夕ご飯 【逢更小話】

秋と夏の狭間か。少し空気が冷えた帰り道にぽつりと呟いてみる。寒暖差が激しいこの頃は患者も一際多く、疲れが何重にも重なる。

ため息を疲れと共に吐き出し、道を曲がって路地裏に入ると、白髪の少年が待ち構えていた。俺___紫昏よりも背の低い彼は、蓮という。小さな少年に見えるが、もう19歳なんだとか。身長云々は、まぁ色々あったんだろう。

「お疲れ」

そう言い、俺の荷物を奪い取る。労わってくれているらしい。

この街は、1つ裏に入れば別世界だ。人で賑わう街を、表社会といえば此処は裏社会といえる。黒く残った血痕に、転がる銃弾…夜は争いが増えるからな。か弱い俺は死なないように蓮さんが着いていてくれるんだよ。今日は、いつもより疲れているのを察しているのか、珍しく蓮さんが構ってこない。別にいいけど。

道の先には1軒のボロボロになったアパートがある。そこが、家のない俺たちの家だ。扉を開けると、暖かい空気に乗って夕ご飯の匂いがした。

「おかえりなさい」

配膳をしながら笑顔で翠月が言う。

「今日は秋刀魚を焼いたんですよ」

緑色のくりくりとした瞳が細められる。女子にも間違えられそうな彼は、このアパートのご飯係だ。

「ありがとう。すぐに荷物を片付けるな」

部屋に上がろうとすると、背の高い青年…藍が着いてきた。暇を持て余しているらしく、手伝うとのこと。彼は林檎を粉々にし、汁ものを盛大に零したという前科があるため、台所とその周辺には立ち入ることが出来ない。

「お疲れ様です。上着は此処に掛けておきますね」

料理の才能は皆無だが、彼は人柄がとても良い。弟が関わらなければ。

「ありがとう」

「おーい、紫昏。早く来いよ」

蓮さんの声だ。階段を駆け下り席に着く。いただきます、と全員の声がした。

暖かい味噌汁と、艷めく白米。誰かにご飯を作ってもらえるのは幸せだなと、しみじみ思う。親に見放され、心を閉じ込めた俺がこうやって幸せを感じるとはな。

ふっくらとした秋刀魚の身をほぐし、口にする。すかさずご飯を食べれば、秋の味覚が全体に広がった。何よりも、秋刀魚の焼き加減がいい。脂もよく乗っている。味噌汁を啜ると、味噌の優しい味がした。出汁の風味と絶妙に混ざりあって、思わず口元が綻ぶ。

「美味しい」

翠月の夕ご飯に、皆の明るい笑い声。また、無事に1日を終えることが出来たのか。1人きりじゃない食事の楽しさを教えてくれたのは、アパートにいる6人だ。

「紫昏はおかわりしないのか? 」

何杯目か分からない白米を頬張りながら、蓮さんが言った。

「蓮さんみたいに大食いじゃないので」

いつもみたく、嫌味を含んで返すとすぐに言葉が飛んでくる。

「そんなんだから、もやしなんだよ」

俺の歳になると、成長しないどころか肉か脂肪になるんだ。元々食も細い方だし。

「蓮さんは、食べた分が身長にならなくて残念ですね」

「うるせぇ、ばーか」

俺らの会話に、他の人たちが笑う。明るいエネルギーが渦になる。やっぱり、これが好きだ。

「幸せだな…」

零れ出した声は、渦の中に溶け込んでいった。

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