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そっか、涙を言葉にできたらいいんだ。

(写真はこの年末に新幹線の車内から撮った富士山です)

わたしは、なかなかの泣き虫だと思う。

物心がついた時から、他の子と比べると泣き虫な方だとは自分でも感じていたが、特に感動系の映画やエピソードには昔から弱かった。

例えば、小学校1年生の頃に「帰ってきたドラえもん」というドラえもんの映画を家族で映画館へ観に行った時のこと。
タイトルの通りドラえもんが一旦のび太の元を離れるのだが、それが悲しくて、最後には感動もあり、私は映画館にもかかわらず声を上げ、嗚咽まじりにわんわん泣いた。

大人になってからは「となりのトトロ」がもう涙無しには観られない。
サツキが病院でお母さんに髪をとかしてもらうシーンで、まず涙腺崩壊。
サツキちゃん、メイちゃんが子どもながら懸命に生きる姿を自分に勝手に重ねて、これを打っているだけでも泣けてきそうなほどである。

その他にも、誰かと議論になったり伝えたいことが相手に伝わらないと、
言葉よりも先に涙が出てくることがある。これが、なかなかやっかいだ。

以前のパートナーが論理的な人で、ちょっとしたささいな事で議論になり、意見を理詰めされた時に、自分の言いたい事がすぐ言えなくて涙が出てしまったことがよくあった。
彼は英語も流暢に話す人だったので、私の英会話の練習もかねて英語で話していると、彼のレベルについていけず、言いたいことが言えず、英語が下手くそな自分が悔しくてわっと涙が出ることも度々あった。

私は、そんな泣き虫な自分が本当に嫌だった。

特に相手のふとした言動で思いがけず涙が出てしまうと、相手はまさか私が泣くとは思っていなかったであろうし、泣くことによって相手に迷惑をかけてしまう。
また、誰かの前で泣いてしまうと、わたしが落ち着くまで相手は付き合わなければいけないし、その人の時間も奪ってしまう。
気まずい空気も流れるし、あまり良いことではない。

そんなことが起きる度、「人前で泣くことは恥ずかしいことだ。自分の言いたいことが言えず泣くなんて、今何才?恥ずかしいぞ、わたし。」と自分を責めていた。
いつかこんな自分を少しでも変えたいと思ってはいたが、ふとしたことがきっかけで、それを本格的に考えるようになった。

それは、6年付き合ったパートナーとの別れだった。

2018年12月にパートナーと別れ、その翌日は一人しくしく泣いた。
そこまでは想定内の範囲だったのだが、翌々日にふとしたことがきっかけで、自室で一人、自分でもドン引きするくらい、突然泣いた。

わっと涙がこぼれるのと同時に、火山が噴火するかのように感情が止められず、まるで小さい子どもがケガをしてわんわん泣くみたいに大声でわんわん泣いた。
訳も分からず、しばらくただ、気の済むまで泣いた。
そして、泣き終わった後は、これまで溜め込んでいた感情が涙となって外に出たように、随分と頭と心がすっきりしていた。
いつも流す涙とは、何かが違ったような気がした。

その経験から、一言に「泣く」と言っても、涙が出てくるプロセスは場合によって異なることに気が付き、それについて分析するようになった。
すると、自分の中には大きく分けて二つに分かれることに気付いた。

一つ目は、自分の中で起きる感情がわっと涙に変わる時。
感動したり、悲しい出来事や落ち込む事があった時。
感動する映画を見た時や、パートナーと別れた時などがそうだ。

二つ目は、人と話していて自分の言いたいことが言葉にならず、どう処理して良いか、相手に伝える方法が分からなくて涙に変わる時。
上手く論理立てて人と話せなかったり、英語で会話をしていて上手く自分で表現できない時などがそうだ。
感情を上手く言葉にアウトプットすることができず、感情が言葉に変換される前に、言いたいことが涙に変わってしまう。

一つ目の場合は、泣いた後は気持ちがすっきりするし、自分一人でひとしきり思うままに泣くことができる。泣くことによって心が浄化され、気持ちが落ち着き、プラスの要素が多い。癒やしの効果もあると思う。

ただ、二つ目の場合、自分の感情や意見を伝えたい時に言葉よりも先に涙に変換されてしまうと、非常にもったいない。
自分の気持ちを相手に言葉で伝えることによって、初めて自分の考えを相手に伝えることができる。ただ泣いているだけでは、泣いているという行為しか相手には見えないし、分からない。
言葉のキャッチボール、コミュニケーションができない。
(この現象を書けば書くほど、自分が赤ちゃんみたいで恥ずかしい…。)

また、二つ目の場合、「こんな自分が恥ずかしい」ということと、
「人に迷惑をかける」という理由から、友人知人と話していてちょっと泣きそうになったら、話題を切り替えたり、すぐ相手に話を振ったりと、
自分を上手く表現することができず、本当の自分をさらけ出せないこともよくあった。

自分の気持ちを上手く言葉にできたら、相手に自分が何を考えているのか伝わる。会話ができ、先へ先へとコミュニケーションが進むのに。
そうだ、ただ泣くのではなくて、涙が出る前に感情を言葉で伝えれば良いのだ。そのことに、やっと気づくことができた。

自分の気持ちが、上手く言葉にできたら。相手に伝えることができたら。
そのためにはどうすれば良いか?

まずは、自分の気持ちを表現する言葉を増やすこと。
普段から自分の中で浮かぶ感情や考え事を言葉にするクセをつけること。
もし泣きそうになったら、今の気持ちをなるべく早く言葉にアウトプットすること。

自分の気持ちや感情を言葉にするー
それは当たり前のことのようだが、自分にとっては少し時間のかかることなんだとようやく自覚することができた。

そういえば、小田和正さんの「between the word & the heart -言葉と心-」という歌にこんな歌詞があったことも思い出した。

時々 遠くを見つめる
不安そうな あなたの横顔
心と言葉の間
それは君しか 分らない


2019年は、普段自分が何気なく感じたことや思った事をもっと、より上手に言葉で伝えることができるよう、積極的にnoteに綴っていきたいと思います。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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