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ニューイヤーコンサート オペラ「カルメン」ハイライト @ J:COM 浦安音楽ホール レビュー「色で解くカルメン」



真っ黒に敷き詰められた舞台の中央。
壁に張り付き、手を広げた姿勢で、妖艶なエロスをまとったカルメン登場。
カルメンを演じる高野百合絵さんは、すでに第一部の『サルスエラ』で圧倒的な歌唱と官能美で会場の空気を制していたので、ピンスポットが当たっただけでカルメンの存在感が妖気をもって立ち上る。
カルメンの衣装はシンプルな黒のパンツスーツだが、堂々とした肉感的な体躯に映える。ランウェイを歩くかのごとくステージ中央に。 
妖艶に身をくねらすように歌うが、男に媚びるような媚態の『ハバネラ』ではない。自意識を高く持ち、凛と挑むような『ハバネラ』。女でも憧れてしまうような格好よさ。
語り部もつとめるエスカミーリョ(田中俊太郎さん)が黒い衣装で登場。明瞭にして黙示的な語り口が物語へと引き込む。
黒いスーツ姿のドン・ホセ(大田翔さん)登場。
牢獄に収監されたカルメンの見張りの任につく堅物のドン・ホセには自堕落に映るカルメンを見る目は冷ややかだ。
だが、婚約者ミカエラ(鈴木玲奈さん)と清らかで甘やかな恋模様を見せる。
ここでのミカエラの衣装は白。ドン・ホセも制服のときと着ているものが同じだがカジュアル寄りに着方を変え、ジャケットから白いシャツをのぞかせたスタイルだ。
清楚で可憐で慎ましやかな乙女像をくっきり描き出した鈴木ミカエラ。
田野下版のハイライトでは、ミカエラの出番は多くはない。ここでミカエラの魅力を明確に提示しなければ、カルメンとドン・ホセの関係の悲劇性が成立しない。そこはさすが鈴木玲奈さん、カルメンの背徳と対極にある清純、献身、美徳をきっっちり提示して見せる。
カルメンとミカエラが離れれば離れるほど、極と極が離れるほど物語が紡ぎ出すスケール感が大きくなる。演出家によって張られた見えない綱を極まで引っ張り合った高野カルメンと鈴木ミカエラ。
この綱を違う方向に引っ張って、大きな平行四辺形を作る役割を果たすのが、翔ホセと俊太郎エスカミーリョだ。
ますは翔ホセ。仕事中は堅物だが、ミカエラと歌うときは実にピュア。
『母の便りを聞かせてよ』の二重唱。
キスもしたことがないんじゃないかと思わせるほど清らかな白い恋人たち。男と女というより兄妹のような、温かな家族のような、ほんわりした安心感に包まれるような関係性を見せる。
そんなピュアな男でも、高野カルメンの放つ濃厚なエロスと強い生命力には抗しがたい。肌もあらわに誘うカルメンに、ドン・ホセは何度も白いジャケットを投げるが、カルメンは受け取らない。それが彼女の手練手管。
カルメン·ホセな二重唱『セビーリャの城壁近く』。
高野カルメン容易に翔ホセを虜にする。
「ダメ~~~!そのオンナに手を出しちゃダメっ!」
と心で叫ぶが、翔ホセはカルメンのなまめかしい二の腕に手を伸ばしてしまう。この間の心の動きを繊細に表現した翔ホセ。
「キャ~~~~」
・・・と、ここだけは翔くんファンとして心の中で熱く叫ぶ(^_-)-☆
ここではっきり見えてくる。
「黒」は「虚」と「無」の色。
退廃的に生きるカルメンの虚。
私情にとらわれず職務に精励するホセの無私。
語り部としてのエスカミーリョの無私。
そして闘牛士エスカミーリョが人々に熱狂に駆り立てる幻想の作り手としての虚無。
「白」は無垢で誠実な魂の色。
翔ホセとのシーンでミカエラが着ていた白いドレスは、ホセを愛するミカエラの無垢な魂。
カルメンを愛しながらも悩みを深くする翔ホセが身に着ける白シャツは、むき出しの魂。
カルメンに投げた白いジャケットは、罪を犯したとはいえ女性が冷えたらかわいそうだし、女性があられもない姿で男性の前にいてはいけないという男としての誠意。カルメンはその真心をはねのけて見せ、真心を弄ぶかのように着てみたりする。獲物を前にするといたぶってしまうカルメンの魔性を、高野カルメンが実にまなめかしく描く。
「赤」は生々しいエロスと情欲、そして過剰なまでの生命力、パッションを表す色。
――そう捉えると明確になってくる。
カルメンがホセに渡した赤い花。その花を持つことで、ホセは情欲に囚われて、溢れる生命力の前にひざまづいてしまう。
赤い花を大事に手にして歌う「花の歌」。
翔ホセが、凛と、熱く、持ち前の品格をもって歌い上げたことで、カルメンに翻弄された愚かで哀れな男ではなく、「みずからの意思」で「強く欲した女」を思う一人男の情感がくっきりと浮かび上がってくる。
カルメンに恋人を奪われたと知ったミカエラは黒いドレスで「虚」を明示する。
物語をクライマックスに導く俊太郎エスカミーリョは、上下黒の衣装に赤と白のムレータ(ケープ布)を持つ。地面を摺り、牛の唾液や血液、体液が付着するムレータで白が使われることは滅多にないという。だからこそ俊太郎エスカミーリョが持っていたムレータに違和感を覚えたわけだが、観客にそう感じさせたということは、あえて狙ったと読むべきだろう。白+黒+赤を等分の面積で持つことで提示されるのは、語り部としての客観性を表す白、人を幻影に駆り立てる闘牛士の虚を表す黒、カルメンを欲する強い男の生々しいく激しい情欲の赤だ。
闘牛士としてカルメンを欲するときの俊太郎エスカミーリョは、黒い衣装の肩にムレータの赤い面を出して掛けて生々しいさを顕わにする。精悍な印象の俊太郎エスカミーリョ、翔ホセと違って、ぐいぐいきそうな男くさい魅力を放つ。
精悍な『闘牛士の歌』。
長続きはしないだろうが、戦いが終われば壮絶に激しそうな二人の肉欲とパッションがぶつかり合うことになる。 
翔ホセと対比を強く印象づける精悍な俊太郎エスカミーリョ。
高野カルメンの手に落ちた翔ホセを求めて鈴木ミカエラは、山中を黒いドレスで彷徨う。
高野カルメンと鈴木ミカエラが引っ張り合った綱の中に入り、翔ホセと俊太郎エスカミーリョが、また綱を引っ張り合うことで形成される大きな平行四辺形。この中に田野下版『カルメン』の世界が描き出される。
エスカミーリョに心を移したカルメンは、赤いタイトなロングドレス姿。アップの髪に赤い花を飾っている。
愛か死かと迫る白いシャツ姿の翔ホセに、愛の証の指輪を投げつけ拒絶する。
思い余ってカルメンを刺してしまう翔ホセ。
髪は乱れ、飾った赤い花は床に散り、カルメンは息絶える。
呆然とカルメンを見やる翔ホセ。
白だ、翔ホセは白いシャツに黒いパンツ姿だ。
翔ホセのカルメンに寄せる愛は、情欲ではなかったのだ。
魂を抜かれて虚になってはいるが、このときの翔ホセを覆うのは白いシャツ。
カルメンに抜かれたのは魂であって、肉欲で骨抜きにされたのではない。不器用で無骨な男なりに、カルメンのパッションを愛し、彼女の愛と誠実を欲していたのだと示す白だ。
大田翔さん自身の清潔感も相まって、見えてくるのは捨てられ男の惨めさではない。カルメンに対する執着でも、怨みでもなく、すべてを捨てて懸けた愛を踏みにじられた翔ホセ自身の痛切な哀しみだ。自分で痛みを消化できないから、目の前から消し去ってしまいたいという衝動だと感じた。
照明は椅子に倒れるカルメンの姿をスポットで抜く。
幕開けで、艶やかに張り付いていた壁に、あの時と同じポーズを反転したカルメンのシルエットが浮かび上がる。シルエットには首がないことで、死を意味する。
生々しく息づいていた「生」は、反転して「無」と化す。
いかにも田尾下哲さんらしいシンボリックな演出が光った。
······作品は作り手の手を離れたら、後は観客のもの‼️
どう受け止めたかはその人の感覚☺️ 
私の感覚を記録しておく。それだけで、他意はございませんのであしからず。

2021.1.24 @ J:COM 浦安音楽ホール
#高野百合絵 #大田翔 #鈴木玲奈 #田中俊太郎 #田野下哲