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研究のイメージを説明してみる

今回は,研究をするという活動についてのイメージについて書いてみようと思います。モデルは,もちろん心理学の研究です。他の研究領域には当てはまらないことも多々ありますので,そこはご了承ください。

エビデンス

世の中では「証拠を出せ」「エビデンスは何か」ということがよく問われます。これは他の学問でもそうでしょうけれども,心理学でも同じです。

「でもねえ」,と思ったりしないでしょうか。人数とか回数とか,事実がある程度そのまま反映するような数字のエビデンスなら明快なのですが(いや,実際にはそう簡単なことではないのですがだいぶ明確ということで),心理学で扱うような問題だと「エビデンスが大事」と言っても,直接その問題を表すような証拠が得られているわけでもない,ということがあるのです。

靴の裏から足を掻く

何年か前にある学生が「心理学は靴の裏から足の裏を掻くようなことをしますよね」と言っていましたが,全くその通りです。だって,直接見ることができないものを研究の対象にしているからです。

たとえば,「男性は女性よりも暑がりだ」というどうでも良さそうな(とはいえ,もしかしたらとても重要な問題かもしれない)ことを考えてみましょうか。どういう証拠があれば良いと思いますか?

「そんなの簡単じゃん。男性と女性で,暑がりかどうかを比べればいいんでしょう?」

ええ,そうですよね。
そうなのですが「暑がり」であることはどうやって調べますか?

「本人に聞けばいいでしょう」

その証拠で納得するでしょうか。

暑がりを把握する

辞書を調べると,たいてい「暑がり」は次のように説明されています。

暑さを感じる度合いが普通の人以上であること

暑さを「感じる」というのが1つ目のポイントです。「感じる」というのは主観的な感覚です。つまり,物理的な皮膚温度の問題ではなく,人間自身がそれをどう捉えるかという問題だということです。

たとえば,どのように捉えるかという問題であるならそれを尋ねてしまうことも良いかもしれません。

◎「あなたは暑がりですか」という質問項目に対して「全く当てはまらない(1点)」から「よく当てはまる(5点)」までの5段階で回答してもらう

5段階じゃなくても3段階でも「はい」「いいえ」の2段階でも9段階でも構いません。1つの質問項目で足りないようであれば,複数の質問項目を用意してもよいでしょう。とにかく,暑がりかどうかを自覚できるのであれば,それを尋ねてしまうというのは,ひとつの方法です。

そのように測定して,男性から得た平均値と,女性の平均値を比較してみれば良いのです。

自覚できるのか

でも「いやいや,自覚できるとは限らないじゃないですか」と言い出す心理学者はいそうです。暑がりかどうかを自分で認識するときに,基準が曖昧ではないですか?という疑問をもつ心理学者もいそうです。

本当に,研究者というのはうるさいものです。しかし,こういう突っ込みがあるからこそ,納得してもらうにはどうしたらよいかを考えていくものです。

では,実際の行動を観察してみるというのはどうでしょうか。

たとえば,真冬に実験をすることにしましょう。ある実験に参加してくれた学生に「少しこの部屋で待っていてください」とお願いします。その部屋は最初,寒い状態にしておきます。そして,その待っている部屋の温度を少しずつ,たとえば5分に1度ずつ上げていきます。そのようにして,上着を脱ぐ温度を記録するというのはどうでしょう。暑がりなら,より低い温度で上着を脱ぐはずです。実験の後には,「実は待っていてもらうこと自体が実験でした」と本来の目的を告げて理解を得ましょう。

これも男性と女性で実験して,上着を脱ぐ平均の温度を比較してみるというのはどうでしょうか。

現実は違う

「でもねえ」と,また別の心理学者は言い始めます。「それは実験室の中での話でしょう」というわけです。実験室の中の行動は,現実とは違うのではないかという疑問です。

では,こうしましょう。大学の前期の授業にやってきた学生たちを観察の対象とします。毎週,教室に入る時に服装の写真を撮らせてもらいましょう。そして,その服装から,厚着の程度を評価するのです。さらに,その時間帯の温度も記録しておきます。暑がりであれば,より温度が低い段階で薄着になっていくはずです。

それを,男性と女性で比較するのです。

どうですか?

「いやいや」とまだ言いたいことはありそうです。「日常の服装となれば,男女で着る服も違うでしょうし,家庭の年収やお小遣いによって,服装にかける金額も違うかもしれませんよ。そこはどうすれば良いのですか?」という意見です。

ああ,もう本当に,いつになったら結論づけて良いのでしょうか。

まとめる

ひとつのやり方は,色々な方法で調べて統合してしまうことです。

アンケートで調査をする研究もあれば,実験室で温度を上げる実験をする研究もあれば,教室で服装を調べる研究もあります。それぞれは,違う研究者が行う場合もあれば,一人の研究者がやる場合もあるかもしれません。

いずれにしても重要なのは,どの方法をつかっても一貫して,男性の方が女性よりも,暑がりの特徴を示していれば,より確実な結論に近づいていきます。そして多くの研究が蓄積すれば,それらをメタ分析で統計的に統合することで,より確実な結論を推測することもできます。いつまで経っても「結論」には至りませんが,「より確実」にはなっていくものなのです。

テーマに人が集まる

この暑がり研究ですが,もしも最初に始めて他の研究者たちも「面白い」と感じると,他の研究者たちもこのテーマに取り組み始めるという現象が起きます。

そしてそのうち,日本だけでなく他の国でもこの「暑がり研究」が始まり,世界中で「男性の方が暑がりなのか」の証拠が蓄積していきます。

すると,世界中の誰かが「暑がりにはこういう性格が関連するのではないか」とか「暑がり傾向はこういう発達経路をたどるのではないか」とか「暑がり傾向の遺伝的な規定率は何%だ」とか「暑がりの人の方が幸福度が高い」とか「暑がりの人の方が寿命が長い」とか,いろんな,本当にいろいろな研究が生まれてきます。

そして,最初に取り組み始めた研究者が「先駆者」となり,その研究者が最初に書いた論文が次々と引用されていく,という現象が見られるのです。

ほんの一部

ただし,そのような盛り上がりを見せる研究テーマはほんの一部です。大部分の研究は,誰にもフォローされずにどこかの研究雑誌のページを占めているだけになります。できれば,多くの研究者にフォローされるような論文を書きたいものですね。

ところが,何十年も経っていきなりそこにスポットライトが当たることもあるのですが。

以前も書いたことがありますが,これはネットの記事やSNSの書き込みと,とてもよく似ています。ですから研究内容を一般向けに説明してバズらせようとしたり,SNSで広めようとすることも行われます。

皆でやる

研究というと「孤独な作業」であるかのようにイメージする人も多いかもしれません。確かにそういう面はあるのですが,「世界中の多くの研究者がそのテーマに取り組む」という面もあるのだと考えてもらうとよいと思います。

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