資生堂、パーソナライズとカスタマイズの絶妙バランス

 言葉の意味とは難しいもので、お互い同じ言葉を使っていながら、言葉の定義が違っていて議論がかみ合わなかったり、逆に言葉の定義に拘泥するあまり、話が一歩も先に進まない非生産的な状態に陥ったりと、時として困った事態が生じる場合があります。また、言葉が時代の潮流の中で進化の真っ只中にあり、意味が流動的で確定していないような場合もありそうです。表題に掲げた『パーソナライズ』と『カスタマイズ』なども、正面切って「違いは何?」と聞かれたら、返答に困る類のものかも知れません。実際、私もいろいろと当たって見ましたが、これはというものがなかったので、最も一般的と思われる意味を予め確認しておきます。

●パーソナライズ・・・ベンダー・サイドによってユーザー一人ひとりに合わせる。●カスタマイズ・・・・・ユーザー自身(の選択)によって自分に合わせる。

どちらも一人ひとりに合わせることですが、その合わせる作業を、ベンダーが行うか、ユーザーが行うか、という主体の違いです。この前提で、今回の記事【今の気分でクリーム作り 資生堂スキンケア家電を試す】について考えてみたいと思います。

 資生堂については、3月に出た中期経営計画で成長戦略として『パーソナライゼーション』を打ち出して以来、特に注目してきましたが、今回β版として登場した『Optune(オプチューン)』も、『パーソナライズ スキンケア』をコンセプトとした商品です。記事などによると、『Optune』は、『Optune app(オプチューン アプリ)』(スマホアプリ)と『Optune ZERO(オプチューン ゼロ)』(スキンケア家電)で構成され、使い方は3ステップです。

(ステップ1)・・・『Optune app』・・・・・①自分の情報をインプット。                 ②肌測定。     ・・・自分に合った『Optuneショット』(カートリッジ)が選定される。(ステップ2)・・・『Optune ZERO』・・・③送られてきた『Optuneショット』をセットする。                 ④紫外線・天気情報等を自動で収集。       ・・・『Optune app』・・・・・⑤肌測定。(その日の状態)       ・・・『Optune ZERO』・・・⑥気分を選ぶ。      ・・・クラウド上ですべての情報が分析され、『ゆらぎ要因指数』が決定される。       ・・・『Optune ZERO』・・・⑦肌環境の変化に合わせたセラム(美容液)と                 自分に合ったモイスチャライザー(乳液)が抽出され、                 スキンケアを行う。(ステップ3)・・・『Optune app』・・・・・⑧いつでもどこでも、肌とスキンケアの記録をチェック。

そもそも、スキンケア商品の究極のUX(ユーザー・エクスペリエンス)は、『健やかな肌をキープしてくれる』ことで、そのための条件が、①自分の肌に合っていることと、②その時々の状態に合っていることです。2つの条件がある事は、肌環境に関する方程式から明らかです。

肌環境=肌質(遺伝的要素)+外的要因(気候・紫外線など)+内的要因(気分・コンディションなど) +年齢要因など

一口にスキンケアと言っても、実際には、一人ひとり違う肌質と、その時々で違う外的・内的な要因にきめ細かく対応しなくては、UXの最大化は実現できません。

ユーザーが、無数と言っていい既製品の中から自分の肌質にあった商品を選ぶこと自体難しく、たとえ見付けたとしても、その商品は近似値、かなり合っているかも知れないが最適とは限らないのです。まして、内的・外的な要因に応じて使い分けるなど至難の業と言っていいでしょう。

かといって、じゃあ自分で作ってしまおう(カスタマイゼーション)、とはいかないのが化粧品です。スキンケア商品をはじめとした化粧品は、化学的・技術的な長年にわたる知見がなくして作れるものではありません。

 スキンケア商品のUX最大化は、『パーソナライゼーション』によってしか達成できず、その解が『Optune(オプチューン)』なのです。『Optune(オプチューン)』の使い方3ステップは、とても洗練されたUXデザインだと思います。『Optune(オプチューン)』のブランドサイトにある動画を見れば、その感じが良く分かります。

『Optune(オプチューン)』の使い方の3ステップを子細に眺めると、さらに気付かされる点が二つあります。

一つは、この3ステップの中に、ほんの少し、『カスタマイゼーション』の要素が含まれている点です。

それは、『Optune ZERO』に『気分』を入力する部分です。このインタラクション一つによって、ユーザーは、自分で自分の肌環境をコントロールしているという体験を得ることができるのです。

 その体験は、全てが『パーソナライゼーション』のお仕着せになってしまっては決して得ることのできない満足感と充実感をユーザーに与えてくれると想像できます。

もう一つ気付くのは、『パーソナライゼーション』のシステムが、『オーダーメイド』とは対極の、『処方』によって担保されているという点です。

ベンダーがクラウド上で生成する『処方』の精度、アルゴリズムの質が、商品の質、ユーザーに提供するセラムとモイスチャライザーの質を決定するのは明らかです。

 『自宅で完結するパーソナライゼーション』、『Optune(オプチューン)』の成否は、第4次産業革命の時代の『モノづくり』の要であるIT(IoTによるセンシングなども含む)によって決まりそうです。全ては、ITによって可能となる『パーソナライズ』されたセラムとモイスチャライザーが、ユーザーに満足を与えられるかにかかっています。

次に、『パーソナライズ』と『カスタマイズ』という視点を、3月の記事『資生堂が成長へ パレットにのせる遊び心』に登場した『プレイリスト マルチペインターセット』についても当てはめてみます。モノにサービスをセットして提供する『コトづくり』が産業のあり方となる第4次産業革命の時代、最も大切なUXを最大化するのに、『パーソナライズ』と『カスタマイズ』という視点は外せません。

『プレイリスト マルチペインターセット』は、絵の具のようにパレットの上で色を混ぜて使うカラーメークで、瞼・唇・頬など顔のどこにでも使える商品です。つまり、直ちに分かる事は、『プレイリスト マルチペインターセット』は、『Optune(オプチューン)』と違って、ユーザーによる『カスタマイゼーション』の商品だということです。ユーザーは、メークの色を、自分でカスタマイズします。

一見、資生堂が成長戦略として掲げる『パーソナライゼーション』と食い違っているように見えますが、私は、実はこの点が最大のポイントだと考えています。つまり、『カスタマイズ』に最適化したキットを提供することは、ユーザーに『カスタマイズ』のチャンスを提供するという、広い意味での『パーソナライゼーション』に他なりません。

 自宅で簡単にカスタマイズできる、カスタマイズに最適化した商品を提供することは、『パーソナライゼーション』の重要な手法の一つである、と思います。

 私には、『パーソナライズ』と『カスタマイズ』を巧みに使い分け、組み合わせ、パーソナライズとカスタマイズの絶妙なバランスでもってUXの最大化を追求する資生堂の姿勢は、きわめて合理的なものに見えたのでした。

            

https://style.nikkei.com/article/DGXMZO30696660Y8A510C1000000?type=my

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO27747490W8A300C1000000/

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