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目に染みる青と、眩い陽光 『きみの鳥はうたえる』 短評

 映画は主人公の「僕」と同居人の静雄、そして、彼らの前に現れる佐知子というヒロインを軸に、揺らいでいく人間関係の模様を、ひと夏の出来事のなかで丹念に描き出していく。しかし、物語のなかで、その関係性を歪めさせるような劇的な事件やトラブルが起こるわけではない。彼らは函館のクラブで気ままに踊り、夜通し飲み明かし、夜明け前の青みがかった通りを歩き、三人でビリヤードを楽しみながら、ただひたすらに笑いあう。

 多くの映画が描いてきたような、人間の感情の起伏を正面から捉えたドラマ的な出来事を描かない代わりに、この映画はむしろ、生活の余白のようなものを大切に描いていく。その余白にこそ、日々の生活の拠り所があるのだと感じているかのように。彼らの生活は、好きな音楽や映画を観ること、本を読むこと。友人との他愛もない話や、その友人たちとの交流や関係性を守ること。部屋に花を飾り、珈琲を挽いた後の豆を捨てずに残し、飲み干したビールの空き缶を勢いよく踏みつぶすこと。それから、それから、と続いていく日常の些細な出来事を、カメラは丁寧に映し出していく。

 映画はまるで、役者たちがこの時代を確かに生きていたのだという、ドキュメンタリーとしての側面を見出せるほどに、映し出されるショットは、常にフレームのなかで躍動する人間を描き出し、背景だけを捉えた画面は、冒頭と途中に挟み込まれる函館の夜景を映し出したショットだけだ。ふたりの男とひとりの女をめぐる三角関係の物語は、ヌーヴェルバーグをはじめ、映画史に並べられる作品は数あれど、過去の名作との相違でいえば、関係性の破綻や、その結果としての出来事を描いてきた諸作に対し、「君の鳥はうたえる」では、むしろ目に見える具体的な変化よりも、微妙に積み重ねられていく心の機微というものを、時にはユーモラスに、時にはサスペンスフルに描きだしていく。

 夜明け前の青さが漂う画面で始まったこの映画が、最後には眩い朝陽に照らされて包み込まれる時、そこには奇跡ともいえる素晴らしい表情を見せる女優が、ただひとり佇んでいるのを目にする。


主に新作映画についてのレビューを書いています。