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『仕掛学』の仕掛け~『おまけ』の経済学~

 私達の興味をそそってやまない『仕掛学』というのは、実際、新しい学問です。何故か?――試しにパソコンで「しかけがく」と入力してみると分かります。(私のパソコンだけかも知れませんが)『仕掛学』とは変換してくれません。「萼」という字が出てきたり、謎めいています……

 『仕掛学』という言葉こそ意識してなかったものの、『仕掛け』という現象については、前から興味がありました。確か、日経電子版に電車の駆け込み乗車をどうやって防ぐか、という記事が出た時以来だったと思います。その時、ネットサーフィンで、トリックアートを使うちょっと危ない仕掛けなどに接して、ずっと気にはなっていました。

 つい最近も、いつも見ているNHKの「ろんぶ~ん」(学術論文を面白おかしく紹介してくれる番組)に『仕掛学』が登場して、大変興味深かったのを覚えています。今回、日経電子版に【「してみたくなる」の謎を追う 大阪大の松村真宏教授】の記事が出たので、この機会に『仕掛学』を考えてみよう、『仕掛学』の仕掛けとは何なのか思いを巡らしてみることにしました――


 『仕掛学』という新しい学問を考える時、幸いな事に、分かり易く明確な取っ掛かりがあります。言わば、箱に付いた3つの取っ手のようなものです。記事によれば、その取っ手、『仕掛学』における仕掛けのメカニズムの定義は――

▶仕掛けのメカニズムの定義

『公平性』・・・誰も不利益を被らない。

『誘引性』・・・行動が誘われる。

『目的の二重性』・・・仕掛ける側と仕掛けられる側の目的が異なる。


 科学的な証明、公式などの分かり易さ、美しさでは、『シンプル』なことが重要な要素であるとよく言われます。上記の3条件を見た第一印象は、いくぶん『シンプルさ』に欠ける、特に、③『目的の二重性』の部分に、美しさの破れのようなものを感じます。……ここで立ち止まった私は、上記の3条件としばし睨めっこをしているうちに、あることに気付きました。副題にも書きましたが――

 仕掛けのメカニズムは、すなわち『おまけ』ではなかろうか?


 そこで、『おまけ』を仕掛け3条件に当てはめてみると――

①『公平性』・・・『おまけ』によって誰も不利益を被らない。

②『誘引性』・・・『おまけ』がある事でその商品を買いたくなる。

③『目的の二重性』・・・買う人は『おまけ』が目的、売る人は『商品』を
          売ることが目的。


 私には、仕掛学における仕掛けとは、イコール『おまけ』であると思えてきました。……ただ、よくよく考えてみると、通常の『おまけ』をゲットするには、代金を払う必要があります。『仕掛け』の場合は、無料、対価は払いません……いや、何らかの行為、(法律上の)『業務』を提供している、と言えそうです。そして、その『業務』とは、もちろん社会課題を解決するための行為です――

▶『仕掛け』の構造
 『仕掛け』+社会課題=業務(社会課題を解決する行為)

▶『おまけ』の構造
 『おまけ』+商品(モノ・サービス)=代金

(註)この場合の=記号は、等価であることを表す。

 『仕掛け』とは、社会課題を達成するための誘引要素であり、『仕掛け』を享受するためには、業務を提供しなくてはなりません。同じように、『おまけ』とは、商品を販売するための誘引要素であり、『おまけ』をゲットするためには、代金を支払わなくてはならない。やはり、『仕掛学』の『仕掛け』を考察するには、『おまけ』という概念が有効である、と考えられます。つまり、『おまけの経済学』とでも言えるものです。


 このように、『仕掛学』の『仕掛け』を『おまけ』として、『おまけの経済学』で考察すると、直ちにいくつかの疑問点が浮上してきます――


(1)『仕掛け』の効果はその場限りではないのか?

 例えばトレーディングカードが『おまけ』のクッキーを買う子供にとって、目的はあくまでトレーディングカード以外の何ものでもありません。『おまけ』がなくなったら、誰もクッキーを買おうとは思わないでしょう。

 『仕掛け』も全く同じと考えられます。『仕掛け』を取り除いてしまえば、あるいは、『仕掛け』がないところでは、業務を提供しようという人は著しく低減すると考えられます。

 つまり、『仕掛け』によって社会課題が解決できるかどうかは、『仕掛け』除去後にどの位の割合の人が業務を提供したかを実験で計測すれば分かります。後述しますが、『仕掛け』を除去してしまうと、若干の改善は見込めるものの、元の状態に戻ってしまう、と考えます。


(2)『仕掛け』の効果は薄れていくのではないか?

 もう一度トレーディングカードの『おまけ』の例で考えてみると、そのトレーディングカードの題材となっているゲームの流行が下火になってしまったら、どうなるでしょうか?途端に商品は売れなくなるはずです。

 『仕掛け』の場合は、それに接する人が飽きてしまうのは、もっと早いかも知れません。

 『仕掛け』を継続的に実施した時に、どれだけの人が業務の提供に応じたか、時系列で、時間の経過と共にその変化を計測する実験が必要かも知れません。


(3)『仕掛け』のコスパは低いのでは?

 上記のような実験を実施した結果は、芳しくない結果になると予測しますが、もしそうであるなら、『仕掛け』の費用対効果、コストパフォーマンスは低いものだと考えざるを得ません。

 これが『おまけ』であれば、その『おまけ』が人気の間にそれなりの売上が立つので、それなりの「成果あり」と言えますが、『仕掛け』の場合は、社会課題の解決が問題なので、元に戻ってしまったら、それは失敗を意味します。


(4)『仕掛け』は社会課題の根本的解決に繋がらない

 社会課題、例えばゴミや吸い殻のポイ捨てをする人がいる、という問題を、『仕掛け』で根本から解決できるでしょうか?――難しく思います。

 何故なら、『仕掛け』には、ポイ捨てをしても平気な人の考え方、『判断回路』をアップデートして、ポイ捨てしない人にするだけのポテンシャルがないと思われるからです。人間の『判断回路』をアップデートするには、『判断回路』を形成するための『学習』をやり直す必要があります。残念ながら、『仕掛け』は『再学習』とは言えません。トレーディングカードが『おまけ』のクッキーの例で言うなら、『おまけ』がなくてもクッキーを買ってもらえるようになる為には、クッキーそのものを好きになってもらわなくてはなりません。『仕掛け』によって考え方まで改める人の割合は、限定的なものになるのではないでしょうか。


 社会課題を解決するためには、社会課題を悪化させるような行為を平気でしてしまう人の『判断回路』を『学習』によってアップデートする必要があります。社会的な議論などを通した教育・学習、あるいは体験によって、そのような人が、心から自分の考えを改めないと根本的な解決には繋がらないのです。『仕掛け』は、それなりの効果があり、その為の入り口にはなるかも知れませんが、それだけで人の心が改まる、と考えるのは早計かも知れません。


(追記:『判断回路』という概念については、下記の拙稿で考察しています)



 

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