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キャラクターに要注意

次の言葉を日本語に訳すとすると,どうなると思いますか?心理学用語なのですが,まずは心理学のことは考えずに,日本語を当ててみてください。

◎ character strength

この言葉です。

characterはもちろんキャラクターですよね。そしてstrengthは強さです。ということは......「キャラの強さ」とか?

この言葉は,心理学の学術用語として論文にも登場するのですが,もしも「キャラの強さ」と訳すと,この言葉が使われるうちに意味が変わっていってしまいそうだと思いませんか?


昔の教科書

私が学部時代に勉強した昔の教科書にも,次のように書かれていたように思うのです。ということは,character strengthは「性格の強さ」でしょうか。うーん,今ひとつピンときません。

◎character = 性格
◎personality = 人格
◎temperament = 気質

このうち,temperamentが気質と訳されるところは問題がないと思うのです。問題は,character とpersonality と性格と人格です。

characterとpersonality 

心理学では,character という単語とpersonality という単語が使われてきましたが,20世紀に入るとpersonality という単語の方をよく使うようになってきました。Journal of Personality という学術雑誌はあるのですが,character がタイトルに使われる雑誌はありません。正確には,昔はあったのですが歴史の中で別の名前に変わってなくなってしまいました。

ある時,気になってHandbook of Personality という分厚い本の索引を調べてみたことがあります。ところが,character という目次はもちろん,索引項目すらないのです。明らかに,character という単語は心理学の中で避けられるかのように使われなくなってきたのです。

その理由は,この2つの単語のニュアンスの違いにあります。

面白いやつ

いま“character”をパソコンに入っている辞書で調べてみると,「性格,性質,気質,個性」「特徴」「人格,品位」「身分,地位」「登場人物,キャラクター」「文字」など,いろいろな意味が出てきます。

そして,例文として次のような文章が書かれています。
◎ He is a character. 「彼は面白いやつだよ/彼は個性的です。」

characterという単語だけで,「面白い人」とか「個性的」という意味があるようです。

そしてもちろん,personalityにも「性格」や「個性」という意味はあります。ただ,characterとpersonalityの違いとして,次のようにも書かれています。

characterとpersonality
character はその人の持つ特徴や人格・品位など道徳的な性格で,bad,good,great,nobleなどの形容詞と共によく用いられる.
personality は他人へのふるまい方や印象を表す人柄・性質をさし,pleasant,warm,lively,violent,quietなどの形容詞を伴うことが多い.

ちょっとわかりにくいのですが,characterには「望ましい」とか「良い」とか道徳的という意味が含まれていて,personalityにはそういうニュアンスが薄いのではないかと思います。

日本語の場合

日本語の場合,次の例文を考えてみればわかりやすいと思います。

◎彼は人格者だ。
◎彼は性格者だ。

上の文章は意味が通じますが,下の文章は通じません。意味が通じるということは,「人格者」という言葉の中に,「望ましい人物」であるというニュアンスが含まれているということです。「性格」にはそのような意味が含まれていませんので,「性格者」と言われても,意味がよくわからないのです。

英語と日本語の対応

このように考えてくると,昔の教科書に書いてあった英語と日本語の対応
◎character = 性格
◎personality = 人格
でいいのか?ということが疑問に思えてきます。

「人格者」という意味が通じるのであれば,これは「より望ましい個性」を単語のニュアンスに含んでいる“character”に対応させる方が良いのではないでしょうか。

そして,そのような望ましいニュアンスが薄い“personality”は,日本語でもそういうニュアンスが薄い「性格」に対応させる方が良いのではないか,と考えられるのです。

言い回し

心理検査の名前にも,“personality”が使われます。

たとえば,MMPI(Minnesota Multiphasic Personality Inventory)には「ミネソタ多面人格目録」という日本語が当てられています。ここでは,personalityが「人格」と訳されています。

では,似た名前なのですがMPI(Maudsley Personality Inventory)という検査はどうでしょうか。こちらの検査もpersonalityという単語が使われていますが,日本語には「性格」が当てられています。

MMPIもMPIも,人格と性格がそれぞれ正式な商品名になっています。同じpersonalityを日本語に訳しているわけで,「MMPIは人格を測定するけれども,MPIは性格を測定する」なんていう議論をすることは意味がないことがわかるのではないかと思います。

それが「人格」なのか「性格」なのかというのは,意外と翻訳のさじ加減で決まっているのではないでしょうか?

強み

さて,最初に示した
◎ character strength
です。どう訳すのが良いのでしょうか。

いろいろと日本語の記事を見てみると,「強み」「性格としての強み」「強みとしての徳性」「強みの徳性」それからカタカナで「キャラクター・ストレングス」と,翻訳の苦労が想像されます。そうですよね。やっぱり翻訳するのは難しいですし,さすがに「キャラの強さ」とは訳せませんからね……。

このことばがあえてpersonalityではなく「character」を使っているところがポイントなのです。ですからまだ「人格的強み」と言ってしまえばニュアンスは近いかもしれません。

品格教育

このcharacterを使ったもうひとつの専門用語があります。それは,「character education」です。これは,よりよい個人の特性を伸ばしていこうとする教育をさす言葉です。

「character education」という言葉自体は,随分前から知っていたのですが,「どういう日本語になるだろうな」ということに興味がありました。そのままだと「キャラ教育」になってしまいますからね。「性格教育」というのもちょっとニュアンスがおかしいですし。

そしてあるとき,「上手く訳しているな」と感心したのです。それは,「品格教育」という訳語でした。

翻訳語の一人歩き

いったん日本語に訳してしまうと,その言葉が日本語のニュアンスを伴って一人歩きしていきます。すると時に,その言葉が伝わっていくうちにもとの意味からどんどんかけ離れたものになっていくこともあります。

本当に,どういう日本語を当てるかというのは大きな問題ですね。

というわけで「character」という単語を,特に心理学の文献の中で見つけたときには注意しましょう,というお話でした。

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