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The World EP.2: OUTLAW 世界観


【A.INTRO】


プレステージアカデミー

メンバーが助けてくれるかもしれないと、不安そうな顔で少年は言った。
“プレステージアカデミー“
ユノはニヤリと笑った。

“ちょうどいいね。僕たちもそこに行こうと思ってたんだ“

滑らかな表面を誇る壁がまるで宇宙船のような外観を誇るここはプレステージアカデミーだ。曲線で構成された建物が大きな円を描き、その中央には大きな広場がある。空からその姿を眺めると、まるで要塞のようだ。建物が壁のようにぎっしりと建てられ、部外者の侵入を阻んでいる。

部外者にとってここに入るのは容易な事ではなく正門で入国IDをチェックした後、いくつもの検査場を通過してようやく入場できる。
A世界で国と国の間を移動するために使われている入国管理局と同じようなシステムなのだ。

たかが学校とはいえ、Z世界で最も優秀な才能を持つ者のみが通うことができるため、セキュリティは厳重に保たれている。
この世界では、子どもは生後6カ月以内に国の認定を受けた病院でさまざまな検査を受けることが義務づけられている。生後6カ月を過ぎると、その子本来の気質や才能が発揮され、生まれながらにして持っている成長の可能性に応じて育てることが親の義務とされている。
才能があると認められた子供たちはプレステージアカデミーに入学することができ、入学試験の結果に応じて5つの階級のいずれかに振り分けられる。

1階級は政府で働くために育てられる。彼らは将来、社会をより効率的に管理するためのシステムを研究し、導入する責任を負うことになる。

将来のガーディアンを含む2階級は、人々をコントロールし、政府のガイドラインに従ってコントロールに逆らう者を罰するよう訓練されている。

3階級は、システムに従って新しい人間を分類し、それに従って教育するよう教えられる。

4階級は、人類の生存に必要なさまざまな仕事を処理するために育成される。例えば、新しいエネルギー交換の監督、制御チップの充電、必要不可欠なエネルギーの供給と製造などである。

5階級は都市や建物の管理や清掃、整理などを担当し、それに合わせて教育を受ける。

プレステージアカデミーに入学した子供たちは、この5つの階級に合わせて教育を受けて訓練し卒業後、社会の各所に効率的に配属される。

【01】

少年の兄を救うという約束はさておき、この社会のシステムを支える重要な柱として、プレステージアカデミーは理想的なターゲットだった。そこで育てられている多くの子供たちを目覚めさせることで、Z世界の支配層は内部からダメージを受けるだろう。

警備服に身を包んだミンギとウヨンは、入学したばかりの新入生たちを先導する。
レフト・アイと黒い海賊団のハッキングの助けを借りて、メンバーは変装して学校に忍び込み、施設内に散らばってそれぞれの役割を遂行している。

学園の警備隊に潜入したミンギとウヨンは、ガーディアンや警備隊に怪しまれないよう、新入生をそれぞれの階級に分けた後、入口の警備員として行動していた。感情を持たないふりをしなければならないため、互いに話すことはできないが、誰にも気づかれないように視線を交わし、互いの緊張を慰め合っていた。
ちょうどその時、少年から共有された写真で見覚えのある少年の兄が、ミンギの前で立ち止まった。ミンギは彼を通したが、次の生徒が来る前に素早く腰につけた送信機を叩いてグループに合図を送った。

(彼がちょうど今通過したとこだよ)

その合図を受けたウヨンは、少年の兄を目で追った。その不安な様子は、足取りだけでも明らかだった。
ウヨンはベルトにぶら下げた送信機を通して、グループにも信号を送った。

(右側の廊下を通る)

少年の兄は階段を上っていった。
最高学年2階級の教室に向かっているのは明らかだった。

(教室に上がる。接触のタイミングを確認)

少年の兄は教室に到着し、席に着いた。
無表情を保ち、できるだけ固く振る舞った。
彼はガラスタブレットを机の中央に置き、ペンを7.5cm離していつも通り平行に置いた。
まるで機械のように背筋を伸ばし、何も映らない正面モニターを眺めていた。
今のところ誰も僕の感情に気づいていないようだ。良かった…

(1階左側のトイレで会おう)

背後から聞こえた低い声に、少年の兄は驚いて振り返った。僕のクラスにはこんな人がいたのかな...?
彼はしばらく考えた。思えば、この学校に通っていた40年間、周囲の人々の顔を一度もじっくりと見たことがなかった。感情を交わす必要がなければ、面と向かって話す理由もなかったからだ。
生まれて初めて家族や学校の教員以外の人と目を合わせた。
ヨサンの深い瞳が、少年の兄に「大丈夫だよ」と囁いているようだった。ばれたのか?少年の兄の戸惑いに応えるかのように、ヨサンは小さな笑みを浮かべて手にした遮断器をちらつかせた。
その行動がすべてを物語っていた。ヨサンは、彼が感情を感じることができることを知っていた。
その時、ヨサンは立ち上がり、教室から出て行った。ヨサンが敵か味方かまだわからない少年の兄は、困惑した表情でその様子を見ていた。
彼はすぐに振り返り、教室を見回した。
誰か僕を見なかったかな?
しかし誰も見ていなかった。
少年の兄が以前していたように、生徒たちは机の前に座り、セットアップを調整したり、自分の仕事に集中したりしていた。
教室に響くのは、声ではなく、カタカタという物音だけだった。
そうだ、ここでは誰も僕に興味がないのだ。と彼は思い、意を決したように立ち上がった。

【02】

1階の廊下の突き当たりの隅に、電気が消されたトイレが見えた。誰もいない廊下を歩き回ること自体が不審に思われる行為なのではないかと、少年の兄は心配でしばらく立ち止まった。
そのとき、背後から長い影が現れた。

“心配しないで。僕たちが力になるよ“

ソンファだった。ソンファの笑顔に少し安心したように、少年の兄は慎重に一歩前に出た。
ソンファは少年を守るように、その後ろに続いた。
彼は他のメンバーに合図を送った。

(少年の兄と接触できたよ)

二人がトイレに入ると、ヨサンが出迎えてくれた。
ソンファは、誰かが入ってこようとしたときのために、ドアに鍵をかけた。
今は3人だけだった。ヨサン、ソンファ、そして少年の兄である。部屋は静まり返っている。
少年の兄に聞こえたのは、自分の心臓がドキドキする音だけだった。彼は胸に手をあてた。
感情について教わったことがなかった少年の兄は、心臓が高鳴る感覚を何と呼べばいいのかわからなかった。
これは「緊張」なのだろうか?
彼はしばらく考えた。

“君の弟が昨夜、黒い海賊団のバンカーに来たんだ。君が処分場に送られるんじゃないかと心配して、助けに来てくれと頼まれたんだよ。黒い海賊団のことは知っているよね?“

少年の兄は、状況を理解したかのようにゆっくりとうなずいた。

この状況から抜け出す唯一の方法は彼らに従うことだけど、それが僕の人生の過去40年間に何の意味をもたらすんだろうか?
僕はなんのために生きてきたんだろうか?
そして、もし彼らに従って生き残ることができたとしたら?
それから?
次に何が来るんだ?
もし彼らに従った結果、もっと悪いことが起きたらどうする?

そんな複雑な思いが頭の中で交錯し、彼を悩ませた。
ヨサンとソンファは、少年の兄が葛藤していることを知っていたが、時間に余裕はなかった。
彼らは少年の兄に、黒い海賊団が彼を救出する計画を立てていると説明した。
ATEEZと黒い海賊団の目標は、プレステージアカデミーでできるだけ多くの人々を目覚めさせ、彼らが自らの道を選択する機会を作ることだった。
突然の新しい感情の奔流が、混乱と混乱を引き起こすことは避けられなかった。

“感情、混乱。なぜそれが必要なんだ?つまり、多くの人が今の僕と同じような経験をしなければならないということだ“

“混迷や痛み。それは必ずしも悪いことじゃない。前に進むためには、それを感じる必要がある。成長とはそういうものなんだ。はっきりしているのは、痛みを乗り越えて成長した時に感じる感情は、君が一度も感じたことのない新しい貴重な経験だと確信するよ。それは僕たち全員もそうだったんだ“

少年の兄は、ヨサンが伸ばした手をじっと見つめた。
高鳴る心臓は次第に落ち着きを取り戻し始めた。
この感情を何と呼ぶのだろう。
なんだか分からないけれど、血の中に暖かさが流れているのを感じた。
慎重に手を伸ばし、ヨサンの手を握った。

“もうすぐ授業が始まるから、とりあえず教室に戻ろう“

バンバンバン!
突然、トイレのドアが揺れた。
3人は揺れ動くドアを不安げに見つめた。
バンバンバンバン!
外で誰かがドアを激しく叩いた。

“今すぐドアを開けろ。さもないと、ただちに懲罰委員会にかけるぞ“

ヨサンの手を握っていた少年の兄は、すぐに手を引いて後ろに下がった。
そして、苦しげなため息をつきながら、こう言った。

“サンダー・・・“

【03】

“サンダー?“

ソンファがその名前を繰り返すと、彼の目は震えた。
バンバンバン!ドアが再び揺れ始めると、少年の兄は反射的に立ち上がり、ドアの鍵を開けた。外には、きちんとした制服を着た学生たちが立っていた。それぞれの胸には「THUNDER」と刻まれたマークがあった。

"なぜ、あなた方3人がここに集まっているのですか?ドアに鍵がかかっている状態で“

学生たちの群れの中から、少女の澄んだ声が聞こえてきた。一人の女子生徒が前に出てくると、グループは左右に分かれた。
これが、弟が言っていた学生グループなのか?ヨサンは前日の怯えた少年を思い出しながら、彼女がリーダーなのだろうと思った。実際にグループの責任者らしき女子生徒が、ヨサン、ソンファ、少年の兄の前に立っていた。「冷たさ」を体現したかのようなその女子生徒は、激しいまなざしでヨサンを見つめた。

“見慣れない顔だな“

ヨサンはあらかじめ用意していたIDカードを手渡した。男子生徒が自分の名前が生徒名簿に載っていることを確認してうなずくと、女子生徒はソンファに目を向けた。
しばらくの間、ソンファは信じられないという表情で少女を見つめていた。
つまり、感情を露わにした顔で。
ヨサンは少女の視界を遮るように動いた。

“ドアの修理が必要だと思います。意図的にロックしたわけではないのですが、開かなくなってしまい、状況を把握するのに時間がかかりました“

女子生徒はヨサンの肩を押しのけると、状況説明などもうどうでもいいというように、再びソンファを見た。ソンファはまだ少女を見つめており、少年の兄は頭を下げ、手を震わせていた。
感情、これらは明らかに感情の表れだった。
女子生徒はゆっくりと少年の兄に近づいた。彼は震える手を素早く背中に隠そうとしたが、女子生徒が先にその手を掴んだ。少女は冷たい目で、わずかに震える彼の手を見下ろした。少年の兄はますます感情を隠す能力を失っていった。彼の息は震え、その顔は今にも泣き出しそうなほど怯えていた。
作戦が始まる前にすべてが終わったと思われたその瞬間、ソンファは少女の手首をつかみとった。

"なぜここに?"

ソンファの質問には懐かしさがにじんでいた。
少女は変わらない表情で彼を見返した。
彼女は彼の質問の意図を理解できなかった。
ヨサンも同じでソンファが何を考えているのか理解できなかった。
しかし、一刻も早くこの状況を抜け出す必要があることを知っていたヨサンは、Z世界の論理システムを使ってすぐに言い訳を考え出した。

“こんな風に正当な理由もなく時間を使うのは非効率的だよ。もうすぐ授業が始まるし戻らせてもらえるかな"

ヨサンの言葉に、サンダーグループはリーダーの方を向いた。少女は空いている手を上げて許可の合図をし、ヨサンが少年の兄を廊下へ連れ出すと、グループは邪魔にならないところへ移動した。
手首をソンファから引き抜き、少女は尋ねた。

“サンダーがどんなグループか知らないの?"

ソンファは混乱から抜け出し、少女を見た。
この世界では感情を抱くのは危険だ、彼は手首のブレスレットに触れて自分を落ち着かせようとした。
ブレスレットには「Be Free」の文字が刻まれていた。

ZERO:FEVER PART.1 Diary Filmより

【04】

揺れ動く感情を隠しながら、ソンファは再び少女に尋ねた。

“僕たちがトイレを使うことに問題があるの?他の生徒と僕は何も悪いことはしていないと思うのに、なぜサンダーはわざわざこんな離れたトイレに来たの?"

安定した表情で話すソンファを見て、女子生徒の顔がわずかに揺らいだように見えた。
彼女は...何か感情を感じているのだろうか?
ソンファの目を避けて、少女は言った。

“校内をパトロールするのはサンダーの役目よ。私たちは「感情的」になる可能性のある人には常に注意を払う必要があるの。これは学校でチェックが義務付けられている場所のひとつに過ぎないわ“

ソンファは何も答えず、少女の顔を見た。
自分が見た彼女の表情の揺れを確かめたかったが、彼女の表情は以前と同じように元の冷たさに戻っていた。

“もうすぐ授業が始まるから、とりあえず教室に戻りなさい。今回は警告で済ませるけど、もしまた捕まったら、懲罰委員会に送って感情テストを受けさせなければならない“

サンダー代表の女子生徒が背を向けると、他のサンダーメンバーも彼女に続いた。
ソンファは廊下に出て、歩き去る少女の背中を見送った。その強く、冷たそうな少女は、ソンファが長い間探していた女性だった。
もちろん、A世界とZ世界では、同じ女の子でもまったく違う感じだけど。
かつてA世界で出会ったあの少女。人生のルール、論理、効率が彼の思考に重くのしかかっていた日、彼は偶然彼女に出会った。
路上で流れている音楽に合わせて、彼女は自由に体を動かして踊っていた。彼女と出会ってから、ソンファはさまざまなことに気づき、すべてが変わった。
しかし、ようやく勇気を出して、遠くから眺めていた彼女に話しかけようと思ったその日、彼女はもういなかった。かつて彼女が踊っていた場所には、『Be Free』と彫られたブレスレットだけが落ちていた。

それから長い間、ソンファはたびたびそこに行って彼女を待ったが、会うことができなかった。
この気持ちを何と呼べばいいのだろう。
賞賛だろうか、感謝だろうか、好奇心だろうか?
彼は不思議に思った。
自分の気持ちが何なのかまだわからないまま彼女を探し待ち続けていたソンファだったが、ここZ世界で彼女に会うとは予想していなかった。
それも、プレステージアカデミーの中でもエリートグループとされ、Z世界の優秀な人材、そしてこの支配体制に最も忠実な人材だけが所属している学生グループ「サンダー」のリーダーとして会うなんて。

彼は喜んでいいのか悲しんでいいのかわからなかった。しかし、あの日彼女が自分の人生を変え、自由にしてくれたように、ソンファは彼女をこの世から救う決心をするだけだった。

【05】

その日の午後、学生たちが授業を受けている間、静かな校庭内の境界が緩んでいるのを見て、他のメンバーたちはあらかじめ用意していたさまざまな装置をアカデミーのあちこちに設置し緊急事態に備えて、偵察した場所に発煙筒を隠した。

クラスのベルが鳴り、メンバーがそれぞれの場所でもうすぐ行われるパフォーマンスに備えて待機していると、「少年の兄が姿を消した!」という緊急信号が入った。

それはヨサンからだった。授業のベルが鳴ると、少年の兄はヨサンが話しかける前に弾丸のように教室を飛び出した。

ヨサンはすぐに彼を追いかけたが、彼はすでに廊下に出てきた生徒の群れの中に消えていた。
弟と一緒に1階に降りていたソンファは、その連絡に戸惑い慌てて立ち止まった。
少年は驚いて「誰がいなくなったの?僕の兄さん?!」と尋ねた。
その時、広場に向かう生徒の一人が叫んだ。

“あの上で今何をしているんだ?“

同時に、メンバーたちは別の警報信号を受信した。
ウヨンからだった。

(最上階に上がってるみたいだ!)

まさかと思ってホンジュンは心配そうにミンギとサンを見た。ちょうどその時、少年はソンファの手を振り払い、兄の気持ちを直感したのか広場のほうへ走り出した。
ウヨンは急いで最上階まで階段を上った。
廊下の真ん中で割れた窓から風が吹き込み、割れたガラスの破片から真っ赤な血のしずくが落ちた。
ウヨンが見上げると、少年の兄が窓に取り付けられた細く狭い欄干の上に立っていた。
少年の兄は足元に目を落とした。
ひやりとした建物の下で広場に集まっている生徒達が見えた。 彼らは無味乾燥な表情で彼を見上げていた。

“卒業まであと1日しか残っていない。たった1日で、僕の40年間の学校生活は終わる。でも、感情誘発者達が人々を扇動したせいで僕の弟に影響を与えた。僕の人生は台無しだ!"

“人生を台無しにすることはない!これでは何も解決しない!"

“テストに合格しなければ、処分場に引きずり込まれる。それが破滅的な人生でなくて何だというんだ!"

ウヨンに向けて、彼は感情をあらわにした。
ウヨンを振り返ったとき、かろうじて棚に固定されていた足が滑り、再び手すりに引っかかる前に宙を舞った。少年の兄の呼吸は乱れていた。

“少なくとも、2級が確定している。僕はガーディアンになれたかもしれない!でも今は......今は全てが間違っている"

“これまで君は、政府が決めたガイドラインの中で、それが自分の限界だと信じて生きてきた。聞いて、君は混乱しているんだ。感情を感じるのが初めてだから。その混乱は、誰もが人生の一部として経験するものだ。それを経験することで、自分の道を自分で選ぶことになる。これまでは操り人形だったけど、これからは自分の人生を生きることができるんだ。それを保証する。僕たちは君を助けるためにそこにいる“

“ああ、君たちの言うとおりかもしれない。でも、たとえそうだとしても、みんなと違う人生を送りたくないんだ"

彼の顔には涙が流れていた。
窓枠を掴んでいた片方の手で、頬に流れた涙を拭った。
目から水が出ている?これは何?心がおかしいのは分かっていたが、体も壊れてしまったようだ。

“兄さん!!“

聞き覚えのある声が下から聞こえてきた。
彼は広場を、見下ろした。無味乾燥な顔の中にただ一人感情が感じられる顔が一つあった。
弟だった。遠くからでも分かった。
弟の顔からも自分と同じ水が流れていた。
同じような無彩色の顔の中で、弟の感情が溢れた顔が輝いて見えた。まるで弟の感情が自分に投影されているようだった。兄は固く目を閉じた。

【06】

"これは本当に君が望んでいることなの?"

知らないうちに現れたユノは、ウヨンの隣に立ち、少年の兄に声をかけた。
ユノは急いで駆け上がったのか息を切らしていた。

“そんなこと、わかるわけがない。何かを望んだり思ったことなんてないんだから。処分場に引きずり出される前に、すべてを終わらせようとしてるだけさ“

"弟はどう?弟は君が死ぬことを望んでいると思う?"

ウヨンは震えるユノの肩をつかんだ。兄の死がユノにとってどんな意味を持つか、ウヨンはよく知っていた。少年の兄はユノの言葉に目を震わせた。彼は再び下を向いた。弟は悲しそうな顔で彼を見上げ、叫んだ。

“ねぇ、ダメ! お願い!僕はただ兄さんを助けたかったんだ!“

そのとき、ガーディアンが建物から広場に飛び出し、弟のほうを指差して向かっていった。

"ダメ.."

少年の兄は静かに呼びかけた。

"ガーディアンが弟を連れて行ってしまう、助けて"

慌ててユノとウヨンの方を振り向いたが、言い終わる前に少年の兄の足が滑った。彼の体は宙に落ち、窓枠を必死に掴んでいた手はついに滑ってしまった。
ほんの一瞬の出来事だったが、一瞬一瞬が、まるで時間が拡張しているかのようにゆっくりと流れていた。
彼の体は頼れるものが何もなく、体は倒れ、何かを掴もうとしたが、周囲には空気しかなく、掴めない空気を掴もうともがいているだけだった。
驚いた顔でこの光景を見ていたウヨンは、少年の兄に向かって腕を伸ばしたが、指先に触れただけで、彼を引き上げるには、もうあまりにも遠くなっていた。

広場でその様子を下から見ていた弟、ホンジュン、サン、ミンギ、ジョンホ、ソンファ、ヨサンは、茫然と叫ぶしかなかった。弟の一番近くに立っていたソンファは、泣き叫ぶ少年の目を素早く覆った。
その瞬間だった。
窓の外に上半身を半分ぐらい差し出したウヨンの背後に光が射した。少年に向かって走ってきたガーディアンたちは、その閃光に足を止め、上を見上げた。
ガーディアンの一人が言った。

"量子エネルギー。クロマーだ!"

ウヨンが後ろを振り返った時、ユノは閃光を放つクロマーと共に消えた。 あっという間に空中から登場したユノは、地上からわずか5メートルほどのところで彼の腰をつかみ再び閃光と、ともに消え、ソンファと少年の前に姿を現した。もちろん少年の兄と一緒に。 

“兄さん“

ソンファが、手を離すと目の前に無事な姿で立っている兄を見て少年は泣き出し、走り寄って抱きしめた。兄も弟を抱きしめた。二人は熱い涙を流しながら抱き合った。互いを通して、安堵感、愛、そして 「命 」とは何かを必死に感じた。

【07】

“本当に良かった。本当に......
......そうじゃないかもしれない"

ジョンホは、2人の兄弟を温かく見守る他のメンバーに近づきながら言った。
メンバーたちがジョンホを見ると、ジョンホはあごで自分の背後を指して肩をすくめた。
クローマーの知らせを受け、ガーディアンが四方から駆けつけてきた。そしてソンファは彼らの間から自分を眺めているサンダーのリーダーである女子生徒と目が合った。。 表向きには何の表情も変わっていないが、ソンファは感じた。 彼女が微笑んでいるようだと。

“しょうがないね“

ミンギは肩をすくめ、ふざけて微笑んだ。

"行こう!!!“

お互いを見つめながら同時に叫び、メンバーたちはクロマーを利用して各自の持ち場に散らばった。
半拍子遅れて上の階から広場に降りてきたウヨンが、 すでに消えたメンバーたちに向かって悔しそうに叫んだ。

“僕なしでやるつもり?“

ウヨンの背中に向かってガーディアンが腕を伸ばしてみたが、火花のような閃光と共にウヨンも自分の持ち場に消えた。

ピーーッ!拡声器の音とともに、荒々しく低いベース・ギターの音から始まるグルーヴィーな音楽が始まった。音楽とともに、大きな黒いテントが建物を覆っていた。一寸先も見えない闇が人々を襲った。
すると、建物やテントの周りにカラフルなネオンカラーのペインティングが現れた。
天井中央に刻まれたAのマークを中心に華麗なファンタジー世界が繰り広げられたのだ。
感情のなかった人々の上に流れ星が落ちるように遮断器が落ちてきた。
無感情な生徒と教師は、まるで魔法にかけられたかのように手を伸ばし落ちる星を捕まえるように遮断器を掴んだ。
遮断器を耳の下のチップに当てた人々は感情の波が押し寄せた。最初は吐き気をもよおしたが、すぐに目の前に広がる美しい世界に驚かされた。
ATEEZと黒い海賊団が闇の中で勝手に現れて消えたため、ガーディアンはあちこち走り回って手をこまねいてやられるだけだった。

暗い世界に満ちていた絵画は一瞬にして消え去り、光に満ちたボールが天井から広場の中央に落ちてきた。全員の視線がボールに注がれた。ボールは床に触れた瞬間、光線を放ち、光爆弾のように爆発した。
光は建物の壁に反射し、輝く壁は鏡のように人々の姿を映し出す。
感情を取り戻した人々は、鏡のような建物の壁に向かってゆっくりと歩いていった。
まるで自分の顔に見覚えがないかのように、映った自分の顔と実際の顔を手で触って比較した。
まだ遮断器を使用していない人々も、同じ空間にいる多くの人々が遮断器を使用しているのを見て、一つ二つと遮断器を使い始めた。
あまりに多くの人が同時に覚醒したため、ガーディアンたちは混乱し、誰を捕まえるべきか決めかねていた。
その時、テントが消え、ATEEZが生徒達の中に再び姿を現した。

音楽が変わり、メンバーたちは楽しい表情で踊って歌った。 人々はいつのまにか彼らの前に集まって歓声を上げメンバーたちと一緒に歌って踊った。 まるでA世界でしか見られないコンサート会場のようだった。 音楽とダンス、美術、芸術が消えたZ世界でこのような風景は数百年前のことだった。

観客の一番前に立っていた少年とその兄は、顔を上げ、メンバーに向かって明るく微笑んだ。初めて見る彼らの笑顔はとても輝いていた。花びらが舞い散るように、ATEEZのビラが四方八方に散らばっていく。生徒たちはそのビラを手に取り、読んだ。ほんの数分で、プレステージアカデミーの世界は一変した。

事態を収拾しなければならないガーディアンは、メンバーに向かって駆け寄りリーダーが無線で呼びかけた。

"目覚めた者を捕まえろ。人質が必要だ"

ガーディアンは目の前の覚醒者を手当たり次第に捕まえた。

"今捕まった覚醒者は、チップを交換することなく直ちに処分する。彼らを救いたければ、クロマーを置いて、ゆっくりここに来い“

【08】

覚醒した人々がガーディアンの手につかまったまま逃げようともがいていた。 メンバー二人はダンスを止め、困った顔でお互いを見つめ合った。 いくらこのことが重要だとしても、罪のない人々を死なせるわけにはいかなかった。クロマーを持った手を上に上げ、メンバーたちがゆっくりガーディアンに近づいた。 自然に音楽も止まった。
囲まれたメンバーたちを見ながら少年と兄も、今ちょうど感情を取り戻した覚醒者たちもすべてが終わったと思うまさにその瞬間…

バンッ!

爆音とともに校庭の至る所に発煙筒が爆発した。赤、オレンジ、黄、緑、青、紫......虹色の発煙筒が炸裂し、音楽と美しいハーモニーを奏でながら広がり、人々の視界を遮った。その混乱に乗じてガーディアンに捕らえられた生徒たちを救出したメンバーは、あらかじめ確保しておいた脱出ルートを開き、人々を外に案内した。
すべては計画通りだった。メンバーたちは互いにハイタッチをして笑顔を見せた。

そのとき、背後から悲鳴が聞こえた。ソンファは反射的に振り返り、薄くなった煙の中から、少年がガーディアンの一人に捕まっているのを見た。

“少年の兄はどこだ?“

すでに外に出ていたメンバーたちは、ソンファの問いに戸惑って振り返り、薄い煙の中で叫んだ。

“外にいる!"
“僕と一緒にいる!早くここから出よう!“

ソンファが答えないので、心配したサンとヨサンは広場に戻った。煙の中を歩くソンファの後ろ姿が見えた。その先には、煙で半分隠されたガーディアンが少年を運んでいるのが見えた。サンとヨサンは彼らを助けに行ったが、逃げ遅れた人々が煙の中であてもなく掴みかかろうとするので阻まれた。
とりあえず、彼らも救わなければならない。

少年に向かって走っていたソンファが急に立ち止まった。
ヨサンとサンは、残っていた人々を外に送り出しながら、困惑してソンファを見た。
ソンファは自分の腕をつかんだ誰かを見つめていた。彼女だった。サンダーのリーダーである女子生徒だ。

ソンファは少女に引っ張られるようについていった。二人は色の違う煙の中に消えていった。一歩遅れてサンとヨサンは少年を助けようとガーディアンが消えた煙の中に飛び込んだが、そこには誰もいなかった。
ソンファも、少年も、女子学生も誰もいなかった。

ソンファを切なく呼ぶヨサンの声だけが響いた。

【Z. OUTRO】

Zの執務室から秘書が出てきてドアを開けた。 外で待機していたプレステージアカデミー校長とガーディアンリーダーが執務室の中に入った。Zは大きな玉座のような椅子に腰掛けた。

Z
言うことはあまりない。校長はこの状況の責任を取るべきだ。

黒い海賊団とATEEZにセキュリティが破られ、テロに遭った校長は弁解すらできなかった。 彼は階級降格を覚悟し何も言わず処分を待った。

Z
代替者は見つかったのか?

“はい、代わりが見つかって、すぐに仕事を始められるように待機しています“

秘書の言葉にZは、うなずいた。

Z
本来なら、あなたを処分所に送るつもりでしたが、「校長」という重要な立場にある者として、感情誘発者の新たな口実を作らないためにも、あなたを穏便に処分することにしました。

“ありがとうございます“

感謝するということが何かも分からず校長はZに挨拶を繰り返した。

Z
今処理して下さい

Zを守るために配備されたZ専用ガーディアンが直ちに銃を取り出し、校長の頭と心臓を撃ち抜いた。
その場で校長は即死した。


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