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<7>女海賊ビアンカと愉快なキャンギャルたち。

じじょうくみこが誕生して、この5月で丸10年。というわけで勝手に生誕記念⁉でウェブマガジン「どうする?Over40」に連載していた処女作の「崖っぷちほどいい天気」をこちらに転載しております。

あ、ちなみに先週末ひさしぶりに本家で記事をUPしました。よろしければ、どうぞ。

話がそれました。こちらの連載、第6回目は箸休めコラムだったので、1回とばして今回は第7回目をお送りします。とあるアルバイトで出会った、ビアンカさん。いつのまにか10年が過ぎ、ビアンカさんと同じくらいになってしまいましたが、カッコよさのかけらもございません。そしてガラ仮はいまだに終わってないという驚き。

*** 2013年6月21日の記事***

女海賊ビアンカと愉快なキャンギャルたち。


先日、久しぶりに美内すずえの『ガラスの仮面』を読み返したのです。

中学時代に出会ってから、はや30年。もはや「最終回が先か、美内先生の寿命が先か」みたいな状況になっておりますが、それにしても初期の少女マヤがさまざまな芝居にチャレンジするくだりは、いま読んでも手に汗握るドキドキ感がありますね。

特に私が好きなのは、マヤが学園祭で演じた『女海賊ビアンカ』であります。花のJK(じじょくみじゃないほう)マヤが、学校の図書館にあった戯曲を一人芝居にアレンジし、体育倉庫で野田秀樹ばりのトンチ独創性あふれる演出で上演した舞台です。

時は中世ヨーロッパ。貴族の娘ビアンカが、数奇な運命から女であることを隠して海賊になり、7つの海を旅する大スペクタクルロマン。この女海賊ビアンカがですね、めちゃめちゃカッコいいわけですね。

というわけで、今回はビアンカにまつわるお話。

あ、海賊じゃないほうの、です。

   ***

今から10年ほど前のこと。とある事情で資金が必要になり、アルバイトを探したことがあったのですが、知人から「じゃあキャンペーンガールやらない? 人数足りないらしいよ」と誘われたのです。

キャ、キャンペーンガールううう???

今より若いとはいえ、既に30をとうに越しております。てかそもそもルックスが無理です。金に困っているからとはいえ水着はねえ…露出の多い撮影は事務所通してもらわないとゴニョゴニョ

「だーーれーーーがーーー脱げっつったよ! ただのビラ配りだよっ」

要は、とある駅ビルのオープンに合わせて割引クーポンを配る、というバイトです。単に配るだけじゃありません、求められればビル内のショップも案内するし、駅周辺の道案内もする、だから「キャンペーンガール」であります。

集められたキャンギャルは総勢20名ほど。大学生から主婦、役者、私のような属性のよくわからない人までいろいろでしたが、なかでもひときわ強烈な存在感を醸し出していたのが、ビアンカさんでした。

飛び抜けて年上だったその女性は、当時で50代半ばという噂。白髪だったか銀メッシュだったか、細かなウェーブのかかったロングヘアに日本人離れした目鼻立ち、何より印象的だったのは素人が見てもただものじゃないとわかる肢体でした。恰幅がよく、肉もそこそこついているのだけど、なんというか、すみずみまでコントロールできる「よく動くカラダ」というような。

「ビアンカさん」という名前以外、素性は誰も知りません。前衛舞踏だかコンテンポラリーダンスだかのすごい人らしい、公演資金を作るためにカンパニーのメンバーとバイトしている、など噂はいろいろありましたが、本当のところはよくわかりません。ただキャンギャルの中には実際にダンサーらしき女子が何人かいて、彼女たちはこうしたバイトの常連さんのようでした。

現場責任者であるSP会社の社員は、いかにも仕事できなさそうなペーペーの男子。現場にはほとんど来ないので、実質ビアンカさんがリーダーとして現場をまとめる形になっていました。オープンした駅ビルはフロアが広く、複数の駅に連結していたので出入口もたくさんあります。

そこでビアンカさんの指示で、ビルのエントランスには女子大生たち、乗り換え駅へ続くエスカレーターや広場付近にはダンサーのみなさん、そして私を含めた残りのメンバーがビルの連絡通路に配置され、それぞれの持ち場でクーポンを配ることになったのです。

ビアンカさんの采配は的確でした。キャッチーなエントランスでは、仕事帰りや営業途中のサラリーマンが女子大生のクーポンを片手に話し込んでいます。相手がどう動くかわからないエスカレーターや広場では、ダンサーのみなさんがたぐいまれな身体能力で素早くクーポンを手渡しています。

それに対して私のクーポンはいっこうになくならないのです。私のところに寄ってくるのは道がわからないおばあちゃんや、「このクーポン何回使えるの?」「お店は何時まで開いてますか?」と質問に来る人くらい。配布ノルマがあるわけではないのに、みんながさくさくクーポンをさばき終わるものだから、紙袋に入った山盛りのクーポン束を見ては妙にションボリしてくるのでした。

するとある時、ビアンカさんがスッと隣に立って、一緒にクーポンを配りながらこう言ったのです。

「あなた、まわりの人の動きを見ながら、さりげなく場所を変えているでしょう。いま人の流れが変わったからこっちに立とうとか、手前にいるメンバーが右に動いたから自分は左に動こうとかね。若い子は言われたことしかやらない。くみこのやってることは、意外とできないことなんだよね」

うっかり泣いちゃうとこでした。
彼女は見ていたのです。さりげなく、ちゃんと、一人ひとりの動きを。

ビアンカ……おそろしい子!

キャンペーンガールのチームワークは日に日に良くなっていきました。毎日駅を利用するビジネスマンやショップの店員さんとも親しくなり、「会社で配るから、ちょうだい」と自発的にクーポンを配ってくれる人まで現れたり。1日中立ちっぱなしでカラダはきついけど、こんなバイトも悪くないかもな〜なんて思い始めた、

そんなある日のことでした。


SP会社のぺーぺーくんが突然、現場にイチャモンをつけ始めたのです。

おそらくビアンカさんの統率力に嫉妬したのでしょう、私たちを監視するように頻繁に顔を出しては、ビアンカさんの指示をことごとく否定していきます。それぞれの持ち場はぺーぺーの指示で決められ、そこから動いてはいけないとの厳命。ビアンカさんは効率が落ちることは説明しながらも、最終的には「わかりました」と言って、ぺーぺーの指示に従うようみんなを促しました。

クーポンの配布率は明らかに減っていきました。それでもペーペーは小者っぷりを発揮して、ちくちくちくちく次々とちっちぇー嫌がらせをしかけてきます。メンバー間の私語は禁止。持ち場の入れ替えやシフト変更も禁止。そしてついには全員を集めて「客との会話を一切禁止にする」と宣告したのです。

メンバー間ならともかく、クーポンを受け取ってくれる人に何聞かれてもしゃべっちゃいけないって、それって印象悪くね?本末転倒じゃね?と、キャンギャルたちがざわつき始めた時、それまで沈黙を守っていたビアンカさんがスクと立ち上がりました。

「あたいたちはね、キャンペーンガールなんだよ。
宣伝すんのがあたいらの仕事なんだ。

キャンペーンガールなめんじゃないよっ!」


それはそれは、骨までシビれるようなタンカでありました。
「あたいたち」という言葉を生で初めて聞きました。

ペーぺーはすっかり腰を抜かして何も言わなくなり、キャンペーンは何事もなかったかのようにぶじ幕を閉じました。バイトが終わった後もキャンギャル仲間とは交流が続きましたが、時とともに連絡は途絶えがちになり、今ではもう誰ともつながっていません。ビアンカさんの消息も、それっきりわからないままです。

なのに、どうしてですかね。最近になって、しきりにビアンカさんのことを思い出すのです。

ビアンカさんまで、あと10年。
その頃には私も、もちっとカッチョいいオバチャンになっているといいなあ。

なんてなことを思いながら「ヤベまた白髪増えてるし!」とぐじぐじ悩み続ける、ちっちぇ—じじょうくみこでありました。

ちなみに「女海賊ビアンカ」は『ガラスの仮面』18巻に収録。

By じじょうくみこ
Illustrated by カピバラ舎

★おまけの相関図★

ひょんな出会い枠ができた


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