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プロの判断と人工知能

以前,創造的であることとはどういうことか,という内容の記事を書いたことがあります。

「玄人よりも素人の方が,創造的なアイデアを出すことができるのではないか」という意見は根強いものがあります。しかし,本当にそうだろうかと思うこともありますので,そのような内容について書きました。

プロフェッショナルの軽視

「玄人よりも素人の方が創造的で良いアイデアを出すのでは」という考え方は,プロフェッショナルであることの軽視にもつながりかねません。

何をもってプロフェッショナルとするかという考え方にもいろいろなものがあるとは思うのですが,「正しい判断をする確率が高くなる」こともそのひとつでしょう。それは言い換えれば,素人では見つけることが難しい些細な徴候から,素人では十分に予測できない結果をより高い精度で予測することです。

たとえば,私たちのような研究者が学生の研究計画を見たり口頭で聞いたりしたときに,「この研究はものになりそう」「この研究はうまくいかなさそう」と即座に判断します。もちろん間違えることもあるのですが,素人に比べればその予測精度は確率的にいって明らかに高いことでしょう。

ある意味で,そういう判断ができる人をプロとして大学は雇っているとも言えます。

判断の精度を上げるには

予測の精度を高めるためには,正しい結果を伴うフィードバックが必要になります。そして多くの場合,それは経験の中で培われます。これまでに何度も研究計画を見聞きして,それから最終的にできあがった論文をチェックします。それだけでなく,自分自身の研究でも最初にアイデアを浮かべてから最後の論文を執筆を行うまでのサイクルを何度も繰り返しています。

そのフィードバックのループがあるので,最初の計画段階である程度は,最後の研究成果を予測できるというわけです。

予測が失敗するのは

自分ではうまくサイクルを回していて,うまく予測できているつもりなのにもかかわらず,実はまったく予測できていない,つまりプロフェッショナルになれないこともあります。

そういう場合はたいてい,「予測を確かめる正しい結果」が伴っていないのです。フィードバックのループが完成していないのに,自分では完成していると思い込んでいるのです。

それだけではありません。関連がないものを「関連がある」と思い込んだり,多くの結果の中から予測できた結果だけを取りだして都合良く解釈したりするような「思い込み」も,このサイクルの完成を邪魔する存在です。

それは,サイコロを振ってランダムな結果が出ているにもかかわらず,予測が成功した例だけを取り上げて「精度が上がった」と主張するようなものです。

領域のズレ

当たり前のことなのですが,入力に使われるデータが異なれば,うまく結果を予測することはできません。いくら研究計画を見て結果を予測するプロフェッショナルだといっても,ある心理学者は,心理学のしかも自分が関係する一部の大まかな領域について予測ができるだけです。

別の研究領域でその予測が成り立つ保証はありません。なぜなら,そんなサイクルは経験してはいないからです。

AI・基準関連妥当性

ここまで読んできて,AI(人工知能)と同じではないかと思う人もいるのではないかと思います。基本的な構造は同じではないでしょうか。そして心理学でこころの状態を測定するツールを作成する際の,基準関連妥当性という考え方も,これと同じです。

これらの考え方の背景には,入力されるデータと,そのデータに関連するアウトカムとの関連があります。「何かで何かを予測する」という共通の要素です。

問題は,何で何を予測するかです。

リクナビ事件

先日,リクルートが就活生の内定辞退予測を提供していたということが問題になっていました。もちろん,実名で個々人の内定辞退を予測する情報を提供するという行為や事前に同意されているかという倫理性の問題はあります。

しかし,その予測をすること自体の考え方は同じなのです。それは,データ(この場合はリクナビ上の行動)とそのデータに関連するアウトカム(内定辞退)との関連を学習することだからです。

これは,私たちが学生の研究計画を見て「うまくいきそう」「うまくいかなさそう」と判断することと,同じではないでしょうか。また,知能検査を実施して,その子どもの学校生活での適応を予測することも同じです。そして,恋愛マッチングサイトでプロフィールや性格検査の情報から,お似合いの相手を紹介してマッチングの成功を予測する,というのも同じです。

それを,人間がするのか,心理検査がするのか,コンピュータ・プログラムが行うのかの違いはあるのですが,やっていることは予測で同じなのです。

リクナビから人間が判断していたら?

さて,リクナビではデータをAIが学習して,リクナビ上の行動から内定辞退の確率を推定します。

もしも,同じことを同じくらいの精度ですることができるプロフェッショナル,つまり人間がいたらどうなるでしょうか。その判断ができるプロのコンサルタントを各社に派遣し,就活応募者の行動から内定辞退しそうかどうかを予測します。

あれ?……人間がそれをすると考えると,とたんに大きな問題ではないように思えてきてしまうのではないでしょうか。とても不思議です。

もちろん,そこまで人間を育てるのは時間も労力もかかります。そして,ちゃんとしたフィードバックのループを学習させることができるデータがあれば,機械に学習させる方が安上がりで効率的です。休ませる必要もありませんし,一気に大量に判断してくれます。ですから,同じことをするなら人材育成よりも機械(プログラム)を育成しようとするというわけですね。

知識と創造の対立

最初に示した創造性の素人理論は,「知識が詰め込まれて凝り固まった頭からはたいしたアイデアが出てくることはなく,それよりも知識が少なくて柔軟な頭から創造的なアイデアが出てくるのだろう」という考え方です。この考え方の問題点は,「知識の蓄積」と「創造的であること」が,あたかも対立しているかのように捉えている点にあります。

実際には,「知識の蓄積」と「創造的であること」は対立するどころか,両方必要になることも多いと思います。知識の蓄積からアウトカムを予測することも必要ですし,蓄積した知識とはまったく違う結果を予測していくことも必要です。

このあたりのヒントは,AIに学習させて成立する問題とそうではない問題の違いにもあるのかもしれないと思いました。皆さんはどのように考えるでしょうか。


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