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今、料理本は「考え方」を求めてる

マガジンハウスの編集者、和田泰次郎さんの金言。
お会いしてみたかった料理本の編集者の和田さんと、とある取材で料理本談義をしてきました。

 和田さんは「第4回料理レシピ本大賞2017」の「お菓子部門」大賞を受賞した白崎裕子さんの「あたらしいおやつ」を担当した編集者。
2万部売れればベストセラーという料理本市場の中で15万部という驚異の記録を叩き出し、続編となる「へたおやつ」も18年の「おやつ大賞」を受賞しています。
和田さんの言葉はとても浸透力高めで、スーッと脳内に染み渡る感覚を覚えました。料理を愛している編集者の言葉って、いいものですね。

へたおやつ
人気料理家・白崎裕子がグルテンフリーおやつのレシピをお届けしてくれる。お菓子材料の常識とされてきた「小麦粉」「卵」「乳製品」を使わずに、もっと簡単で作りやすいラインナップに。びっくりレシピが満載。

白崎裕子
料理家。逗子市で40年続く自然食品店主宰の料理教室の講師を経て、オーガニック料理教室を開催。


 冒頭の「料理本は考え方を求めてる」
それはWEBで手軽にレシピと出合える今だからこその視点だと思います。
 いい意味でも悪い意味でも、WEBでは”場当たり的”にレシピと出合うことができます。「キャベツ」と入れれば、オーダーにマッチして、自身の調理スキルと照らし合わせて選択するだけ。
なぜこの切り方なのか、なぜこの調味料を入れるのか、なぜ片栗粉を入れるのか、それを体系的に教えてくれることはありません。

 だからこそ、そのWEBレシピとの対比とも言えるように、料理本では、考え方や、ふだん思いもよらない発想を求めているのかもしれませんね。
いや、求めているというよりは、そこを「買う/買わない」の境界線にしている人も多いような気がします。

料理本は、「珠玉の作品集」で良い時代となったのかも?

 いつの間にか「本を見ながら料理を作る」という行動にリアリティがない世の中となりました。私は、自宅に料理本はあれど、大切に保管しておきたいから、材料は別途メモかスマホで写真を撮り工程はできる限り暗記しています。(そもそも高難易度の料理は作らない)

そんな私の行動をする者はあまりいないと思いますが、要は「料理本は消耗品ではなく作品」へ私の中で昇華したのだと思います。

料理本に限らず、書籍というのはいつの間にか「贅沢品」となりました。
お値段はもちろん、狭い自宅の中で明らかに場所をとって重たい書籍たちは、厳選したものしか置きたくありません。
今はメルカリなど、ユーズド商品を気軽に回転できるようになった訳で、そんな時代に所持するものは、心から好きで大切に残しておきたいものだけなのかもしれません。

 私がつい買ってしまう料理本は、料理家さんの「渾身の作品集」のような立ち位置のものが多いです。
作る前提がありながらも全部作れなくても問題なし。自身のスキル度返しで憧れるお料理の数々が載ったものを買ってしまいます。
今作れなくても、5年後に作れたらいいな。という感覚です。

恐らくアート本を購入する感覚、美しいモデルの写真集を買うような感覚にも近いかもしれません。

自分の感性が突き動かされるものは、データではなく紙で、何年も繰り返しページをめくりたくなるものだけ、購入しておきたかったりします。

驚くような発行部数にならずとも、世の中事化しなくとも、
料理本が作品集として評価される時代は着実に来ているはず。著者にとってはある意味で悪い時代ではないような気もするな?とか思っているのですが、あくまで外野の意見。。実際は、どうなのでしょうか?聞いてみたい。

斜陽だとされる業界を嘆くより、その時代を利用して、
料理本の再定義をすることのほうが、意味があるような気がしています。

みなさんの、本を買う/買わないのボーダーラインって何ですか?
最近、料理本買っていますか? 買っていないのはどうしてですか?

ぜひぜひ、教えてほしいです。








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