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家庭環境で性格は決まるのか

もしも子どもに毎日毎日「出したものを片づけなさい」と言い続けたら,子どもはきれい好きで整理整頓するようになり,そういう行動に関連する勤勉性のパーソナリティが高くなると思うでしょうか。

そうなると思いますか?ならないと思いますか?

子どもの親として正直に言いますけれど,それで子どもがきれい好きになってくれたら,なんて子育ては楽なのでしょうか……。言っても言っても片づけてくれませんよね。

「いや,うちの子はうるさく言ったから片づけるようになった」という意見があるかもしれません。それはそれで正しいのです。

子育ての大誤解

『子育ての大誤解』という本をご存じでしょうか。もとは少々古い本なのですが,最近文庫本で出版されているので,多少は読みやすくなっているかもしれません。

この本で主張されている内容は,「パーソナリティに対する子育ての影響力はとても小さい」ということです。この考え方と,そこから何を考えたらよいのかということについて,今回は書いてみようと思います。

どうやったらわかるのか

どうやったら特定のパーソナリティに対する親の子育ての影響がわかるのでしょうか。「何々は親の影響ですよね」と個人の経験を持ち出しても,それが何らかの法則になるとは限りません。生まれてからずっと対象者の集団を追っていく長期縦断研究プロジェクトも貴重な情報を提供してくれますが,結論を得るのに時間がかかってしまうのがネックです。

そこでひとつ工夫をすることで,この問題を取り扱うことが比較的楽になります(といっても,私が今からやれと言われてもすぐにはできるようなものではありませんが)。それは,ふたごの研究をすることです。

二種類のふたご

ふたごのことを考えてみましょう。ふたごには一卵性双生児と二卵性双生児がいます。一卵性双生児は,精子と卵子が結びついた後で何らかの理由で2つに分かれてそのまま育ったきょうだいですので,きょうだいの遺伝情報は全く同じです。それに対して二卵性双生児は2つの卵子にそれぞれ別の精子が結びついたものですので,普通は違うタイミングで生まれるきょうだいが同時に生まれるものです。

このような違いがあるので,一卵性双生児の類似度と二卵性双生児の類似度を比べることは,遺伝の一致率が違うペアを比較することになります。

二種類の環境

さらに,ふたごの類似度に影響する環境の影響を仮定します。ここでのポイントは,2種類の環境を考えることです。

ひとつは,きょうだいを互いに似させる方向に影響する環境です。これを共有環境といいます。

もうひとつは,きょうだいを互いに違ったものにさせる方向に影響する環境です。これを非共有環境といいます。

共有環境と非共有環境の意味の違いは,ふたごを似る方向に影響を与えるか,違うものにさせる方向に影響を与えるかです。そして,ふたごを互いに似せる方向に働く環境の多くは,家庭環境だろうと考えるというわけです。

もちろん,ふたごを似せる方向に影響する環境は,家庭環境だけではありません。ふたごが学校で全く同じ経験をして同じように影響を受ければ,それは共有環境と考えられます。また,家庭の中でふたごそれぞれに違うしつけをしてふたごのそれぞれが異なる影響を受ければ,それは非共有環境になります。

とはいえ,おおよそ,共有環境は家庭の要因だろうと想定されている,ということです。

パーソナリティへの影響

パーソナリティ特性に対する遺伝と環境(共有環境・非共有環境)の影響を検討した論文は数多くあるのですが,たとえばこの論文(Heritability of the Big Five Personality Dimensions and Their Facets: A Twin Study)では,123組の一卵性双生児と127組の二卵性双生児を分析対象にしています。ただしこの論文では,遺伝の影響も2種類に分けられています。ひとつは個別の遺伝子がそれぞれ独立に影響する相可的遺伝要因,もうひとつは遺伝子どうしが組み合わさることで影響する非相可的遺伝要因です。とりあえずここでは,これらをまとめて「遺伝の影響」だと考えておきましょう。

ビッグ・ファイブ・パーソナリティの5つの特性と,その下位特性(ファセット)の結果が示されているのですが,5つの特性に注目します。また,一卵性双生児のきょうだい同士と二卵性双生児きょうだい同士の相関係数も気になりますよね。

◎神経症傾向
・一卵性双生児間の相関:0.41
・二卵性双生児間の相関:0.18
・遺伝:41%,共有環境:0%,非共有環境:59%

◎外向性
・一卵性双生児間の相関:0.55
・二卵性双生児間の相関:0.23
・遺伝:53%,共有環境:0%,非共有環境:47%

◎開放性
・一卵性双生児間の相関:0.58
・二卵性双生児間の相関:0.21
・遺伝:61%,共有環境:0%,非共有環境:39%

◎協調性
・一卵性双生児間の相関:0.41
・二卵性双生児間の相関:0.26
・遺伝:41%,共有環境:0%,非共有環境:59%

◎勤勉性
・一卵性双生児間の相関:0.37
・二卵性双生児間の相関:0.27
・遺伝:44%,共有環境:0%,非共有環境:56%

このように,ビッグ・ファイブのどの特性についても,共有環境の影響力は「ほぼゼロ」だと推定されています。

ちなみに,ビッグ・ファイブのファセットに注目すれば,いくつかについては共有環境の影響が見られています。たとえば,開放性の「感情」,協調性の「慎み深さ」,勤勉性の「秩序」「自己鍛錬」「慎重さ」です。

どのパーソナリティについても共有環境の影響がまったくないというわけではありません。個人差特性の種類によっては,共有環境の影響が見られるということです。

ただしパーソナリティを全体的にみたときには,思ったよりも共有環境の影響力は小さいと言えます。

共有環境の影響は本当にないのか

より最近の論文で,共有環境に注目したものがあります(Rethinking environmental contributions to child and adolescent psychopathology: a meta-analysis of shared environmental influences)。490本の先行研究をメタ分析で検討した論文です。

特にこの論文では,児童期から青年期にかけて問題になると思われるいくつかの変数に注目しています。それは,問題行動,反抗的な行動,注意欠陥・多動性の問題,不安,抑うつ,広範囲の内在化問題(内面的な問題),広範囲の外在化問題(行動上の問題)です。先行研究の変数を,こういった枠組みでまとめたということですね。

そして,これらの変数について,年齢別や対象別(ふたご・養子縁組されたきょうだい),回答者別(自己評定や他者評定など)に検討していきます。

結果を見てみると,だいたい共有環境の影響力は大きくても20%程度で,多くは10%前後の値でした。やはり,影響力は大きいとは言えないようです。

影響がゼロとは

先にも示したように,共有環境の影響力が小さいということは,こういった心理学的な変数に対する家庭環境の影響力が思った以上に小さいことを表しています。ちなみに,比較的影響力が大きいのは知能や学力で,だいたい30%くらいになります(それでもこの程度なのですが)。

さて,影響力がほぼゼロというのは何を意味するのかを考える必要があります。

共有環境が家庭環境だけの影響力とは限らないのですが,影響力がゼロということは,家庭環境が無意味だということを表しているのでしょうか。

それは違います。影響力がゼロというのは,全員について「影響がない」ことを意味するわけではないからです。

共有環境によってふたごが「より似る」場合も「より似ない」場合もその他の場合もあって,それらを総合するとゼロになるということですから,それは「特定のルールを想定しづらい」ことを意味しています。

最初に書いたように,毎日毎日「出したものを片づけなさい」と言い続けると,ある子にとっては勤勉性が上昇するでしょうが,別の子にとっては低下し,また別の子にはまったく影響しないということがあります。そこには,全体を通しての法則を見つけることが難しいのです。

親にとっては「ルールがない」というのは不安なことかもしれませんが,むしろそうだからこそ,一人ひとりの子どもの状態や,ひとつひとつの出来事に注意を払うのが良いのだろうと思います。

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