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働き方改革の前に必要なのは、手抜きやサボり方。

新人時代に先輩から言われた「手の抜き方を覚えろ」というアドバイスは、一番役に立った。それまでは、真面目に一生懸命やることが正しいことだと勘違いしていた。それからは自分のタスクを俯瞰的に見て、どこに力を配分するのかを考えらえるようになっていった。当事者は目の前のものに全力投球してしまうが、上の人から見たら、大事な仕事とどうでもいいタスクがあるのは明白だ。

今の日本の働き方改革で一番間違っているのは、頑張って仕事を早く終わらせようとしたり、真面目にやることで時短しようとしていることだ。本当は、手抜きやサボる精神を最初にインストールしたほうがいいと思う。

働き方の思想を変えなくてはいけないのに、今までの思想のままで乗り切ろうとすると、必ず無理がくる。頑張ることや真面目であることは、仕事の目的ではない。ゲームと同じで、仕事の目的は狙ったゴールを達成することで、その手段は自由だ。手段は個々人が戦略を練り、個々人が試行錯誤しながら、ゴールを目指せばいい。もともとリソースは限られているのだから、その中でリソースをどう配分するべきかを考えるのは当然。リソースが限られているのだから、最小限のパワーで最大限の効果を出すことを練ることが大事になってくる。だからこそ、手抜きやサボることを考えるというマインドが必要になってくる。

儒学的な学校教育で「真面目に、一生懸命を尊い」と教え込まれたまま、急に働き方の外側だけ真似ても効果はあまりでない。道徳のあり方も変えて、手抜きやサボりの美学も小さい頃から教えたほうがいい。「蟻とキリギリス」や「二宮金次郎像」をありがたがるよりも、「三年寝太郎」をロールモデルにしたほうがいいのでは? 他人が真面目にやっているかを相互監視しているギスギス社会よりも、手抜きやサボることや寛容な社会になるぐらいでちょうどいいと思うけど。

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