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代官山蔦屋書店にて岸本佐知子さん『セミ』トーク会にまつわる寅さんとオシャレな女の話

暑い夕方、まだ蝉は鳴いていなかった。自宅から最寄り駅までの車道を、車の通っていない雑草だらけの車道を、フーテンの寅さんみたいな恰好をした人が歩いていた。

昼に起きた地震の影響で東急東横線は遅延し、車内はぎゅうぎゅう詰めだった。読もうと思ったクレストブックスを右腕に抱え、読めるはずがなく、左側の女と闘っていた。彼女はファッショナブルで大きなかばんを肩にかけ、ときどき体の前に持ってきたりしていたが、右側のわたしや左側の男性にぶぅんぶぅんとそれは交互に押し寄せ、男性は嫌そうな顔をあからさまに見せつけてきたし、わたしもどんなかばんなんだろうと観察をやめられずにいた。

やっとたどり着いた、代官山の蔦屋書店。『うまくなりたい』ZINEを一緒に制作中の友田とんさんとかとうひろみさんとでお茶をして、それからショーン・タン作『セミ』の訳者・岸本佐知子さんのトーク会場へと向かった。

訳していくなかでこだわった言葉や、「セミ」とは一体なにを表しているのだろうかという岸本さんの思いや、ショーン・タンのこだわりから日本のサラリーマンについての彼の視点など、トークは広がっていく。セミだからこその表情の見えなさや、その個体としての堅さというものが、かえって読者の想像を広げているのではないかという内容の話がとても心に響いた。

岸本さんは参加者からの質問にすべて答えてくれた。わたしは「岸本さんのラッキーアイテムはなんですか?」と書いたのだが(セミは南仏では幸運の象徴とされているため)、岸本さんは
「ラッキーではないな」
とはははと笑った。ガーデニングができたら、と植えたプチトマトはほとんど実らず、植えた覚えのないイチゴとパクチーが育ったという。これだけでももうひとつの作品のようだ。
どなたかの質問で映画のことを聞かれた岸本さんの回答を聞いて、わたしは驚いた。寅さんじゃないんだけど渥美清さんの作品を観て、そのセクシーさにはっとした、と仰ったのだ。渥美清さん・・・寅さんだったけど、近所で見ました今日・・・

サイン会では友田とんさんの著書を岸本さんが「買いましたよ」と言ってくれたそうで、さらにお互いに本のサインの交換をしたそうで、非常に興奮をしていた。まずは友田とんさんが。その様子を聞いて、わたしもかとうひろみさんもおおいに興奮した。

あっという間の楽しい時間は過ぎ、自由ヶ丘で急行に乗り換えるべく電車を降りたわたしは、ぎょっとして立ち止まった。4時間前にわたしの左わき腹へ大きなかばんでアタックしてきたオシャレな彼女がそこに居たからだ。
トゥク!トゥク!
そんな声が聞こえた気になった夜だった。

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