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医療従事者、3人の子を持つ父です。このnoteは日々の出来事や気づきを書き留めただけの…

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医療従事者、3人の子を持つ父です。このnoteは日々の出来事や気づきを書き留めただけの日記です。

マガジン

  • ブログ「歳月庵」

    以前に運営していた個人ブログ「歳月庵」の記事をこちらに順次、引越していきます。本家の「歳月庵」はゆくゆくは閉鎖いたします。

最近の記事

ほんと、何もかもが回り道だらけ。最短距離を最適な努力量で駆け抜けてきた若い人たちには敵わないな。今となっては悔やまれることも多いけど、これもまた自分なりの人生なんだろうな。受け入れて、ここから仕切り直し。

    • 寝たきり予防のための筋力エクササイズ

      近年では何もかもが便利になりすぎていて、特に下半身の筋肉は意図的に鍛えていないとどんどん衰えていきます。 ここでは将来、寝たきりにならないために取り組むべき下半身のエクササイズを、レッグレイジング、スクワット、カーフレイズの3種類に厳選してご紹介します。 この3種目は、それぞれ太もも、おしり、ふくらはぎをターゲットに鍛えることができます。 それぞれの種目を1分ずつ、合計3分間のエクササイズです。 レッグレイジングあおむけに寝て、脚を伸ばす 伸ばした脚の膝を曲げずに持

      • 寝たきり予防のためのストレッチ系筋力エクササイズ

        ”身体が硬いと怪我をしやすい”と言われるように、柔軟性の低下から転倒しやすくなり、骨折、寝たきりに至ることも多くあります。 逆に柔軟性が保たれていれば、打撲や捻挫で済ませられるケースもあります。 ここでは、転倒(による骨折、寝たきり)の予防に効果のあるストレッチ系筋力エクササイズを、カーフレイズとニートゥエルボーとフォワードランジの3種類ご紹介します。 この3種目は、それぞれふくらはぎ、体幹、股関節をターゲットに鍛えることができます。 それぞれの種目を1分ずつ、合計3

        • 寝たきり予防のためのバランスエクササイズ

          転倒からの骨折、そしてその治療経過に安静を強いられることが原因で寝たきりとなることが多いです。 つまり、転倒予防というのは寝たきりを予防するための重要な要因であると言えます。 バランス能力は転倒予防のための重要な因子ですので、ここでは早い段階から取り組んでおきたいバランス系筋力トレーニングを、片脚スクワット、タンデム歩行エクササイズ、片脚カーフレイズの3種類ご紹介します。 この3種目は、下半身の筋肉をまんべんなく鍛えつつバランス能力を同時に鍛えることができます。 それ

        ほんと、何もかもが回り道だらけ。最短距離を最適な努力量で駆け抜けてきた若い人たちには敵わないな。今となっては悔やまれることも多いけど、これもまた自分なりの人生なんだろうな。受け入れて、ここから仕切り直し。

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        • ブログ「歳月庵」
          5本

        記事

          ちょっとこの暑さは、、、外で遊べなんて子どもによう言わんわい。まさに「命にかかわる暑さ!」やな。

          ちょっとこの暑さは、、、外で遊べなんて子どもによう言わんわい。まさに「命にかかわる暑さ!」やな。

          久々に飛行機に乗ったら、やっぱり空の旅はいいなーって思った。でも、日帰り東京出張とかになると、1日に2回も飛行機に乗らなきゃならないから流石に疲れる。世のサラリーマン達はすごいなー。

          久々に飛行機に乗ったら、やっぱり空の旅はいいなーって思った。でも、日帰り東京出張とかになると、1日に2回も飛行機に乗らなきゃならないから流石に疲れる。世のサラリーマン達はすごいなー。

          日にち薬ってどんな意味?関西ではよく使われるんだけどこれって・・・

          私は 身体や心の傷を癒すためには時間が必要だ という意味の言葉として 日にち薬 というフレーズをよく使います。 ただ、職場の先輩に言われて初めて知ったのですが、この 日にち薬 という言葉は日本全国どこでも使われている言葉ではないのだそうです。主に関西から西の地域では使われることが多いとのこと。 私は医療の現場で働いているので日常的にこの言葉を使っていますが、全国で通じるほどの標準的な言葉ではなかったのですね。 日にち薬の意味は文字通り「日にちが薬の代わり」となるというこ

          日にち薬ってどんな意味?関西ではよく使われるんだけどこれって・・・

          子どもの気持ちに寄り添い、子どもの意見を尊重することの難しさ

          子ども時代って、自分たちだって通り過ぎてきた道のはずなのに、その時の気持ちに寄り添ったり、理解したり、察することができないものだなー。 親が言ったことに即座に反応できないとか、ゲームの時間制限をちょっぴり守れなかったり、嫌いな食べ物を残しちゃったり。 子どもの時は自分もそうだったし、それにはちゃんと理由があったはず。 親が言ったことに即座に反応できないのは、今まさにやろうとしていたことを外から指摘されるとモチベーションが削がれてイヤだった。 ゲームの時間制限をちょっぴ

          子どもの気持ちに寄り添い、子どもの意見を尊重することの難しさ

          雨すごい。車から降りて買い物に行こうという気持ちが消え去った。 もう帰りたい。。。

          雨すごい。車から降りて買い物に行こうという気持ちが消え去った。 もう帰りたい。。。

          子どもが着たくない服を、せっかく買ったのだからと強引に着せたいとゴリ押しする。妻の気持ちはわからなくもないけど、なぜそれを私にやらせるのか。私は子どもの気持ちを尊重して着たい服で学校に行かせてやりたい派なのに。じゃないと気持ちよく子どもを送り出せないじゃないの。。。

          子どもが着たくない服を、せっかく買ったのだからと強引に着せたいとゴリ押しする。妻の気持ちはわからなくもないけど、なぜそれを私にやらせるのか。私は子どもの気持ちを尊重して着たい服で学校に行かせてやりたい派なのに。じゃないと気持ちよく子どもを送り出せないじゃないの。。。

          子供に指摘することが目的ではなく、結果にこだわると忘れ物は減るのか

          子供が学校に行くとき、よく「忘れ物はない?」って言うんですが、最近よく忘れ物をします。 そんなとき「ほら、出発前にちゃんと言ったでしょ?」って言っちゃうんですが、子供だし何度も言って聞かせるしかないなって思う反面、ちゃんと指摘しても忘れ物をしちゃったら意味ないなって思います。 つまり、指摘することで役割を果たしたということにはならないなって思うのです。 私の目的は、別に指摘することではありません。 忘れ物をすると、学校で嫌な思いをするのは子供たちですし、学業にも影響が

          子供に指摘することが目的ではなく、結果にこだわると忘れ物は減るのか

          職場でも、自宅でも、もはや自分のための時間はほとんどなくなってしまった。でも、たった10回の腕立て伏せを含めた15分のヨガのプログラムを頑張って作ってみた。これで何かが変わるかもしれない。

          職場でも、自宅でも、もはや自分のための時間はほとんどなくなってしまった。でも、たった10回の腕立て伏せを含めた15分のヨガのプログラムを頑張って作ってみた。これで何かが変わるかもしれない。

          非日常的な静かな時間は意識して確保したいと思った

          法要でお寺に行く機会がありました。 昔から寺社仏閣が好きで、四国八十八ヶ所霊場も周りましたが、結婚して家庭を持ってからはほとんど行く機会はなく、こういった法要の機会くらいになりました。 たまにこういうところに行くと、非日常感があってすごく心安らぐ時間を過ごせます。 都会の喧騒から離れて、静かに自分と向き合う時間は今となっては貴重です。 ヨガの瞑想とはまた違った雰囲気で、どちらかというと私はこちらの方が好きかも知れません。 別に信心深いわけではないんですが、これを機に

          非日常的な静かな時間は意識して確保したいと思った

          はぁ。。。投稿してた論文がreject。 初めてで上手くいくとは思ってなかったけど、やはり凹む。。。

          はぁ。。。投稿してた論文がreject。 初めてで上手くいくとは思ってなかったけど、やはり凹む。。。

          ブログを12年以上継続していて収益ほとんどなくてもやめない理由を考える

          ブログを始めて12年が経過しました。 全く読まれていないかと言えばそうでもない。 全く収益が出ていないかと言えばそうでもない。 でも、自分が思い描いた結果とは程遠い。 もう嫌になってブログを数ヶ月から1年以上放置して、それでも何かしらのアクションを起こそうと奮起して、またトーンダウンして。 そんなことの繰り返しです。 私が今まで続けてこれたのは、やはりたまにもらえるブログへのコメントだったりします。 例えば、実家の稲作農業のことをブログに書いて、もう何年も放置し

          ブログを12年以上継続していて収益ほとんどなくてもやめない理由を考える

          ライフスタイルの最適化(Lifestyle Optimization:LSO)に取り組んでみよう

          私は昔からライフスタイルをデザインするようなことをよく考えます。 自分への自信のなさから、生き方についても他者からみて適切であり恥ずかしくない生き方を目指すようにしてきました。 いわゆる、「他人に後ろ指をさされないような生き方」という範疇を超えた、「優等生の自分を演出する」ようなことです。 誰だって正しく美しく生きたいという気持ちは大なり小なり持ち合わせていると思うのですが、それがあまりに度を過ぎると、自分の中の基準ではない誰かの基準の中を生きることになってしまい、窮屈

          ライフスタイルの最適化(Lifestyle Optimization:LSO)に取り組んでみよう