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防衛的な自尊感情

今回は自尊感情は高ければ良いわけではない,という話の続きです。

「何かが多いだけではダメ」というとき,どういうふうにそれを把握すればよいのでしょうか。心理学の研究の中でとられてきた工夫のひとつが,「他の変数と組み合わせること」です。

たとえば,「学力試験がよいだけではダメ」だから「面接試験と組み合わせる」。そして,学力試験でとても良い成績でも,面接試験をパスしないと合格にはならない,といったようにハードルを組み合わせて評価するという方法です。

まあ,それが必ずうまくいくという保証はないのですけれども。

なお前回の記事はこちらです。こちらも合わせてどうぞ。

目次

・自尊感情に組み合わせる
・2軸方式のコツ
・日常の承認欲求と研究の承認欲求
・賞賛獲得・拒否回避
・承認欲求=社会的望ましさ
・バランス型社会的望ましさ
・自尊感情と承認欲求

自尊感情に組み合わせる

(一部の)心理学者たちは,自尊感情が高くても何かが伴っていると(あるいは伴っていないと)問題が生じる,ということをなんとかデータで示そうと試みてきました。今回はその古典的な組み合わせのひとつを見てみようと思います。

「組み合わせる」というのは,下の図のようなことです。縦軸を自尊感情,横軸を自尊感情と組み合わせる軸だとすると,2つの軸の数字から4つのグループができあがる,というイメージです。

自尊感情と何かが高いグループ(高・高群),自尊感情が高くて何かが低いグループ(高・低群),自尊感情が低くて何かが高いグループ(低・高群),そして両方とも低いグループ(低・低群)ということです。2つの連続的な得点から,4つのグループを導き出すという,うまく組み合わせればとても面白い発見が得られる方法です。

これは,物事を考える際にも使える方法です。何かひとつの特徴でうまくものごとが把握できないとき,それと直行する軸を組み合わせ,それがうまく機能すると,一気に理解が進むことがあります。

2軸方式のコツ

ただしこれがうまくいくためのコツは,2つの軸が「直交すること」です。

統計的には,2つの変数の間の相関係数が低いほど良く,「相関係数が0(ゼロ)」であると完璧です。

理論的には,片方の軸とも片方の軸が「無関係」であるとより良いと言えます。

ダメな例としては,実はこの本に書いたことがあるのですが,2つの軸が関係しすぎるケースです。たとえば,ゼミ選択を「成績」と「志望理由書」で決めるとします。この成績の良し悪しとゼミ志望理由書の内容(できばえ)が無関係なら,上のように2つの軸を組み合わせて,その中から2つの観点を考えながらゼミ生を選ぶことができます。

ところがたいていの場合,成績が良い学生は志望理由書の内容のできばえも良かったりします。すると,結局は成績だけでゼミ生の選抜をしても,志望理由書だけでゼミ生の選抜をしても,結果は同じことになってしまうのです。

これが,組み合わせてもダメな例です。

日常の承認欲求と研究の承認欲求

古い研究で自尊感情に組み合わせられてきたひとつの変数は,承認欲求(need for approval)です。

この「承認欲求」って,日常の用語としては結構定着しているのですが,心理学の研究のなかでは,なかなか厄介な言葉ではないかと思うのです。

日常用語としては,だいたい「誰かから認められたいと思うこと」を指して承認欲求と呼んでいるのではないでしょうか。そうそう,マズロー理論の第4段階である「esteem」を「承認欲求」と訳しているケースもあるようです。が,このesteemは単に他の人から認められると言うよりは,尊重されたり価値ある人間だと認められたりすることだと思うのですけどね。「承認欲求」と訳してしまうと,ニュアンスが変わってしまうのではないかと,やや心配になります。

さて,多くの論文が掲載されているJ-STAGEで「承認欲求」を検索してみると,検索結果はたった254件ジャーナルの論文だけだと180件あまり。論文タイトルに「承認欲求」がついている論文は,この1本だけです。

一般的な用いられ方に比べると,意外と研究の中で「承認欲求」という言葉が出てこないと思いませんか。

賞賛獲得・拒否回避

そのひとつの理由は,研究の中では違う言葉が使われている場合があるという点にあります。

たとえば日常語としての承認欲求の意味には,
・拒否されたくない
・褒められたい
・認められたい

この辺りが混在していると言えないでしょうか。

これらのうち、
・拒否されたくない → 拒否回避欲求
・褒められたい → 賞賛獲得欲求
という言い方をすることがあります。

これら2つの欲求は,公的自意識が高い人が抱きやすい欲求として研究されてきました。公的自意識とは,自分の外面(服装や髪型など)に注意が向きやすい傾向のことです。

論文のなかでは,賞賛獲得欲求は他の人からポジティブなフィードバックを受けた時に満足感を抱きやすい一方で,拒否回避欲求は照れる感情を抱きやすいことなども示されています。

また最近では,この2つの欲求をまとめて承認欲求と呼ぶ動きも見られます。

とはいえ私自身には,次に書くように承認欲求と言えば社会的望ましさだというイメージがあるのですよね。

承認欲求=社会的望ましさ

心理学の歴史で承認欲求といえば,「社会的望ましさ」です。Cowne & Marlowe (1964)によって作成された社会的望ましさ尺度(いわゆるMarlowe - Cowne Social Desirability Scale; MCSDS)です。
A New Scale of Social Desirability Independent of Psychopathology

この尺度は,文化的に望ましくないあるいは承認されるが,病理や異常を意味するわけではなく,かつ回答の生起率が高くないという33項目でできています。

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