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一割の男性は電車内で痴漢をしたことがある?

突然ですが,次の質問に答えてみてください。

◎電車内で意図的に痴漢をしたことがある

A. あてはまる
B. あてはまらない

先日,ちょっとこれはと思う記事を見つけて衝撃を受けました。「赤羽駅で痴漢男が激走 女子高生らへの「意外なアシスト」に注目集まる」という記事です。

一割が痴漢経験?

この調査のサンプルは全国の20代から60代の男性671名です。そして,全体の9.7%が「あてはまる」と答えたと記事には書かれています。人数を計算すると,おそらく65名ほどではないかと思います。

また,年代別の比率も記事は掲載されていました。

◎20代:13.5%
◎30代:12.0%
◎40代:9.0%
◎50代:6.0%
◎60代:8.0%

「意図的に痴漢をしたことがある」と過去の経験を尋ねていますので,電車に乗った経験がより長期間であろう年代の上の人の比率が高くなるかと思いきや,若い方がやや比率が高いという結果になっていました。

正直に答える?

しかし,「電車内で意図的に痴漢をしたことがある」という,とてもストレートな尋ね方であるにもかかわらず,約1割の人々が「あてはまる」と答えたというのは,自分にとっては予想外でした。

このようにストレートな尋ね方をするような場合,本当はやったことはあるのだけれど「あてはまらない」と,社会的に望ましい方向に虚偽回答をする可能性が高くなると予想されるからです。

ということは,本当は経験したことがある男性はもっと多い可能性もあるのではないか……と思ったのでした。

適当な回答

もちろん,また違った方向のバイアスもあります。たとえば,文章をよく読まずに「はいはい,当てはまるね」と適当に答えた人もいることでしょう。

そういった回答への対策として,多めに回答者を得ておいて,何らかの基準でそのような回答をしたデータを省くなどの対応をすることも,ネット調査では必要なことです。

たとえば,文章を読んでいればあり得ないほど速く回答しているとか,ちゃんと文章を読んでいたらあり得ない回答になる質問を混ぜておいて回答内容をチェックすることなどです。そして,明らかにおかしなデータを省きます。ただし,今回調査でどのような対策がとられているのかは,わかりません。

何人乗っている?

話を戻しましょう。いずれにしても,痴漢の経験がある男性がみな一度だけ,というわけでもないと思いますので,被害に遭った経験者はそれ以上に多いだろうと予想されます。

電車の一車両の定員はおおよそ150名で,ラッシュ時にはその倍の300名が乗ることもあるそうです。経験的に男女がいるばあい,男性の方が車両に乗っていることが多そうですので,比率を1対2と仮定して男性が200名ひとつの車両に乗っているとします。するとそこには,平均して20名の意図的な痴漢経験者が乗車しているということなのでしょうか。

もしそうなのだとしたら,危険な乗り物だとしか思えませんよね。大切な自分の娘や教えている学生に,とても勧められる乗り物ではありません。

痴漢被害経験

論文を調べてみると,男女大学生に痴漢被害について調査を行っている研究を見つけました。この論文(男女大学生における電車内痴漢被害の実態調査)によると,被害経験率は女性で約37%,男性で約6%だったそうです。

女性の4割弱が被害経験をもつということは,男性の1割がやった経験をもつという先ほどの調査結果となんとなく釣り合うように思いました。なぜなら,この論文にも書いてあるのですが,女性は数回の被害を受けた経験が多く,一部に突出して多くの被害を受ける経験の持ち主がいたそうだからです。する方は何度も繰り返し行うでしょうから,行う側とされる側で1対4くらいの比率になることは何となく妥当に思えますす。

ちなみに,もちろん男性も被害の経験があり,複数回の被害を報告する人もいるようです。そしてこのように見てくると,どうも「狙われやすい人」がいるように思えます。

男女の認識のズレについての研究

痴漢に関しては,男女で大きな認識のズレがあるとも言われます。では,実際にどのようなズレがあるのでしょうか。たとえば,この論文(女性の服装は痴漢被害の原因になるか)でも,そのことが扱われていました。

この論文では,341名の高校生と大学生に痴漢に関する意識調査を実施しています。痴漢に関する態度は,次の3つに焦点が当てられています。

◎満員電車では痴漢行為が生じるものだ
◎ミニスカートで混み合った電車に乗る女性は痴漢をされてもよいと思っている
◎電車内で混み合った場所に立っている女性は痴漢をされても仕方がない
回答は,「当てはまる」から「当てはまらない」までの5段階です。

また,「身動きが取れないほどの通勤・通学ラッシュ」「座席に空きが見られ比較的空いている」「女性の服装が男性を挑発するような露出度の高いもの」「女性の服装が地味で露出が少ないもの」という4つの場面を設定します。そして,痴漢に関連する行為(お尻を触る,鼻息を吹きかける,黙って見ている,体を触る,もたれかかる,など)をどれくらい許容するか(許される〜許されないの6段階)について回答を求めています。

ズレの結果

男女のズレは,まず「電車内で混み合った場所に立っている女性は痴漢をされても仕方がない」という質問項目への回答で見られました。女性よりも男性の方が,この質問についてより許容的(当てはまると回答)な傾向が見られました。女性において,痴漢の経験があるかどうかは,この質問への許容度に関連は見られませんでした。

また,4つの場面と性別によって,痴漢行為がどの程度許容されるかを検討しました。すると,男性は女性の服装が挑発的かどうかで許容度に差が見られました。つまり,女性の服装が挑発的であることは「痴漢をされても仕方がない」と考える傾向が見られたというわけです。

その一方で,女性は男性に比べて服装を痴漢の原因と考えない傾向が見られました。特に,痴漢経験がある女性は,服装が挑発的であっても痴漢行為を許容しない傾向がありました。

男性は痴漢に対して「女性の服装が悪い」と考えがちで,女性は「服装は関係ない」と考えがちであることが,結果から推測されます。確かに,痴漢に関連するSNSの書き込みを見ても,そういう認識は推測できそうです。

必読本

痴漢に関して,一度は目を通しておいた方が良いと思う本は,この「男が痴漢になる理由」です。男性にとっては耳が痛いように思うかもしれません。それは,この本にも理由が書かれています。

「痴漢をしたい」という願望というよりは,許されるなら「女性の身体に接触したい」といった願望です。第7章では加害経験者の息子に父が「触りたい気持ちはあるけれど,やっちゃいかんだろう」と説教するエピソードを紹介しました。これ自体は痴漢の動機を性欲に限定していることになるので誤解に満ちた発言ですが,たしかに「ムラムラしたから痴漢」は社会通念として定着しています。実際に電車内で好みの女性を見つけて「すてきだな」「触ってみたい」と思ったことがあれば,その延長線上に痴漢行為があり,「自分もやってしまうのではないか」という当事者性を自分のなかに見出すでしょう。それは,男性にとっては恐怖でしかありません。これも男性が痴漢問題から目をそむけつづける大きな原因でしょう。(p.273)

「自分は絶対にしない」「自分には関係ない」と考えるよりも,「もしかしたら自分もしてしまうかもしれない」と考えておくことも,大切なことかもしれないなと思うことがあります。そしてさらに重要なことは,その考え方がどこから生じていて,どのように延長されていくのかを自覚しておくことです。自分の中に当事者性を自覚しておいて,それでも「それはすべきことではない」と考えておくのです。

そういった自覚がないことによって,次のようなことが頻繁に生じるのがこの問題です。

 「人を殺してはいけないよね」といった人に対して,「でも殺人も冤罪事件があるからさ」という人はいないでしょう。「強盗っていうのはひどい犯罪ですよ」に対して「強盗には冤罪がありますから」という人もいません。しかし「痴漢をなくそう」というと「それよりも冤罪が」となるのはいったいなぜでしょう。これは痴漢のみならず性犯罪全般に対していえます。強盗事件や強制わいせつ事件についても,決まってハニートラップが疑われます。(p.271)

こういった問題は,考え続けることが必要だと思います。学んで,考え続けて,何がより良いのかを議論していきましょう。

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