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その家の記憶

今いるこの家の最寄り駅から
数駅先にあったその家は
もう無い
その家の隣にあった
鉄くず屋の焼却炉からは
いつも灰色の煙が出ていた
その鉄くず屋も
もう無い
もう一つ隣には
ヨウコちゃんとケイコちゃんの
住んでいる家があった
家の前には犬小屋があって
盆栽がいくつも置かれていた
ある時見晴らしのよいマンションへ
引っ越していった
家から海が見えるところまで
直ぐに行けたけど
今はもっと先まで
埋め立てられて
海は遠い
家の近くにあった
魚市場には
朝から人が多く出入りしていて
魚の匂いがする路を
毎朝通った
学校の帰り
石段をたくさん登って
どこに出るかわからない道を
歩く遊びをした
国道沿いにある市営アパートの
直ぐ裏には
貸本屋があって
そこで漫画を借り
そこからまた路地を抜けると
駄菓子屋があって
そこには毎日のように行っては
青や黄色や赤の蓋がしてある
小さいヨーグルトの形をしたお菓子
薄いピンク色とみどり色の
5ミリ幅くらいにカットされたお菓子
煙の出るカードを見て
買ったり買わなかったりで
たまに国盗りゲームをやったりした
その家の
茶の間のちゃぶ台の上には
よくロールケーキとか菓子パンが一つ
朝ごはん用に
置いてあって
どこかのパンメーカーの
ロールケーキを見ると
ちゃぶ台の上の
ロールケーキと
ラジオの音と
新聞のテレビ欄の画像が
浮かんでくる
今いるこの家の窓から見える
トンネルを超えて
数駅先まで
行ったところの
今はない家のこと




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