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空港と人々


国と距離
天井にとてつもない数の鉄骨が縦横に組まれたスワンナプーム国際空港に着くと、アルファベット順にカウンターが並ぶ。
入口にある大きな液晶のインフォメーションを見ながら目的のカウンターを探していると、目の前に子連れの母親が僕の肩に触れ、わり込むように目の前に入ってきた。
日本なら、その行動にムッとする人もいるだろう。
彼らは街中や店、道でも距離が近いので、この親子もきっとわり込んだという認識は無い。
若いころは、これになかなか慣れなかった。
相手は躊躇うことなく近づいてくるので距離を取ろうとすると、また近づいてくる。
だが、何年もかけてその距離に慣れてくると、徐々に心地がよくなってきた。
混み合う市場で毎日肩が触れ、街中でも身体が触れる。
毎日滞在して文化に溶け込んでいくと、違和感が消失した。
この話を現地に住む北米出身の男にすると、彼も同じことを言っていたので、ワレワレには脈々と継がれるアジアの血が……みたいな話もあまり関係無いのだろう。
いまは尋ねる国によって相手との距離を可変する身体になってしまったが、そのことを気に入っている。

チェックイン
毎度、不思議に思うことがある。
タンソンニャット国際空港のカウンターでチェックインをしていると、人により明らかに受付の時間が違う。
パスポートとチケットの整合性が無いとか、書類に不備があったとか、チェックインカウンターでチケットを買おうとしているのか(中には本当にそんな人もいる)、細かいことはわからないが、とにかくよく航空会社のスタッフと何かを話している。
仮に自分のチェックイン時間が3分だとすると、その人たちは15~20分近く掛かっていて、すぐ後ろに並ぶ人は辛抱強く待っているという光景をよく見る。
最後は結局チケットを発行されるか、職員に追い払われるような形で終わるのだけど、あれは一体何をしているのだろう。
いつか職員に訊いてみたいと思いながら、20年近くが過ぎている。

香りの正体
15年前、海口美蘭国際空港を出てタクシーをつかまえると、車内にはいつもの香りがした。
温暖な地域のタクシーに乗るとにいつも同じ香りがするので、何年もの間、僕はこれを南国にいる運転手特有の体臭だと思っていた。
臭くはないのだが、車内にはムワッと強い香りが充満する。
この地域ではみな同じようなモノを食べるからだろう、などと雑に考えていたのだが、ようやくその正体を突き止めた。
運転手が開けたトランクの隅にあった干し草に触れたとき例の香りがし、その正体が乾燥したレモングラスだとわかった。
温暖な地域ではレモングラスの芳香剤が流行っているのだと思い、タクシーの運転手に尋ねると、虫避けなのだと言った。
ここ最近はめっきりレモングラスタクシーが減り、無臭のタクシーばかりになった。
乾燥レモングラスを車内に使うことをいいアイデアだと思ったことは無いが、無いと思うとまた嗅ぎたくなる、ちょっと不思議な香草である。

重量制限
スリランカのラトゥマラナ空港は、ある日を境にセキュリティが格段に厳しくなった。
今でも何年かに一度、国内でテロが発生することがあり、先日コロンボを飛び立った翌日も、ラトゥマラナ空港周辺で何者かが仕掛けた爆発物が爆発した。
仕事先で会うスリランカの人々は、みな照れ屋で温厚な性格なのでいつもイメージができないのだけど、テロは繰り返し起きている。
事件のあと、再度コロンボを訪れた。
帰国の前日、仲間から荷物の重量制限が厳重になっているので気をつけろと言われた。
普段携行する荷物はさほど多く無いのだが、その日はたまたま制限である20㎏を超えそうな荷物を持って帰ることになった。
荷物をホテルの重量計に乗せると、スーツケースの体重は21.5㎏を指していた。

通常1.5㎏オーバーくらいなら、よほど意地悪な職員にでも当たらない限り見逃してくれるのだが、事件のあとだけに慎重に荷造りをする。
ホテルの部屋で、まだ新しいTシャツを泣く泣く廃棄し、パンツや化粧品類もいくつか捨て、ようやく20㎏ジャストになった。
翌日、空港へ向かうと入口の警備は厳しそうだった。
モノモノしい雰囲気の中でチェックインをすると、カウンターの重量計は24.5㎏を表示していた。
僕はオーバーした分を払うと言ったが、セキュリティの問題からそれができないと、職員は少し申し訳なさそうに答えた。

しばらくの間カウンターの前で困っていた。
送迎してくれた仲間はもう市内へ帰ってしまったし、捨てられる荷物はほとんどなかった。
しかしよくよく考えてみると、ホテルの重量計はかなり”ヤレ”ていて古かったし、目の前にあるカウンターの重量計もかなり古い。
試しにもう一度乗せてもいいかと尋ねると、職員は不思議そうに頷いた。
今度は、18.6㎏と表示された。
その後職員は2回ほど重量計に乗せたが、全ていい加減な数値が出た。
最後は20㎏ということにしますという謎の宣言をしてくれたが、Tシャツとパンツは捨てなくてよかった。

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