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司法試験受験時代の憲法ノートから③

【目次】
第1 憲法上の権利・人権
 1.総論
 2.各論(憲法上の権利の保障根拠)
第2 防御権制限
(1)序論
(2)「制限」の規定

(3)審査基準の設定
(4)目的・手段審査
第3 作為請求権
第4 平等権

第2 防御権制限

第2-1 序論

(1)憲法上の主張―法令違憲(法文違憲審査・適用違憲)と処分違憲

①立法作用と行政作用のいずれかを攻撃対象とすべきか。
 付随的違憲審査制が採用されている以上、国民は抽象的に法令の違憲を問題にすることができず、議会が立法した法令が、行政機関によって具体的に解釈適用されてはじめて、法令の合憲性が問題になりうる。そうである以上、「憲法的罪人」の候補者には議会と行政機関の双方がいるのが常であり、国民は、法令の違憲を主張するか処分の違憲を主張するかの選択を迫られることになる。
 なお、愛媛玉串料事件判決や空知太神社判決のように、端的に当該処分等の具体的行為の違憲性が問題となる場合もある。この場合、具体的行為を攻撃対象とすれば足りる。

②「適用違憲」の3類型
 従来、「適用違憲」には、①法令の合憲限定解釈が不可能である場合に、当該法令が事件に適用される限りで違憲とするもの(処分自体を審査対象とするのではなく、根拠法のうち、その処分を基礎づけている部分の審査をすることに注意。)、②法令の合憲限定解釈が可能であるにもかかわらず、法執行者が違憲的に適用した場合に、その適用行為を違憲とするもの、③法令そのものには憲法上の瑕疵がないが、執行者が憲法上の権利を侵害するような形で適用した場合に、その適用行為を違憲とするもの、の3類型があるとされた。
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 類型①は、適用法令部分を「違憲」と判断するものであり(法令の部分無効)、立法作用を攻撃対象としている。これに対し、類型②及び③は、法の執行行為(行政作用)を攻撃対象としている。このように、攻撃対象が異なるものを一括りにまとめるべきではなく、近時では、類型①を適用違憲と呼び、類型②を処分違法、類型③を処分違憲と呼ぶ用語法が一般的になりつつある。

③法令を攻撃するか、処分(=法の執行行為)を攻撃するか。
 法令が要件・効果を厳密に定めており、柔軟な解釈の余地が乏しい場合(具体的な処分等が法令から自動的に導かれるような場合)、法令を攻撃することになる(法の執行者は、法令の通りに法を適用しただけであり、「憲法的罪人」にはなりえない)。薬局の距離制限などは、この場合に当たる。
 他方、問題領域の特殊性や、事件が起きた空間の特殊性により、執行者の専門的・技術的裁量を認めざるを得ないような場面では、処分を攻撃することになる(専門的・技術的裁量を行使した主体こそが「憲法的罪人」である)。例えば、エホバの証人剣道実技拒否事件判決は、高等学校という特殊な空間で行われた処分の適法性が問題となった事案であるが、校長の専門的・技術的裁量が認められる場合であり、退学処分が攻撃対象とされた。
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 問題は、法令の要件・効果に解釈の余地がある場合である。例えば、「公の秩序を害するおそれがある場合には公民館の利用を許可しない」という規定は、要件解釈の余地がある。この場合、同要件を憲法適合的に解釈したうえで、行政機関の具体的処分について要件を充たすかを検討する手法が考えられる(上記の類型②又は③)。他方で、行政機関の解釈・適用は正しい(=法令を本件に適用するのは正しい解釈である)ことを前提として、「当該法令が事件に適用される限りで違憲である」とする適用違憲の手法で法令を攻撃することも考えられる(上記の類型①)。

※私見
 合憲限定解釈は多くの最高裁判例で用いられてきており、実務的には行政機関の具体的処分を攻撃する方が一般的であるかもしれない。
 しかし、合憲限定解釈を行うには、自力で要件解釈を行わなければならないうえに、①規制の対象となるものとそうでないものとが明確に区別され、かつ、合憲的に規制しうるもののみが規制の対象となることが明らかにされる場合であること、②一般国民の理解において、具体的場合に規制の対象となるかどうかの判断を可能ならしめるような基準をその規定から読み取ることができること、の2要件を充たさなければならない。
 私見ではあるが、答案上の戦略としては、適用違憲の手法で法令を攻撃すればひとまず足りるのではなかろうか。

④法令を攻撃する場合、法文違憲審査と適用違憲審査をいかに使い分けるか。
 法令を攻撃する場合でも、法文違憲と適用違憲がある。
法文違憲とは、その法文を根拠とする全ての処分が違憲だと評価されるため法文全体が違憲無効とされる場合をいう(逆に、その法文を根拠としてなされる合憲的な処分が1つでもあれば法文違憲審査をクリアーする)。
 他方、適用違憲とは、前述のとおり、当該法令が事件に適用される限りで違憲とされる場合をいう。
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 なぜ違憲なのかという違憲要素を考える。それが法を根拠とする全ての処分に共通する要素であれば、法文違憲審査による違憲無効を主張することになる。
 他方、違憲要素が本件事案に特有の要素(当該行為が特に憲法上の価値が高いこと、当該行為が法目的を阻害しないか、または阻害の程度が低いこと等)であれば、適用違憲審査による違憲無効を主張することになる。

⑤処分を攻撃する場合、いかに審査するか。
 複雑高度な専門技術的判断を要する事項については、そのような専門知識を有する者に判断を任せた方がよりよい結果を生む。このような場合、立法府は法律を通じて専門技術的事項について判断する裁量(行政裁量)を行政に授権する。裁判所も、このような場合であれば行政の裁量的判断に敬意を払うべきである(裁判官は当該問題領域の専門知識を持たないため)。
 もっとも、行政裁量権の行使が憲法上の権利を制限する場合には、比較的厳密な審査を行うべきであり、法の解釈により、「考慮すべき事項」「考慮すべきでない事項」を導出し、行政が「考慮すべき事項」を正しく考慮し、または「考慮すべきでない事項」を考慮から外したか、及び考慮事項を相互に正しく衡量したかについて審査をすべきである(判断過程審査)

※判断過程審査に関する裁判例

・エホバの証人剣道拒否事件判決(最判平成8.3.8)

 1 高等専門学校においては、剣道実技の履修が必須のものとまではいい難く、体育科目による教育目的の達成は、他の体育種目の履修などの代替的方法によってこれを行うことも性質上可能というべきである。

 2 他方、前記事実関係によれば、被上告人が剣道実技への参加を拒否する理由は、被上告人の信仰の核心部分と密接に関連する真しなものであった。被上告人は、他の体育種目の履修は拒否しておらず、特に不熱心でもなかったが、剣道種目の点数として三五点中のわずか二・五点しか与えられなかったため、他の種目の履修のみで体育科目の合格点を取ることは著しく困難であったと認められる。したがって、被上告人は、信仰上の理由による剣道実技の履修拒否の結果として、他の科目では成績優秀であったにもかかわらず、原級留置、退学という事態に追い込まれたものというべきであり、その不利益が極めて大きいことも明らかである。また、本件各処分は、その内容それ自体において被上告人に信仰上の教義に反する行動を命じたものではなく、その意味では、被上告人の信教の自由を直接的に制約するものとはいえないが、しかし、被上告人がそれらによる重大な不利益を避けるためには剣道実技の履修という自己の信仰上の教義に反する行動を採ることを余儀なくさせられるという性質を有するものであったことは明白である。
 上告人の採った措置が、信仰の自由や宗教的行為に対する制約を特に目的とするものではなく、教育内容の設定及びその履修に関する評価方法についての一般的な定めに従ったものであるとしても、本件各処分が右のとおりの性質を有するものであった以上、上告人は、前記裁量権の行使に当たり、当然そのことに相応の考慮を払う必要があったというべきである。また、被上告人が、自らの自由意思により、必修である体育科目の種目として剣道の授業を採用している学校を選択したことを理由に、先にみたような著しい不利益を被上告人に与えることが当然に許容されることになるものでもない。

 3 被上告人は、レポート提出等の代替措置を認めて欲しい旨繰り返し申し入れていたのであって、剣道実技を履修しないまま直ちに履修したと同様の評価を受けることを求めていたものではない。これに対し、D高専においては、被上告人ら「E」である学生が、信仰上の理由から格技の授業を拒否する旨の申出をするや否や、剣道実技の履修拒否は認めず、代替措置は採らないことを明言し、被上告人及び保護者からの代替措置を採って欲しいとの要求も一切拒否し、剣道実技の補講を受けることのみを説得したというのである。本件各処分の前示の性質にかんがみれば、本件各処分に至るまでに何らかの代替措置を採ることの是非、その方法、態様等について十分に考慮するべきであったということができるが、本件においてそれがされていたとは到底いうことができない。

 4 以上によれば、信仰上の理由による剣道実技の履修拒否を、正当な理由のない履修拒否と区別することなく、代替措置が不可能というわけでもないのに、代替措置について何ら検討することもなく、体育科目を不認定とした担当教員らの評価を受けて、原級留置処分をし、さらに、不認定の主たる理由及び全体成績について勘案することなく、二年続けて原級留置となったため進級等規程及び退学内規に従って学則にいう「学力劣等で成業の見込みがないと認められる者」に当たるとし、退学処分をしたという上告人の措置は、考慮すべき事項を考慮しておらず、又は考慮された事実に対する評価が明白に合理性を欠き、その結果、社会観念上著しく妥当を欠く処分をしたものと評するほかはなく、本件各処分は、裁量権の範囲を超える違法なものといわざるを得ない。

(2)防御権制限の処理

①「制限」の認定
 Xの行為を特定した上で、それをする自由(以下、「Xの自由」とする。)が「憲法上の権利」であることを論証する。次に、国家行為を特定した上で、国家行為がXの自由を制限していることを論証する。

②「制限」の正当化
 権利の性質、制限の態様などを考慮して審査基準を設定する。この審査基準に照らして目的審査・手段審査を行い、「制限」が正当化されるかを検討する。

第2-2 「制限」の認定

(1)「制限」の認定1―Xの自由は「憲法上の権利」か(保護範囲)

①人権のカタログに列挙された人権規定の保護範囲
 Xの自由が、人権条項によって保護されるかを検討する。
 まずは、Xの自由が人権のカタログに列挙された人権規定によって保護されないかを検討する。例えば、人権規定の保障根拠が、Xの自由について妥当するかによって判断する。
 例えば、営利広告の自由は、広告の受け手が様々な情報を受け取ることができ、その選択に資することを根拠に20条1項によって保障されている。逆にいえば、虚偽広告の自由は、広告の受け手の選択を誤らせる点で上記根拠が妥当しないと考えることができ、20条1項によって保障されないと解することになる。

②人権規定の競合
 人権規定が競合する場合には、答案上の戦略としては、その請求から設定される審査基準が厳格な人権規定だけを主張することになる。

③適切な人権規定が不存在である場合
 仮にXの自由が人権のカタログに列挙された人権規定によって保護されないとすれば、憲法13条によって「新しい人権」として「憲法上の権利」といえないかを検討する。

※保護範囲に関する裁判例

立川テント村事件判決(最判平成20.4.11)

①事案
 Xら3名が,共謀の上,「自衛隊のイラク派兵反対」などと記載したビラを防衛庁(当時)宿舎各室玄関ドア新聞受けに投函する目的で,管理者および居住者の承諾を得ないで立ち入ったため,住居侵入罪(刑法130条)により起訴された。

②判旨
 確かに,表現の自由は,民主主義社会において特に重要な権利として尊重されなければならず,被告人らによるその政治的意見を記載したビラの配布は,表現の自由の行使ということができる。しかしながら,憲法21条1項も,表現の自由を絶対無制限に保障したものではなく,公共の福祉のため必要かつ合理的な制限を是認するものであって,たとえ思想を外部に発表するための手段であっても,その手段が他人の権利を不当に害するようなものは許されないというべきである。
 本件では,表現そのものを処罰することの憲法適合性が問われているのではなく,表現の手段すなわちビラの配布のために「人の看守する邸宅」に管理権者の承諾なく立ち入ったことを処罰することの憲法適合性が問われているところ,本件で被告人らが立ち入った場所は,防衛庁の職員及びその家族が私的生活を営む場所である集合住宅の共用部分及びその敷地であり,自衛隊・防衛庁当局がそのような場所として管理していたもので,一般に人が自由に出入りすることのできる場所ではない。たとえ表現の自由の行使のためとはいっても,このような場所に管理権者の意思に反して立ち入ることは,管理権者の管理権を侵害するのみならず,そこで私的生活を営む者の私生活の平穏を侵害するものといわざるを得ない。したがって,本件被告人らの行為をもって刑法130条前段の罪に問うことは,憲法21条1項に違反するものではない。

(2)「制限」の認定2―国家行為はXの自由を制限しているか?

①「制限」の認定の勘所
 「制限」がある認定するには、保護範囲内の行為に対する妨害がなされていること、そして、その主な原因が国家行為であると評価できること(因果関係)の2つの要件が必要である。
 例えば、国が競合店Aの営業を許可したことにより、競争に負けたBが閉店に追い込まれたとする。この場合、22条1項の保護範囲に含まれるBの営業行為が妨害されたといえるものの、Bが閉店に追い込まれたのは、Aの営業許可というよりはBの営業努力であるから、営業許可行為は、Bの営業の自由を制限する行為であるとはいえない。

②「制限」を構成する4要素
 目的志向性(規制する目的をもって意図的になされたか)、直接性、命令性(命令権及び強制権の発動としてなされたか)、法形式性(法律や判決といった法形式をもってなされ、権利義務の変動をもたらすか)の4つの要素を充たす場合は、当然に「憲法上の権利」の制約に当たる。
 問題は、このような要素(のいずれか)を欠く公権力の行為が「憲法上の権利」に不利益をもたらす「制限」にあたるか、である。

③行政による迷惑施設の建設許可
 行政による迷惑施設の建設許可は、周辺住民を相手方としたものではないが(=直接性を欠く)、その財産権や平穏な生活に多大な影響を与える点で、間接的制限であると評価されうる。

④国家による新興宗教に関する警告文
 国家が新興宗教に関する警告文を出した場合、警告が市民に向けられており(=直接性を欠く)、信者の活動を禁止するものではなく(=命令性を欠く)、権利義務を変動させる法的行為でもない(=法形式性を欠く)。仮に信者に不利益が生じたとしても、市民の行動態度から生じるもので、国家による警告が加功した程度は不明である(=因果関係不明)。
 これらのことから、警告文を信教の自由の間接的制限と評価するためには慎重な論証が必要となる。

※間接的制限に関する判例

①宗教法人オウム真理教解散命令事件(最決平成8.1.30)
 
 法は、宗教団体が礼拝の施設その他の財産を所有してこれを維持運用するなどのために、宗教団体に法律上の能力を与えることを目的とし(法一条一項)、宗教団体に法人格を付与し得ることとしている(法四条)。すなわち、法による宗教団体の規制は、専ら宗教団体の世俗的側面だけを対象とし、その精神的・宗教的側面を対象外としているのであって、信者が宗教上の行為を行うことなどの信教の自由に介入しようとするものではない(法一条二項参照)。法八一条に規定する宗教法人の解散命令の制度も、法令に違反して著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為(同条一項一号)や宗教団体の目的を著しく逸脱した行為(同項二号前段)があった場合、あるいは、宗教法人ないし宗教団体としての実体を欠くに至ったような場合(同項二号後段、三号から五号まで)には、宗教団体に法律上の能力を与えたままにしておくことが不適切あるいは不必要となるところから、司法手続によって宗教法人を強制的に解散し、その法人格を失わしめることが可能となるようにしたものであり、会社の解散命令(商法五八条)と同趣旨のものであると解される。
 したがって、解散命令によって宗教法人が解散しても、信者は、法人格を有しない宗教団体を存続させ、あるいは、これを新たに結成することが妨げられるわけではなく、また、宗教上の行為を行い、その用に供する施設や物品を新たに調えることが妨げられるわけでもない。すなわち、解散命令は、信者の宗教上の行為を禁止したり制限したりする法的効果を一切伴わないのである。
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 もっとも、宗教法人の解散命令が確定したときはその清算手続が行われ(法四九条二項、五一条)、その結果、宗教法人に帰属する財産で礼拝施設その他の宗教上の行為の用に供していたものも処分されることになるから(法五〇条参照)、これらの財産を用いて信者らが行っていた宗教上の行為を継続するのに何らかの支障を生ずることがあり得る。このように、宗教法人に関する法的規制が、信者の宗教上の行為を法的に制約する効果を伴わないとしても、これに何らかの支障を生じさせることがあるとするならば、憲法の保障する精神的自由の一つとしての信教の自由の重要性に思いを致し、憲法がそのような規制を許容するものであるかどうかを慎重に吟味しなければならない。
 ↓
 このような観点から本件解散命令について見ると、法八一条に規定する宗教法人の解散命令の制度は、前記のように、専ら宗教法人の世俗的側面を対象とし、かつ、専ら世俗的目的によるものであって、宗教団体や信者の精神的・宗教的側面に容かいする意図によるものではなく、その制度の目的も合理的であるということができる。
 そして、原審が確定したところによれば、抗告人の代表役員であったD及びその指示を受けた抗告人の多数の幹部は、大量殺人を目的として毒ガスであるサリンを大量に生成することを計画した上、多数の信者を動員し、抗告人の物的施設を利用し、抗告人の資金を投入して、計画的、組織的にサリンを生成したというのであるから、抗告人が、法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められ、宗教団体の目的を著しく逸脱した行為をしたことが明らかである。抗告人の右のような行為に対処するには、抗告人を解散し、その法人格を失わせることが必要かつ適切であり、他方、解散命令によって宗教団体であるオウム真理教やその信者らが行う宗教上の行為に何らかの支障を生ずることが避けられないとしても、その支障は、解散命令に伴う間接的で事実上のものであるにとどまる。したがって、本件解散命令は、宗教団体であるオウム真理教やその信者らの精神的・宗教的側面に及ぼす影響を考慮しても、抗告人の行為に対処するのに必要でやむを得ない法的規制であるということができる。また、本件解散命令は、法八一条の規定に基づき、裁判所の司法審査によって発せられたものであるから、その手続の適正も担保されている。
 宗教上の行為の自由は、もとより最大限に尊重すべきものであるが、絶対無制限のものではなく、以上の諸点にかんがみれば、本件解散命令及びこれに対する即時抗告を棄却した原決定は、憲法二〇条一項に違背するものではない。

②「君が代」起立斉唱拒否事件(最判平23.5.30)
 
 上記の起立斉唱行為は,教員が日常担当する教科等や日常従事する事務の内容それ自体には含まれないものであって,一般的,客観的に見ても,国旗及び国歌に対する敬意の表明の要素を含む行為であるということができる。そうすると,自らの歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象となる「日の丸」や「君が代」に対して敬意を表明することには応じ難いと考える者が,これらに対する敬意の表明の要素を含む行為を求められることは,その行為が個人の歴史観ないし世界観に反する特定の思想の表明に係る行為そのものではないとはいえ,個人の歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行為(敬意の表明の要素を含む行為)を求められることとなり,その限りにおいて,その者の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることは否定し難い。
 そこで,このような間接的な制約について検討するに,個人の歴史観ないし世界観には多種多様なものがあり得るのであり,それが内心にとどまらず,それに由来する行動の実行又は拒否という外部的行動として現れ,当該外部的行動が社会一般の規範等と抵触する場面において制限を受けることがあるところ,その制限が必要かつ合理的なものである場合には,その制限を介して生ずる上記の間接的な制約も許容され得るものというべきである。そして,職務命令においてある行為を求められることが,個人の歴史観ないし世界観に由来する行動と異なる外部的行為を求められることとなり,その限りにおいて,当該職務命令が個人の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があると判断される場合にも,職務命令の目的及び内容には種々のものが想定され,また,上記の制限を介して生ずる制約の態様等も,職務命令の対象となる行為の内容及び性質並びにこれが個人の内心に及ぼす影響その他の諸事情に応じて様々であるといえる。
 したがって,このような間接的な制約が許容されるか否かは,職務命令の目的及び内容並びに上記の制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較量して,当該職務命令に上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるか否かという観点から判断するのが相当である。
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 これを本件についてみるに,本件職務命令に係る起立斉唱行為は,前記のとおり,上告人の歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象となるものに対する敬意の表明の要素を含むものであることから,そのような敬意の表明には応じ難いと考える上告人にとって,その歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行為となるものである。この点に照らすと,本件職務命令は,一般的,客観的な見地からは式典における慣例上の儀礼的な所作とされる行為を求めるものであり,それが結果として上記の要素との関係においてその歴史観ないし世界観に由来する行動との相違を生じさせることとなるという点で,その限りで上告人の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があるものということができる。
 他方,…本件職務命令は,公立高等学校の教諭である上告人に対して当該学校の卒業式という式典における慣例上の儀礼的な所作として国歌斉唱の際の起立斉唱行為を求めることを内容とするものであって,高等学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意義,在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿い,かつ,地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえた上で,生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに当該式典の円滑な進行を図るものであるということができる。
 以上の諸事情を踏まえると,本件職務命令については,前記のように外部的行動の制限を介して上告人の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面はあるものの,職務命令の目的及び内容並びに上記の制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較量すれば,上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるものというべきである。
 以上の諸点に鑑みると,本件職務命令は,上告人の思想及び良心の自由を侵すものとして憲法19条に違反するとはいえないと解するのが相当である。

(つづく)

【免責事項】
・平成24年司法試験の受験対策のために作成したものであり、当時は正確な理解に努めましたが、一受験生が作成した論証集にすぎず、誤りが含まれている可能性があることにはご留意ください。
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