見出し画像

ツレの妊娠発覚から切迫流産の最中につわりがやってきたところまでの記録

妊娠検査キットを見た日

子作り開始からおよそ半年のタイミングでそろそろ不妊チェックに動き出して間もない晩、ツレから妊娠検査キットの結果を見せられた。2本線だと良いことなのだと言う。良い悪いは立場によって変わるが、我々にとって良いことなら懐妊だろう。検査結果を見る限り検査にはクロマトグラフィを利用しているようだから、妊娠後に何かの成分が増えるのだろう。そこまで考えてからようやく子供ができたのだと実感が沸いた。

やったねと答えた。おめでとうではどうにも空疎というか嬉しいのはツレだけのような気がして違うからと、彼女が妊娠した時に何と言うかひっそり考えていた。

検査結果は99%以上当たるらしい。しかし、彼女は確証を持ちたくていてもたってもいられぬ様子だった。妊娠何周目かは前回の生理終了時点から起算するそうで、その日は5週目だった。心臓が動き出すという7週目より早く、胎嚢が確認できるかも分からない。しかし確認できなければ再診すれば済むので、近日中に行けばいいだろうと話し合った。

切迫流産という言葉に緊張した日

翌日、ツレから出血を伝えられた。無知な私は生理が来たのかと思った。曰く、妊娠初期の出血はそう珍しいものでもないらしい。とはいえ、彼女は確信が得たくて更に気が急く様子だった。そうこうする内に午後になり、気分が優れなくなったようで、産婦人科に受診した。

直径約7mmの胎嚢が確認された。一方で出血が酷いため2週間の休暇が必要になった。妊娠初期の出血は原因に寄らず切迫流産と呼ぶそうで、名前にぎょっとさせられてしまうが、母子が今すぐどうこうというものではないらしい。しかし安静が求められる状態には違いない。彼女からの説明を受けながら、私のような呑気な人間に緊張感を持たせるには丁度良いネーミングだと思った。

一先ず互いの両親に報告をした。みんな喜びつつ心配せずにいられなかった。母も義母も、身の回りの世話に行こうか聞いてくれた。即答はせず一旦二人で話し合った。ツレが気兼ねしないよう、呼ぶなら義母だという前提で、話の焦点はすぐに来てもらうか、必要性を感じたら来てもらうかだった。

必要性を感じるというのは、心身への負担が多少なりとも限界を越えるということだ。無用な負担を避けるべくすぐに来てもらうことにした。義母も駆け付けたいが、私に気兼ねしているだけだとのことなので、甘えることにした。特に言わなかったが、不安な時期に日中一人でいるよりは、話し相手がいた方が気も晴れれるだろうとも思った。

義母に助けられた6日間

電話から2日して、義母が来てくれた。私ならツレがを徹底して安静にさせただろうが、義母はどの程度は動いていいか指南してくれた。ツレも初の妊娠にどうしていいか分からない様子だったので、一日目にして来てもらって正解だと思った。屋内で寝たきりよりはたまに洗濯くらいはした方がいい。しかし水を吸った衣類は重いから一度に運ぶな。つい運んでしまうようなことがあれば注意してやめさせろ。私に対する直接的な指南はそれくらいだった気がするが、ツレは色々教わったようだ。そのおかげか彼女の表情がなんとなく穏やかになった。

義母が来て6日も経つとツレの出血が減っていた。しかし、安静を心がけるべきだろうと、ツレにはタクシーで通院してもらった。そこまでしてさえ、病院に到着して間もなく、多めに出血したらしい。大事には至らなかった。彼女は引き続きの安静を命じられて帰ってきた。

その日の診断結果如何で義母は一旦帰ることにしていた。移動に伴って出血したものの、安静にしていれば出血が減っていくことがわかったので、義母は帰って行った。

つわりの始まった日

義母が去って2日後のことだ。夕食の準備中にこってりしていないものが良いと言い出した。作り置きがさばの味噌煮かポタージュの2択だったので後者を選んだ。しかしほとんど箸は進まいようだった。

間の悪いことに私は出張を控えていた。出張中にこの調子では困るので、少しでも食の進むものを用意しておいてやりたかった。聞くと林檎という。妊娠したら酢っぱいものくらいに結び付けていた私は酸味が欲しいのかと聞いてみるとそうかもという。近所のスーパーで果実、ゼリー、レモン味のスポーツ飲料と思いつく限りに買って帰った。

食欲のない彼女はスポーツ飲料に手を伸ばした。初めてスポーツ飲料を美味しいと思ったそうだ。妊娠前、林檎は美味しいが大き過ぎるので、大して欲しいと思わないと言っていた。そんな彼女が林檎を自ら所望した時点で味覚が変わったのだろうと思っていた。こんなに味覚が変わるものかと不思議そうな顔をする彼女の様子がなんだかおかしかった。

思い返せば、夕食前から食に対する意識の変化は起きていた。この日は丁度、コンビニで当たったシュークリームの引き換え期限で、私が代理で受け取ることになっていた。しかし、売り切れていた。元々、彼女は大の甘党でデザートを少し彼女に多く配分するだけで凄く喜ぶ。そんな人だから、売り切れでは無念だろうと少し遠くのコンビニに行こうかと提案したが、そこまでしなくていいと言われた。本当に諦めていいのかと再三確認してしまった。学生時代のとある懇親会で、用意されていたドーナツを別の人に食べられてしまったことを何年も根に持つ彼女だ。私も恨まれやしないかという心配もちょっとあった。無論、単に要望を叶えてやりたいという思いの方が強かった。

スポーツ飲料を美味しがる彼女に、シュークリームを諦められたのは味覚の変化が原因だったのだろうなあと言うと、彼女は心底悔しがっていた。いつでも食べたい時に取りに行けばいいと思っていたのに、食べたくなくなるなら早く行けばよかったそうだ。なんとも彼女らしくて笑ってしまった。義母がいる間、手土産にケーキを買って帰ろうかと迷うだけ迷った自らも悔いた。またケーキが食べたいと言い出したらすぐ買ってきてやろう。

私の出張準備はみるみる遅れた。彼女には先に寝てもらって準備を再開した。終わり際になって彼女が起きた。お腹が空いたらしい。まるで世界一美味しいみかんに出会ったかのような表情を見せてくれて、微笑ましいんだか安心したんだかで私の涙腺が緩んだ。彼女がみかんを食す間に私の荷造りも終わり、共に眠りについた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?