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アイリッシュ・ミュージックの新たな潮流

イスラエルによるパレスチナへの空爆、連日の報道はもう目を背けずにはいられないものばかり。2023年も終わろうとしているのに人類はなぜ未だにこんなことをやっているのか、歴史から何を学んできたのか、もう理解不能だ。

フェイスブックでこのフライヤーが目に飛び込んできた。
アイルランドミュージシャンによるパレスチナ支援ライブ。売り上げをパレスチナの医療支援に寄付するという。

11月28日、3Arenaというダブリンの大きな劇場で行われる予定。元は”Point Depot”と呼ばれる劇場があったところだそうだ。僕も30年前にVan MorrisonとUB40をそこで観た記憶がある。

出演するミュージシャンは、
Lankum
The Mary Wallopers
Damian Dempsey
Lisa O'Neill
Paulin Scanlon
Sile Denvir
Niamh Dunne & friends

最近売り出し中のアイルランドのグループばかりである。LankumとThe Mary Wallopersは最近CDを聞いたが、それ以外は聞いたことがない。よく考えてみると、アイルランドの音楽も古いものばかり聴いていて、最近のバンドを知らなさすぎる。これは少し調べてみなければ、と思い立った。

上に挙げたバンドはそれぞれ見ていくとして、他にも少しヒントになるものがあった。我らが野田さんの音楽メディアele-king でのLankumのインタビューを読んだことを思い出した。彼らと付き合いのある最近のバンドに触れている。

そこに登場するミュージシャン
Cormac Begley
Ye Vagabonds
Junior Brother

もう一つ、最近SNSなどを見ていると活発に活動しているクラダレコード。1959年、ギネス社の御曹司で、アイルランド音楽に魅せられたガレク・ブラウンが創設したアイルランド音楽専門レーベルだ。たとえばチーフタンズの初期のアルバムは全てここから出ている。最近のバンドのアルバムも沢山出ているみたいなのでちょっと覗いてみる。

ØXN
HOZIER
ANNA MULLARKEY

上から順番に見ていこう。

Lankum

まずは、ランクム。
最初に聴いた時は衝撃だった。

ある意味ホラーである。ただ暗い、ということでは無い、人間の奥底にある暗黒部分を掘り出すことを目的にしているのか、などと思えてしまう。前に挙げたエレキングでのインタビューを読めば、その音づくりに対する執念がどれほどのものかわかるだろう。なんとセロリの成長する音まで入っているそうだ。
これまでのアイリッシュトラッドバンドに共通していたのは、アイリッシュ伝統音楽に対する愛とリスペクトだった。現代的なアレンジや新しい解釈にも挑戦するのだが、それはあくまで伝統音楽の素晴らしさを多くの人に伝えたい、という目論見だった。しかし、ランクムは少し違う。言い方が悪いが、あくまで自分たちの世界観を作るためにトラッドを使っているという感じ。しかしメンバーは皆元々トラッド音楽をやってきた経歴を持っている。たとえばボーカルのレイディ・ピートは幼い頃、ノエル・ヒル(Noel Hill)からコンサーティーナを教わったのだそうだ。

それは言語と同じように彼等のバックグラウンドになっていて、それを使って新しい音楽を作り出したい、と自然に考えているのだろう。彼等自身も自覚的で「僕らはトラッドを壊してしまうかもしれない」とまで言っている。しかし、逆説的だがこういう全く新しいバンドが出てくることこそが、アイルランドの伝統音楽が生きている、ということの証左なんだろうと思う。

こちらは、NPRという独立系メディアがやっている”Tiny Desk Concert”でのアンプラグドの演奏。この状況でしっかり世界観が出せるのは実力があるからに違いない。


The Mary Wallopers

彼等はダブリンから北へ、北アイルランドとの国境近くにあるラウス州ダンドークという街出身のまだアルバムを2枚出したばかりの若いバンドである。一聴するとポーグスのフォロワーか、と思ったりもするが、そんな単純なバンドではないようだ。同じダンドーク出身でジンクス・レノンというパンク・フォーク歌手が居て、彼の影響をもろに受けているという。恥ずかしながら、この1964年生まれ、12枚もアルバムを出しているシンガーの事を僕は知らなかった。こういう人がいるからアイルランド音楽は侮れないのだ。かっこいいじゃないか。

このビデオを見てもなかなか楽しいバンドだというのはわかるはず。とにかくこのバンドはアイルランドで今一番イケてるに違いない。

政治的な風刺も相当パンチが効いていそうだ。最近新しいアルバムも出している。聴いてみようと思う。サブスクにもちゃんとあった。


Damian Dempsey

ダミアン・デンプシーは1975年ダブリン生まれ、もはやベテランである。その足跡も華々しい。2000年代にシンニード・オコナーに見出され、ツアーに同行している。こちらではデュエットしている。

その後、ボブ・ディランやウィリー・ネルソンとも共演したこともあるという。そのほかにモリッシー、シャロン・シャノン、トラベラーズ、などとも共演している。もはや大御所である。なんで知らなかったんだろう・・・
こちらは2020年のライブ映像だが、持っているギターはやはりLowdenだ。モデルはO22Cに見える。


Lisa O'Neill

リサ・オニールは1982年生まれのシンガーソングライター。
バリーハイズという北アイルランドとの国境近くの村で育ち音楽学校に通うために18歳の時にダブリンへ移り、グラフトンストリートの有名なカフェ、ビューリーズで働いたりしていたという。その後紆余曲折ありながら活動を続け、2019年に RTÉ Radio 1 Folk Awardsで「Rock the Machine」で最優秀オリジナルフォークトラックを受賞したとのこと。この時38歳。苦労してきた人なのである。
こちらもタイニー・デスク・コンサートの映像。色んな珍しい楽器をつかっている。しかしあくまでこういうアナログでアコースティックな楽器を使った音作りをしているところがかっこいい。アイルランドのエアー、バラッドは無拍子、というか楽譜で表せないような、詩の朗読のような歌が多い。彼女の歌もそうだ。彼女の歌こそ伝統的なのかもしれない。


Paulin Scanlon

ポーリン・スキャンロンはケリー州ディングル生まれのシンガー。ディングルは第一言語がアイルランド語のゲールタハトである。西の大西洋に突き出た半島で、僕も30年前に一度行ったことがある。
彼女はシャロン・シャノンのツアー、そしてアルバム「リベルタンゴ」 (2003)にも参加してジョニ・ミッチェルの「A Case of You」を歌ったそうだ。
2006年元ルナサのドノー・ヘネシーと一緒にアルバム「Hush」をリリースしている。最新アルバムは2022年、彼女は亡き母親に捧げたアルバム「The Unquiet」をリリースしている。
こちらは最近2022年の映像、そのドノー・ヘネシーがギターを弾いている。どこかドロレスケーンも彷彿とさせる正統派の歌声だ。

こちらの歌が素敵だった。「もし誰も私と結婚してくれなかったら」
With Nicola Joyce, Pauline Scanlon, Eoin Wynne & Fabian Joyce


Sile Denvir

サイル・デンヴィルという読み方があっているのかどうか。
彼女はアイルランド西部の出身で、アイリッシュハープと、伝統的なシャーン・ノースの歌い手である。Líadanの創設メンバーであり、Chieftainsとツアーを行ってこともあるという。Barry Kerr、Liam ÓMaonlaí、Martin Hayes、Úna Monaghanとも共演しているという。
一方彼女はダブリン市立大学の学者として、ゲール語の歌に関する学術的な研究も行なっており、本も2冊出版しているという。2022年の3月に新しいアルバム「Anamnesis」もリリースしている。
こちらは有名曲の独奏。リサ・オニールが使っていたのと同じような楽器を使っている。なんというのだろう。わかる方、教えてください。

こういうチーフタンズを彷彿とさせる演奏というのを久しぶりに聞いたような気がする。


Niamh Dunne

ナイアム・ダンはフィドル奏者、歌手。彼女はBeogaの創設メンバーとして知られ、彼らのアルバム「How to tune a fish」はグラミー賞にもノミネートされたことがあるという。2017年にはエド・シーランのアルバム「÷」で共演し、ツアーにも参加して知名度が上がったそうだ。2022年の9月に全曲自作のアルバムをリリース。
こちらはその最新アルバムから。ソーラスに居たカラン・ケイシーとのデュエット。母親に捧げた歌だという。いい曲だ。

こちらはBeoga時代のフルオーケストラとの共演。


Cormac Begley

最近、引っ張りだこのようで色んな媒体で目にする。
先日あったピーター・バラカン映画祭で上映されたアイリッシュ・ダンスの歴史を描いた映画「Steps of Freedom」のイントロにも出ていた。

またLankumの最新アルバムにも参加している。去年亡くなったSeamus Begleyの甥御さんだとか。まあ、彼の弾くベースコンサーティーナがすごい。コンサーティーナのフイゴがハフハフ言ってリズムを作り出し、独特な世界観を醸し出すのだ。


Ye Vagabonds

イ・バガボンドと読むのだろうか。ダブリンを拠点とするディアムイドとブライアンのマックグロイン兄弟のデュオ。2015年から活動している彼らは、2019年に RTÉ Radio 1 Folk Awardsでベストトラック「Foggy Dew」、ベストアルバム「The Hare's Lament」2019、ベストフォークグループの3つの賞を受賞したという有望株である。現代の若者っぽい、しかし、芯のありそうな兄弟だ。
こちらのPVは湖の真ん中で撮影している。


Junior Brother

ジュニアブラザーは、アイルランドのオルタナティブフォークシンガーソングライターのローナン・キーリーのこと。1993年生まれ、ケリー出身、2014年にダブリンに引っ越してキャリアをスタートしたという。2018年のRTÉのライジング・アイリッシュ・スターの一人に選出されるなど、注目を集めたという。
このPVの映像センスはなかなかである。ちょっと悪趣味だけど。


ØXN

ØXNはジョン・「スパッド」・マーフィーとレディ・ピートのLankumの二人と、ケイティ・キム、エレノア・マイラーを加えた4人組。Lankumをもっと怖くした感じ、と言ったら違うだろうか。でもこのPVは怖いです。


HOZIER

アンドリュー・ホージア=バーン(Andrew Hozier-Byrne)、1990年生まれのミュージシャン、シンガーソングライター。2008年から2012年まであの美しい幻想的なハーモニーグループAnunaに所属していたという。

こちらはお馴染みTiny desk concertでの演奏。


ANNA MULLARKEY

アンナ・マラーキーはゴールウェイ出身のシンカーソングライターで、ピアノを弾き、歌を歌う。そしてフォークとエレクトロニカを組み合わせて音楽を作る。演劇や映画の音楽も手掛けているのだそう。ジャンルに囚われない自由な音楽を作っているように感じる。


とりあえず、以上だがきっと重要なグループを見落としているに違いない。詳しい人、ぜひコメントにて教えてください。DMでも良いです。

それにしてもアイルランドのミュージシャンはこうしてガザのために立ち上がっているのに、日本の音楽界にその動きは見えない。ツイッター見ててもはっきり声をあげているのはソウル・フラワー・ユニオンと、新宿ベルクのオーナーくらいじゃないだろうか。まあ、僕も人のことは言えないが。でもとにかくもう、こんなことどうにか止めないと。

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