StirRed 5

 アスファルトに投げ出されたライを、同じように這いつくばった私とカイが、助けようと立ち上がり駆け寄る。
 その私達とライとの間になにかが割って入る。
 真っ黒で、馬のような大きさのそれは、犬の後脚に猫の四つ脚、計六つの肢を持ち、頭部は自転車用のヘルメットのような曲線と凹凸だが、目鼻口のようなものはないように見えた。
 ふと見ると、空には大小様々な黒い塊が群れをなして飛んでいる。
 なるほど、こいつらは巨躯の絶望が立つあの場所に集おうとしているのだと、唐突に理解できた。
 目の前の六肢をもつものは、ライを襲うでもなく、向かってくるでもなく、むしろ私達には気付いてもいないかのような雰囲気すら感じられる。
 ライはゆっくり慎重に六肢のものから距離をとろうと、地面を這っていた。
 私は六肢のソレがライの動きに反応するのではないかと思いゾッとしたが、ソレはただキョロキョロと回りを見回しているだけで、何か周囲に反応している様子はなかった。
「ライ!」カイもまた、目の前のソレが見えていないかのように、叫ぶようにライに呼び掛ける。
「大丈夫だ…目の前にそんなのがいたら落ち着かないから、距離を取ってるだけだ」
 ライはソレをあまり刺激したくないのか、静かに落ち着いた声で話す。
 私達は三人が三人なりに真ん中に立つソレを警戒していた。
「大丈夫、アタシたちは大丈夫だ。
 もし何かが起きて、アタシがあんたら二人とはぐれたとしたって、アタシはアタシで這ってでも生きる」
 ライはひどく落ち着いた優しく微笑みを浮かべているかのような表情でカイに告げた。
「なに?
 なにをいってる?」
 その落ち着きが逆にカイを不安にさせている様だ。
「だから、あんたらもいき…」
 ライがそこまでいったときに、巨人と巨躯との戦いで破壊されたビルの一部が横殴りに飛んできた。
 私とカイは慌てて後に下がり、それをかわす。
 六肢のアレは慌てる様子もなく黙ってビルの塊にのまれ、瞬時に瓦礫の山へと姿を変えた。
 そして、ライの姿はその瓦礫の山の向こうに見えなくなった。
「ラーイ!」
 カイはそう叫ぶと、突如目の前に現れた山にかけより、瓦礫を一つ一つ粉末へと分解しはじめた。
 その山は、大小様々な大量の瓦礫でできていて、ひとつの塊として粉末へと変えることはできないようだった。
 最初はライの名前を連呼していたカイの声は怒りとも、悲しみとも驚きともとれるただの響きになっていた。
 巨人と巨大な絶望との格闘はいまだおさまる気配もなく、ときおりコンクリートやアスファルトの欠片がこちらに向かって飛んでくる。
 私は水流で、それらの飛来物から私自身やカイを守り続けた。
 ふとみると、緊張と疲労が頂点に達したのか、カイは黙りこみ呆然とした感じで手を止めて立ち尽くしていた。
 私はゆっくりカイに近付くと、なるべく落ち着いた口調で話しかけた。
「どうした」
 振り向いたカイは、まるでなにも見ていないような表情でこちらに顔だけ向けた。
 その表情が、あんまりに空っぽだったので、私はなんといっていいのか解らなくなった。
 だが、黙っていることは、どうにも出来そうになかったので、思ったままの言葉を口に出した。
「信じろよ」
 その言葉にカイはビクリと身を震わせる。
「ライは言ってたろ?
 アタシたちは大丈夫だって?
 なにがあっても這ってでも生きるって?
 信じてないのかよ?」
 カイの丸い瞳が歪みはじめる。
「ライも私達も、生きてるだろう?
 今することはなんだよ?
 合流して傷をおってるライを助けることじゃないのかよ?
 今、それをするのに一番必要な力を持ってるのは誰だよ?」
「うるせえよ!」
 カイはようやく吠えるような声を出した。
「そんなことは、言われなくてもわかってるよ!
 なんだ、人がちょっとぼぉっとしただけで、格好つけて、ドヤ顔で説教してんじゃねーよ!
このケツ噴水マンが!」
 いつもの調子に戻ったので安心した。
「なんだよ!ケツ噴水マンとか言われてニヤついてんじゃねーよ!
気持ち悪い!」
「カイ…」
「…なんだよ!?」
「もう…泣くなよ…」
「バカ…!
 バカじゃねーの!?
 泣いてねーよ!
 クソ、クソが!」
 カイが慌てて目をそらすので、私もカイに背を向けて、巨人たちの戦いで飛んでくる瓦礫を水流で防ぐことに専念した。
「クソがぁ!」
 そんな私の態度が不満なのか、カイが一声、大きく叫んだ。

 それから、私は延々と飛んでくる破片を水流で捌き続け、合間にカイの作業を手伝ったりしていた。
 カイは文字通り山積みになった瓦礫を一つ一つ、粉末に変え続けた。
 ずいぶんと長いこと、それを繰り返してたような気がする。
 けれども、格闘の末に巨人が巨大な異形の塊を弱らせて、抱えあげ空に飛び去ったときには、夕日は沈みきらず街を緋に染めていたから、私の感覚よりは短い時間だったのかもしれない。
 そのころにはカイも瓦礫の山に向こうへと通れる道をつくっていた。
 そして、私とカイがその道を通り抜けたとき、ライの姿はそこになかった。
 うつむき唇を噛みしめ黙りこむカイ。ピンクと紫の中間色の髪は夕日を受けて燃える様に赤かった。
 私は何か声をかけねばならないと思い、あれこれ頭のなかで言葉を整えた。
 口を開いたとき自分の息を吸う音が聞こえた。
 そのとき、
「…ライを探そう…」
 カイはぽつり、つぶやくようにそういった。
 私は用意していた言葉を一度のみこみ、
「そうだな」と応えた。
「カイが作った道とは別に、瓦礫に不自然なへこみがあるだろ」
 私の言葉にカイは頷く。
「きっと、あの六本脚があそこから出てきたんじゃないかな。
 それに事前に気付いたライはこの近くに身を隠したのかもしれない」
「だとしたら、オレたちが現れたことに気付くだろう?」
「どうだろう、痛みと疲労とで隠れたあとに気を失っているのかもしれない」
 私はカイの目をじっと見つめてそういった。
 カイも、私の目をまっすぐ見つめたまま、しばらく思案して、
「そうだな、あり得る話だ」
 そう応えた。
 私達はゆっくりと街並みを見渡した。
 何もかもが混ぜっかえされた街を夕日が静かに紅く染めていた。
「日が沈むまでにはライに会える」
 なんでもない口調でカイはいう。
「ふぅん?」
「なんか、そんな気がする」
「なんだ、勘かよ」
 私の言葉にカイは眉を寄せて、
「オレの勘は当たるんだぜ」
 少し不満気にいう。
「そうだな、私もそう思う」
 静かにそういった私の言葉に
「ふぅん?」
 カイは軽く応える。
「私達は大丈夫さ」
「あぁ、そうだな」
 そうして、私達はライを探しはじめた。
 街が黒く沈む前に、私達で今日をきちんと終わらせるために。

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