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名前は知らないけど、知っている

お風呂が壊れた。
業者に連絡したところ、修復に1日かかるとのこと。しかもその日1日はお風呂が使えない。

お風呂に入れないなんて。

慌ててお風呂屋さんを探す。
昔からあった店がとっくに閉店していた。
燃料も高騰しているし、続けていくのは大変だろう。

スーパー銭湯ならば近くにある。岩盤浴を売りにしているところだ。

その日は土曜日だった。
週末なので、混んでいるだろう。

Googleマップの範囲を広げて、根気よく探してみる。
あまり行かない場所に、お風呂屋さんがあるのを見つけた。

ーーー
午後3時。家を出る。

キョロキョロしながら、見つけ出した銭湯は、昔ながらのたたずまいだった。
大きめののれんをくぐる。
靴を置く。
番台でお金を払う。
(480円だった)

レトロだ。
昭和にタイムスリップしたみたいだ。
新しくは無いけど、まぁまぁ小綺麗なロッカー。

風呂場に続くガラス戸を開けると。

懐かしい「ケロリン」と書かれた黄色い桶。

シャンプーもリンスもない殺風景な洗い場。
昔、お風呂屋さんに行くときには、シャンプーやリンスやタオルを持っていくのは当たり前だった。

ーーー
蛇口で熱いお湯と冷たい水を混ぜる。

体をささっと洗って、お待ち兼ねの浴槽へ。
お、ぶくぶく泡が出ている。
どのくらいの温度なのか手で触ってみると。

既にあったまっていた75歳位のおばさんが
「そんなに今日は熱くないわよ。ゆっくり入れるわよ」と声をかけてきた。

あつこ「そうなんですか。今日初めて来たので」

おばさん「いつも熱いんだけどね。今日はちょうどいい感じ。
初めてって、どこあたりから来たの」

それから話が始まった。
入浴してくる人たちは、やはり高齢の女性が多い。
みたところ、63歳の私が1番若い。

おしゃべりな人もいるが、そうでない人もいる。

「最近見なかったけどどうしてた?」
「体の調子がちょっと…」

さながら社交場である。
ご多分にもれず、あつこの家のだいたいの位置や、夫と2人暮らしであることなど情報収集された。
といっても、全然嫌味な感じではない。

ーーー

ゆっくりと体を洗い、シャンプーをしてよくあったまった。
2種類のお風呂は、それぞれボコボコと泡を出している。泡の出方がそれぞれ違う。
派手さは無いけれども、のんびりできた。
スーパー銭湯のような、ざわざわ加減がない。

ーーー

お風呂から出て着替えていると、別のおばさんに声をかけられた。

私はiPhoneに、肩からかける紐をつけている。
置き忘れる心配がなくて良い。

おばさん「あなたのその電話、いいわね。どうなってるの」

そこで、紐がつけられるようになっているケースを見せた。
ケースからiPhoneを取り外して、作りも説明した。

おばさん「便利ね。見せてくれてありがとうございます」

おばさんは折りたたみ式のケースを使っているのだが、置き忘れが気になってしまうとのこと。

使っているのは大きめのアンドロイドだった。
確かアンドロイドで、ラクラクホン?高齢者向けの機種があったような記憶がよみがえった。

ーーー

あつこ「皆さんお知り合いなのですか?」

おばさん「だいたい顔は知ってるわね」

あつこ「そうですか。いいですね。私はこちらの銭湯は今日初めてだったのですが、気持ちよく声をかけてもらいました」

おばさん「この時間帯だと、似たような顔ぶれになってしまうので。
話しているうちに仲良くなっちゃうのよね。」

あつこ「ですよね」

おばさん「でもね、顔は知っていても、名前も知らないのよ。
外でもしあったとしても、声もかけられないわ。ここだけの友達ね」

あつこ「そうなんですね」


おばさん「名前も知らない人に家族のことや、病気のこと話してるって面白いでしょ」

明るく笑って、おばさんは着替えを続けた。

ーーー
不思議な気分に襲われた。
前はどこにでもあったはずなのに、もう今なくしてしまった空間。

名前も知らない人に、自分の身の上を話す。愚痴も言う。笑う。情報交換もする。

ここは銭湯だけど、銭湯じゃない。
おばさんたちの居場所なのだ。

だいぶ年季の入っている建物。
もしもこれがなくなってしまったら、このおばさんたちはどこに行ってしまうのだろうか。

ーーー

着替えの部屋の片隅にこんなものがあった。

昔パーマ屋さんにあったよなぁ。
これで髪を乾かす人いるのかしら?

観察してる限りでは誰もいなかったけど。

レトロだー。

あつこ「お先に失礼します」

おばさん「またいらっしゃいね」

よくあたたまったせいか、体のポカポカした感じが続いている。
ゆるゆると家に帰ろう。

ときどき来てもいいかな。

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