高い」と言うでしょうか。一般的なコミュ力は万能語のようなもので,その中にはあらゆる「良さそうな」心理特性が含まれてきます。さらにこの研究からは,コミュ力の一部に関連しそうな協調性に男女の明確な差はないのでなかなかそう結論づけることは難しいと思うのですが……。むしろ医師にコミュ力が必要なら女性を冷遇する意味がよく分かりません。この論文では外向性は年齢であまり平均値は変化しないのですから。

いや,こんな根拠はきっとどうでもいいのです。先に結論があって,その結論を補強しようと根拠を探して論文を見つけたのだと思います。そしてたぶん,そこまで論文をさかのぼらないと結論を支持しそうな(支持はしていないと思いますが)論文に当たらなかったのかもしれません……。


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