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J-KISSによるバリュエーションの繰延べのこと(昨日の記事の補足)

はじめに

昨日、「J-KISSは起業家フレンドリーな資金調達手法である~シード期のベンチャーファイナンス~」という記事を公開し、J-KISSを利用すればバリュエーションを先送りできるという起業家側のメリットについて記述いたしました。

この記事に関し、J-KISSによる資金調達実務の関係者の皆さまからも貴重なコメントを頂くことができました。
この場を借りて、あらためてお礼申し上げます。

その中で、「実務上はバリュエーションの繰延べは実現されていないのではないか」という旨のコメントを頂きましたので、頂いたコメントを踏まえ、昨日の記事の補足を行う(とともに個人的の想いを述べる)ことがこの記事の目的となります。

J-KISSの株式への転換のされ方

J-KISSのしくみについては昨日の記事の中で記述させて頂きましたが、ひな形によれば、シリーズAに際してJ-KISSが株式に転換される場合に何株に転換されるか(投資家のシェアがどの程度になるか)は、ざっくりいうと、以下①②のうち、いずれか低いバリュエーション(およびJ-KISS投資家の出資額)に基づき決定されます。
①シリーズAにおけるバリュエーションの【80】%
②バリュエーションキャップ

この点、①に基づき株式に転換されるのであれば、シリーズAにおけるバリュエーションを踏まえて(このバリュエーションに一定のディスカウントを行って)J-KISSを株式に転換することになりますので、めでたく(?)バリュエーションはシリーズAまで繰り延べられることになります。

他方、②(バリュエーションキャップ)に基づき株式に転換される場合は、結局のところ、J-KISSによる資金調達時に投資家との間でバリュエーションキャップをいくらに合意するかに帰着することになりますので、残念ながらバリュエーションを繰り延べられることにはなりません。

そして、昨日の記事に対するコメントとして、②(バリュエーションキャップ)は厳しめに設定されるケースが多く、そこで設定された金額に基づき株式に転換されることが通常である趣旨のコメントを頂いた次第です。

バリュエーションの繰延べ以外のメリット

そうであるとすれば、J-KISSによって資金調達をしても、結局のところバリュエーションを繰り延べることはできないということになりましょう。

それでは起業家にとってJ-KISSを利用するメリットがないかといえば、そうではなく、J-KISSを利用することで「簡単に、早く」投資を受けることができたという起業家サイドの意見もありました。

また、J-KISSの保有者は法的には株主ではありませんので(新株予約権保有者にすぎません)、J-KISSを発行した後であっても、たとえば株主総会決議をとるにしてもスムーズである(創業者の合意のみで足りる)という面もありましょう。

さらに、昨日の記事で申し上げたように、普通株式による資金調達と比べてJ-KISSによる方がストック・オプション政策上もスタートアップ側に有利であると思います。

このような次第で、仮にバリュエーションの繰延べが実現できないとしても、J-KISSを利用する起業家(およびスタートアップ)側のメリットはあるといえましょう。

再び、バリュエーションの繰延べのこと

さて、J-KISSのしくみから、バリュエーションの繰延べが実現されるかは、バリュエーションキャップの金額(バリュエーションキャップ(②)が上記①より高いか)次第ということになります。
※なお、理屈としては、投資家との交渉の結果バリュエーションキャップを外すことができれば、バリュエーションの繰延べは確実に実現されることになります。

そして、バリュエーションキャップをいくらにするか(いっそ外すか)は、J-KISSの設計次第であって、スタートアップ側と投資家の交渉マターとなります。

この点、VCは出資者からお金を預かり、そのお金をスタートアップに投資してリターンを出すことが求められる立場にあり、その投資戦略に基づきスタートアップへの投資を実行するわけですので、シードVCの投資実務として、バリュエーションキャップを厳しく設定しようとする(たとえば、J-KISSの発行時のバリュエーションを基準にバリュエーションキャップを決めようとする)ことも、無理からぬところがあるのかもしれません。

他方、そうであるとしても、J-KISSを利用できる局面は、シードVCから資金調達を受ける局面に限られるものではないはずです。
たとえば、創業直後にエンジェル投資家(個人)から出資を受ける局面や、オープンイノベーション文脈で事業会社と資本業務提携をする局面などにおいても、J-KISSを利用することは可能です。

特にこれらの場合であれば、当事者間の交渉力に加え、投資家との関係性や投資家の属性、投資の目的などによっては、厳しいバリュエーションキャップを設定しないこともありうるのではないでしょうか。

交渉マターである以上、「バリュエーションキャップはシリーズAのバリュエーションが当初想定した金額より高すぎた場合の保険にすぎない」という発想で、シリーズAの想定バリュエーションを踏まえてバリュエーションキャップを合意することだって十分ありうるのだと考えます(むしろ、J-KISSの条項の定め方からすると、このような考え方の方が本来的ではないか、という気すらいたします)。

おわりに

J-KISSは、その設計次第でバリュエーションを繰り延べられる起業家フレンドリーなしくみです。

そうである以上、スタートアップの中にいる人間として、あるいは起業家をリスペクトする法律家として、J-KISSを利用してバリュエーションの繰延べが実現されるケースがどんどん出てくることを願ってやみません。


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