「ヒトラーへの285枚の葉書」

原題: Jeder stirbt fur sich allei
監督:バンサン・ペレーズ
制作国:ドイツ・フランス・イギリス
製作年・上映時間:2016年 103min
キャスト:ブレンダン・グリーソン、エマ・トンプソン、ダニエル・ブリュール

 これまでの私のreviewを読んでくださった人には繰り返しになり申し訳ないが邦題への苦言。おそらく「ヒトラー」を出すだろうと予想通り。第二次世界大戦、それもドイツが舞台となると集客の為に「ヒトラー」の言葉で釣る。
 日本の観客はそれほどにおばかなのだろうか。少なくとも単館上映に足を運ぶ人たちにはそれなりに個人のふるいを持っておりこうした小細工は通用しない。明らかに英語圏「 Alone in Berlin」タイトルが原作「ベルリンに一人死す」に近い。

 ドイツが舞台でありながら英語が使われることが最初は違和感が強かった。
 勿論、全く解らないドイツ語が流れるよりは個人的には英語で救われた。台詞に英語を使用したことに関しては映画が世界的に広がることを願ったと監督が述べている、つまり意図的だったということだ。

 戦争で最愛の息子を失ったことでドイツが進もうとしている針路に疑問を抱いた夫婦が静かな反戦活動を行う話だ。クバンゲル夫妻は国家反逆罪が死刑だと承知でこの道に進むが、息子の死が届けられた時点で夫妻は生きる希望をそれほど抱いてはいなかったかもしれない。少なくともこの反戦行動の先の「死」は恐れていなかったろう。

 第二次世界大戦後、日本では表立った階級社会は見えなくなっているがヨーロッパでは依然と存在している。映画の中で何度も出る「労働者階級」、この実感は私達日本人にはおそらく伝わり辛い。
 労働者階級の人が「言葉」を使って反戦活動をする。
 ゲシュタポも実際捜査を行う警察もこの部分が癇に障る、また、捉え所がない初動捜査が展開することになる。ゲシュタポの監視が強まっていく社会で夫妻は文字通り網の目を潜り抜けて告発の葉書を市中に置いていく。

 監視体制が強化される社会では葉書を持っているだけで疑われることを避ける為に、夫妻の意図通りには葉書は回覧が進まずその大半が警察に届けられていく。回収された葉書を読み進めていく内に、エッシャリヒ警部は文面から労働者階級だと確信していくが、同時にそこにある知性と良心に惹かれる。

 警部という立場であってもゲシュタポの前にあっては力も地位も何も役に立たず、寧ろ、この映画ではナチス党の狂気と恐怖に対して彼は善き人として描かれている。表立った立場とは裏腹に、自ら反戦活動は出来ないが反戦活動者を敵視しない苦悩の一人として。ヨーロッパの映画ポスターに三人が並ぶのはこうした背景があるのだろう。

 彼が書く文面の中に機械が出てくる辺りから労働者階級と絞られていく。
 妻に語る台詞「砂粒がたった一粒機械に入っただけで機械はダメージを受けるのだよ。この葉書も一緒だ。」生まれ落ちた流れで彼は労働者階級のまま生活したが其処にある知性がこの映画を牽引している。
 監督は原作のフランス語版を10年前に既に読み映画化を視野にリサーチを始めたそうだが当初、この映画製作は資金集めから難航。ドイツでは原作が中学校の必須テキストになっている背景があってもそのドイツからも良い返事がもらえないという苦境。2009年原作が英訳、米訳されベストセラーになったことが追い風となって映画が日の目を見ることになる。

 この法廷のシーンで二人の繋いだ手がアップで映される。法廷の向こうにあるのは処刑台。夫々に収監される前の夫婦として共に居る最後。

 映画には入りきれなかった多くがあるはずだ。映画は映画として、今回は原作も読みたい。
 18枚だけが警察に届けられなかった。その葉書の行方が気になる。
★★★★

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ave_maris_stella

真夜中の秒針の音を消して、静かに誰かにこの言の葉が届きますように

映画:映画館上映を中心に

極力感情を差し込まず映画そのものの記録。
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