志田淳 | Atsushi Shida

デザインスタジオmemento mori代表。グラフィックデザイナー。クリエイティブデ…

志田淳 | Atsushi Shida

デザインスタジオmemento mori代表。グラフィックデザイナー。クリエイティブディレクター。ラヂオ気仙沼「夕焼けぎょっと倶楽部」水曜パーソナリティ、番組内で毎週1本映画紹介。気仙沼まち大学運営協議会。社会学講師。

最近の記事

第96回アカデミー賞受賞予想

最後の投稿は4年前だそうです。 なんとかコロナ禍を超えて生きながらえております。 ほんとにまあ、この4年間のことを書こうと思えばネタは2000個くらいありますが、今年もアカデミー賞の時期ですね。 僕は2017年からラヂオ気仙沼というコミュニティFMで毎週水曜日の夕方にパーソナリティをやっておりまして、その番組が始まって以来7年弱、毎週1本映画を紹介しております。 それは今まさに劇場公開されているものもあれば、1930年代のものがあったり、短編もドキュメンタリーもアニメー

    • withコロナの幾つかの気付き

      ○もともと在宅勤務みたいな働き方ではあったから余裕だと思ってたけど、振り返れば打ち合わせやらラジオやらで外出する機会は多くて、家にいる時間は無意識にオフモードに入ってたことに気付く。 ○ゆえにほぼ100%在宅勤務になった今は切り替えが意外と難しい。 ○家の仕事部屋以外では仕事をしないようにしてみている。 ---------- ○オンライン疲れが来ている。打ち合わせで画面の向こうの人の意図を汲み取ろうと無意識に神経を張っているっぽい。 ○テレビやネット(とくにテレビ)

      • 人生の命題はなにか、というコンセプト

        7月も半ばだというのに、いまだにTシャツ 1枚で過ごせる日は少ない気仙沼。 今年の夏は冷夏になるかもしれない、なんてことも聞こえてくる。 季節は夏が一番好きだが、このくらいの気温が身体にはちょうどいいのかもしれない。 ----------- 1日1つ、デザインを上げ始めて昨夜で65作目。 何かがこぼれ落ちるようにスムーズに納得のいく作品ができる日もあれば、時間をかけても靄がかかったままの日もある。 はてさて、とても大変なことを始めてしまったようだと感じたのは1週間くらい経

        • 2019年上半期、ツイート棚卸し

          今年も7月。2019年が半分終わった。 この半年間も濃密な時間でした。 ということで、恒例(?)のツイート棚卸しです。 2019年最初の仕事は、ラヂオ気仙沼での新春特番だった。 まだスタジオが、いまのサテライトに移る前。 5時間は(1人で喋っていたわけではないから)あっという間で、とても楽しかった。 良い仕事はじめでした。 そうか、Apple Storeが仙台から、つまり東北からなくなったのも今年の話。 いまのところ困ってはいないが、最近PCの調子がイマイチだし、何かあっ

        第96回アカデミー賞受賞予想

          アート vs デザイン(若しくは豊かさの定義)

          iPhoneの通知がなる。 「note更新 12:00」 すっかり忘れていたので慌ててPCをバビョーンと立ち上げ、これを書いている次第。 毎月2回、1日と15日にnoteを更新すると決めてから半年が経つ。 この記事で15件目だ。 noteを始めたのは、日々の思考を言葉でアウトプットする機会が欲しかったからである。 週に1回ラジオで喋っているが、リスナーの皆様はすでに周知の通り、2時間の生放送と言えどもフリーで喋る時間はせいぜい10分が良いところ。 1週間の出来事を喋るにはあ

          アート vs デザイン(若しくは豊かさの定義)

          戦わない奴らがいつも、この街はつまらないと言う。

          「1年が過ぎるのが早い。」と思うタイミングが、毎年いくつかある。 それは自分の誕生日だったり、3月11日だったり、地元の祭りだったりするのだが、いままさに、もう1年経ったのかと思っている。 「写真の日」というものを、皆さんはご存知だろうか。 公益社団法人日本写真協会が定めた記念日で、天保12年6月1日、はじめて日本人によって写真撮影がなされた日に由来しているのだそうだ。 (のちに、この文献は間違いであり、正しくは安政4年9月17日であることが判明している。とはいえ一度記念日

          戦わない奴らがいつも、この街はつまらないと言う。

          君が思うほど優等生じゃない。

          僕らにとっても前代未聞だった、co-ba KESENNUMAでのGW8日連続イベントが無事終了。 とてもとても濃い日々だった。 この企画が持ち上がったのがいつだったのかもはや覚えていないけれども、ラインナップを決めるために、声をかけたい仲間たちをリストアップした時点で既にメンバーはほぼ確定。 いつの間にか信頼できる仲間が気仙沼にたくさん出来ていたことを実感。 案の定、8日間毎日とても楽しかった。 関わってくれた皆様ありがとうございました。 週1回、ラジオの告知のために作って

          君が思うほど優等生じゃない。

          本当に気仙沼は若者がいないのか。

          元号が変わるという、初めての体験。 生前退位によってある程度「天皇が変わる」という事象に対する様々な手続きが分かりやすく可視化されたわけだが、昭和から平成になったときのスピード感半端ねーんだなと思いました。 令和が良い時代になりますよう。 4月某日、気仙沼市役所の新規採用者研修に呼んでいただき、プレゼンとトークディスカッションをしてきた。 初めてのことなので服装から既にもう分からず、一応ジャケットを着ていったものの、周りのみんなめちゃくちゃラフな格好だった。なんじゃい。 僕

          本当に気仙沼は若者がいないのか。

          駄文・フォー・ユー

          日々が目まぐるしい。 フリーランスのような働き方を本格的に始めてから1年が経つ。 とはいえ、フリーランスというものの定義がイマイチ自分の中でしっくり来ていないせいで、自分がフリーランスなのかなんなのか分からない時がある。 時がある、というか、だいたい分からない。 そしてこれまた変な話で、仕事のジャンルが色々ある。 デザイン、シェアオフィス運営、ラジオ、人材育成、その他いろいろ。 フリーランスの定義と合わせて自分の定義もイマイチよく分かっていないので、自分が何者かよく分からな

          駄文・フォー・ユー

          「さらば、制服。」回顧録。

          4月。 ご入学・ご進学をされた学生の皆さま、おめでとうございます。 幸多き学生生活になりますよう。 去る2月23日にSNSでリリースされた「さらば、制服。」のキャンペーン。 気仙沼の盟友カメラマン、菅原大路くんの写真スタジオ・写真スガワラの、卒業入学写真のキャンペーンとしての製作。 2019年4月1日時点で、Twitterでは34リツイート、176いいね。 普段の僕のツイートなんて10いいねいけば大したもんなので、言ってしまえばちょっとバズった。 これはデザインが良いとい

          「さらば、制服。」回顧録。

          死ななくなる僕らは何を想うのか。

          今年も3月11日が過ぎた。 年明けくらいからどこか落ち着かない感覚が始まり、当日の14時46分、街に鳴り響くサイレンに合わせて黙祷をしたあとに目を開けると、視界がクリアになっている。 目に映るものの解像度が上がる感じというか、世界の色彩が豊かになる感覚。これは2012年から毎回変わらない。 ----- 最近の僕といえば、以前にも増して「死」について考えている。 これは決してもう死にたい的な意味ではなく、その概念というか、「そもそも死とは」という話である。 とあるネットの

          死ななくなる僕らは何を想うのか。

          僕は君を(もしくは僕を)忘れないでいるために。

          その日の東京は、とても天気が良かった。 日差しも風も春の匂いがする、まるで新生活の始まりを思わせるような朝。 窓を開けて部屋の空気を入れ替える。 たまたまつけたテレビには、ゲストにイッセー尾形さんが出ていた。 子どもの頃に一度公演を観に行ったことがある。 2日後に迫ったライブのリハーサルのために、池袋にあるスタジオへ向かう。 バンドメンバーは4人全員、気仙沼高校の同級生。 卒業してからちょうど1年が経ち、僕らは19歳になっていた。 セットリストを決め、本番の流れ通りに演奏

          僕は君を(もしくは僕を)忘れないでいるために。

          書を捨てて町へ出たら、僕は無知だった。

          何となく、それなりにやれてきた人生だった。 学校の成績もすごく悪かったわけではないし、スポーツも人並みにはできた。 バンドもデザインも、振り返れば未熟なところが多いものの、なんとかいまの仕事に繋がっている。 人に会うのは好きだった。 色んな人の話を聞いて、咀嚼して、自分の血と骨にする。 目の前にいる人と自分を比較して、いまの自分と社会との距離感を測る。 そんな風にして、僕はいままで何となく、それなりにやれてきた。 いまの仕事は大きく分けて4つ。 ・デザイン ・シェアオフ

          書を捨てて町へ出たら、僕は無知だった。

          紫煙燻らすタイミングについてのいくつかの考察。

          煙草が好きだ。 楽しい時も、悲しい時も、イライラした時も、ぼーっとする時も、右手にはいつも煙草がある。 左手で箱から煙草を取り出し、口に咥え、右手のライターで火をつけ、右手で挟んで煙を吐き出す。 これはもはや、ある種のルーティーンである。 仕事前の、仕事中の、仕事後の、話をする前の、話を聞いているときの、スタートの合図であり、リセットのタイミングであり、煙草の火を消すときは次の何かへ向かう号令でもある。 煙草は僕にとって、どのタイミングでも無くてはならない、相棒みたいなもので

          紫煙燻らすタイミングについてのいくつかの考察。

          日々の暮らしに、ささやかな革命を。

          元旦のラジオ生放送から仕事が始まり、翌日は通常の生放送、3日からデザイン案件の制作が始まって、バタバタと過ぎていった2019年の正月。 こういう働き方をしているからこそ暇無く仕事をさせてもらっているのはヒジョーにありがたいことだなぁと思う一方、やっぱ正月くらいは休みたいわと再認識した正月でもありました。 デザイン、シェアオフィス、ラジオ、行政との仕事などなど、色んな事業に関わらせてもらっているからこそ、それぞれのタイミングで仕事始めがあって面白い。 それぞれの年末年始の過ご

          日々の暮らしに、ささやかな革命を。

          覆したい敗北感と、ラジオの魔力みたいなもの。

          明けましておめでとうございます。 相変わらず、紅白歌合戦が終わった直後の「ごーん」感によって引き起こされる現実に戻された感じには慣れず、とはいえ年を越すにあたりCDJPも、CDTVも、ジャニーズもなんかしっくり来てなくて、結局さだまさしが登場するまで同じチャンネルが流れている年越しでした。 なんだか今年もいい一年になりそうだ。 以前noteにも書いたように、2018年はすごく密度の濃い一年だった。 ツイートを元に振り返ったものの、つぶやいていなかった出来事も多々。 ぬま大

          覆したい敗北感と、ラジオの魔力みたいなもの。