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私のダンス経歴①小学生

「何でもいいから習い事をしなさい」というお達しが家族会議で発令されました。

私はゲーム三昧で不健康な上に花粉症がひどくて、運動をして免疫を高めよ、ということで、たまたま近所のお麩工場の跡地に新しくできたダンススクールに通わせてもらえることになりました。

その当時、運動嫌いな上に不器用で、小学校1年生の運動会のダンスでピンクレディのUFOを居残りで踊らされて以来ダンスは「恐怖」でした。

まぁでも、他のスポーツは興味がないけど、叔母がジャズダンサーをしていたので、遺伝子の1%ぐらいはダンスに向いているだろう…という儚い希望を心の拠り所に、毎週胃を痛め、心を無にしてヒップホップを踊っていました。
(今ではダンス大好きオタクなので、緊張するとお腹が痛くなること以外変わりまし。)

週一回通っていたのは、オールドスクールのヒップホップのクラスで、アイソレーションとか16ビートに始まり、ランニングマンなどのステップまで基礎的なことを教えていただきました。

中でもアイソレーションが一番好きで、スーパーで買い物をする家族の後ろでも首やら胸やらを怪しく動かしておりました。
首のアイソレをおばあちゃんに見せたら「ろくろっ首!」と褒めていただいたのを今でも誇りに思っています。

きらりんレボリューションみたいなアイドルダンスに憧れていたので、いつになったらマイクを持って踊るんだろう?と思っていましたが、そのような日が来ることはなく、気づけばプロレスラーのキッズバックダンサーをしていました。

今思えば、学校でも学級委員をすすんでやっていたのと、お笑い芸人のギャグを友達にやってみせるのが大好きな子供だったので、人前に出て踊って喜んでもらうというのは性分にすごくあっていたから続けられたのだと思います。

1年半が経ち、スタジオもリニューアルした頃、三重から東京に親が転勤するということで私のダンス人生はここで一度休止に入りました。

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