案内人-ワタシ ガンバッタ- #2

 どうすれば褒めてもらえるのだろう。
 その手がかりを掴んだのがいつだったのか、覚えていない。あの人達が帰ってきて、それでも泣き止まない妹に「残りもあげるから」と伝えて泣き止ませたのはいつだったのだろう。泣き止んだ妹をみてあの人達は「偉いね」と褒めてくれた。そうか、と幼かった私は理解した。理解してしまった。本当の理由なんて求められていない。あの人達が面倒に邪魔に鬱陶しいと思うことを、目の前で片付ければそれでいいんだ。
 私にとって社会とはあの人達の集まりだ。誰も彼も、本当の私になんて興味は持っていない。自分にとって不快なこと、邪魔なもの、面倒なもの。それを片付けさえすれば褒めてくれる。それ以上はいらない。
 私は誰からの相談にも親身に答える。そうやって私を頼ってくれるかぎり、彼らは私から離れようとしないのだから。あまりに近付いてくる人はお断りだけれど、こちらからそれを言いはしない。手も抜かない。ただ、仕込むだけだ。

 コワイ
 
 そう思わせられればいい。けっして記録には残さない。彼らが「あいつは怖い」と言ったとき、それが私への誹謗中傷だと周りに思われればそれでいい。

「思った以上の澱みぶり」
 案内人は背の翼を畳み、ふわりと着地する。周囲にはなにもない。荒野や砂漠の比喩ではなく、本当になにもないのだ。「裏」を常に漂う赤い靄ですら、それの周囲には近寄ろうとしない。異形の群れすら平然と飲み込む黄昏の霧は、無明とは決して交わろうとしないだろう。
「さて。あなたの意味不明な話はそれで終わりですか」
 それは震え、不満を示す。求めているものを与えてくれないからだろう。それでいい、餓えさせるしか無いのだ。

「ふぅん、でも、それって大丈夫なの?」
 これは最近の記憶。私は薄暗い喫茶店の片隅で安い紅茶を飲んでいる。目の前にいるのは、目を私と合わせられず、すいませんと謝っている女が一人。一応はコーディネートしてきたのだろう、服装におかしなところはない。
 彼女は多数の人がいるところが苦手だった。無理に無理を重ね、ついに折れた。たまたま近いところに住んでいた私は、彼女を掬い上げることにした。以前にも他の人を紹介したことがある病院へ案内し、悩み相談にも応じた。医者は行きたくないという彼女の訴えも肯定した。私にだけ話をしてくれればいい。
 そして―彼女は回復した。自らの足で立ち上がることを思い出した。そのお礼がしたいというので、私はここまで来たのだ。
 私は囁く。本当に大丈夫、と。もちろん心配しているからだよ、と付け加えて。

―そうやって怯えさせたというわけ。

 それはあまりに失礼だと思うけれど。治りかけで無理をしたのが彼女なのだ。だから、また無理をしているのではと思うのは当然でしょう?

「もう、そういうのいいから」
 深い紫の髪を揺らし、案内人はうんざりした顔で息を吐く。澱み歪んだ、行き着く果て。
「心配していたのは自分を頼らなくなる、本当に自立してしまうことでしょ?医者に任せたら、本当に治療が完璧に行われ自分と接してくれなくなった人がいるから、あなたはその人に医者を信じないように仕込んだくせに」
 それは喚く。違う、違う、違う!そう叫び、膨らむ。満たされない、なぜこの世界は誰も私を褒めてくれないの?
「あなたが嘘ばかりだから……というわけではないでしょうけれど」
 その体でさえ、嘘でできている。無を滲ませながら、光には美しい輝きを返す異形。瑠璃色の宝玉に似た、しかし存在しないもの。その直後には無数の人間が苦悶の声を上げる顔が浮かび上がり、直後には獣の咆哮を轟かせる魔獣の姿を浮かび上がらせる。この蜃気楼に漂う異形と成り果て、いまだに姿を定められない。
 アヤカシとて異形とて、何かを喰わずには生きていけない。けれども「何にもなれていない」それはまともな食事すら摂ることができない。
 だからこそ、あらゆるものを喰らい続ける。けれど何も生み出すことはない。何者でもないものが、何を作り出せるというのか。残るのは無だ。無を滅ぼす術などない。
「ねえ、あなたが言ったことは本当に嘘ばかりでしょ。あなたはあなたを騙せるようだけど」
 記憶ですら嘘で塗り固められていて、何が本当なのか案内人ですらわからない。だが、決して見せようとしないその記憶を、りーむから借りた触腕を喰わせてこじ開けたのだ。

 泣かせたのはあなた。二人でわけるようにと言われたお菓子を半分先に食べてしまい、残りも渡そうとせずに妹を引っぱたき、大泣きされてこのままでは「あの人達」に怒られると右往左往しているうちに戻ってきてしまった。
「あなたは嘘をつきすぎて、もう自分でも何が事実かわからない。あなた自身の記憶を、あなたが信じられなくなっている。誰かに喋ったあなたの過去、それの整合性ばかり気にしている。あなたはあなたが作った設定資料集みたいなものじゃないの」
 こんなものをどう滅ぼせばいいのか。案内人は考え、一言呟いた。

 裏の案内人が住まう館を珍しそうに眺めていた案内人は、自分をつつく触手に意識を引き戻した。その女性の髪は最も美しい緑色、それを左右で結び芳香を漂わせる藤の花を飾りとしてあしらっている。身に纏うのは色を除けば案内人が身に付けている衣服と同じだが、とかく地味な案内人とは異なり、翡翠のように美しく艶やかな布地に、表であればさぞ輝くであろう金色の刺繍が丹念に織り込まれている。
 そんな彼女は不満そうに頬を膨らませていた。
「あさお姉ちゃん、それで、どうやってやっつけたの~?」
「ああ、ごめんなさい。あなたがあんまりにも可愛いから見とれちゃった」
「嘘つきだー、こっち見てなかったのにー」
 これもまた戯れ。なにしろ久しぶりに会えたのだし、ここで別れれば次に会えるのがいつになるのかわかったものではないのだから。
「この話を終えても、いてもいい?」
「いいよー。客人がくるまでは、大丈夫」
 その女性、りーむは触手をしゅるしゅると裾に収めると頬を赤く染め、案内人を見上げる。
「いろいろしよう~?」
「もちろん。さて、どうやっつけたかというと」
「質問を一つしただけよ。『あなたが本当になりたいもの、それにしてあげる』と、ね」
 そうしたら消えてしまったけど。案内人は哀れむように「裏」の世界にあいた穴を見た。

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案内人

表から裏へ、裏から表へ。逃げたいのなら、導いてあげる。決めるのは、あなた。聞かれたことにはお答えします。 導くモノ、自らをこう呼ぶ―案内人と
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