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Vol.11 外に出ることで知見を深めることができるのだ

大学一年生の時、ある奇妙な体験をした。

駅の改札を出て大学へ向かうと、昼下がりの目抜き通りで何やら黒い物体が蠢いていたのが見えた。近づいて目を凝らすと、成獣のイノシシが地面に鼻を這わせながら蜿蜿と歩いている。

私は身の危険を感じ、咄嗟に後退りをした。

だが、通行人は一顧だにしない。イノシシは人を襲う害獣と教わった私にとって、叫び声すら上げない通行人を見て俄かに信じ難いと思った。

イノシシはその後、雑踏に紛れ、消え入るように遠ざかって行く。
その間、誰一人としてイノシシに関心を示さそうとしなかった。

果たして私が見た光景は幻だったのだろうか。

キャンパスにいた友人に経緯を話すと一笑に付されてしまった。
そんなことあるはずがない。騒動になるのが当たり前だと。

納得が行かなかったので、地域で営んでいる喫茶店に入り、主人に尋ねてみた。

すると、この近くで長年餌付けをしている人がいて、イノシシが出没する光景を毎日のように目の当たりにしているとのこと。そして次第に驚かなくなったと話してくれた。

つまり地域特有の事情があったのだ。

地域住民はイノシシの出没が日常となり、一方で、イノシシは騒がなくなった人間を怖れなくなった。

知見を深めた私はあれ以来、外に出て探索するのが好きになった。

現在は、話の舞台となった駅前の目抜き通りに足を踏み入れることはないが、電車の移動中に車掌がその駅名をアナウンスすると、懐かしさで胸がいっぱいになる。

どんな体験でもプラスになるものだと強く思った。

日々是好日