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「二―バーの祈り」を読み直す

あまりにも有名な、神学者ラインホルド・ニーバーの祈りの言葉。
ふと思うことあり、原文から読み直してみました。

God, give us grace to accept with serenity
the things that cannot be changed,
Courage to change the things
which should be changed,
and the Wisdom to distinguish
the one from the other.
神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。
変えるべきものを変える勇気を、
そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えて下さい。 (wikipediaより)

Greaceを「力」と訳してありますが、powerやabilityとは意味が全く異なります。Powerやabilityは、ヒトが自分以外の人やモノに対して働きかけられる主体的な「力」ですが、graceはこの場合では神から授けられる受動的な恵みや恩寵を意味しています。Graceには、グレースケリーのような上品さや、美点などの意味もあります。「力」というよりも、神のおかげで何かができるようになること、それは気品があり美しいものになることを意味しているのだと思います。

変えたくても変えられないものを、受け入れなければならないのはつらいことです。例えば死のように。現状に抗って、必死に自分を納得させようとすることもあるかもしれません。しかし、ニーバーはそうは言っていません。Serenityとともに受け入れさせよ、と祈るのです。Serenityとは、静穏とか静謐、静かにという意味。菩薩が世界のすべての苦を静かに引き受ける表情が、まさにserenityだと思います。世界には固定されたものはない、すべてが流動的なものという仏教の教えを私に連想させます。

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「変えるべきものを変える勇気」は、一見当たりまえに思えます。しかし、ヒトは慣性の生き物。どんなに今がつらく変えたいと思っても、「変える」ことによってさらにつらくなる可能性もあるため、現状維持に流れやすいものです。ましてや、持っているアセット(おカネだけではありません)が大きければ大きいほど、変えることで失うものも大きいため、変えがたくなる。それに対して、変えることで得られるものがどれほどかは不透明です。つまり、「変える」ことで失うものの大きさはほぼ見えているに、「変える」ことで得られるかもしれないものはよくみえず、しかも成功する確率も読めない。この非対称性が「変えるべき」と頭でわかっていながらも、ヒトを躊躇させるのです。だからこそ、それを乗り越えリスクを取る「勇気」が必要になる。

また、「変えることのできないものを静穏に受け入れる」ことができれば、「変えるべきものを変える勇気」を持ちやすくなる、という関係にあるのではないでしょうか。

「変えられないものと変えるべきものを区別する」こと、これは本当に難しいです。例えば、貧しい生活をしているのは、自分にとって「変えられないもの」なのか?近年の風潮では、貧しいのは努力が足りないからで、「変えるべきもの」なのに変えようとしない者の自己責任だ、と判断するでしょう。でも、本当に常にそうでしょうか?勇気を持って変えようとしても、変えられないものは必ずあります。

今直面する状況において、「区別」は誰かにはしてもらえません。自分自身で向き合い、ひとり孤独に区別しなければなりません。「賢さ」は、そういうときに求められます。

威勢のいい変革や成長などの言葉は、暗に「変えるべきでないもの」はあっても「変えることのできないもの」などないことを前提にしているように思います。そもそも近代科学は、人間の力を過大視し、社会はもちろん自然もコントロールできると信じています。「変えられないもの」を変えるのが科学の役割だと。それはそれで勇ましく気持ちいいでしょうが、ヒトや社会、自然はそう単純ではありません。その反動が、気候変動などの形で現れてきています。

こうした近代科学の特性を中和するはたらきとなっているのが、宗教かもしれません。宗派を問わず宗教とは、ヒトの力ではどうにもならない「変えられないもの」の存在を謙虚に見つめ、それでも生きていくための知恵を人々に説いているものだと思います。特に戦後、宗教心を失った私たち日本人は、「変えられないものと変えるべきものを区別する賢さ」が、極端に劣っているように感じます。だから、危機に対して主体的に向き合うことが、うまくできない。

私たちは「諦めとともに受け入れる力」は、どうやらもともと備わっているようです。明後日から、三度目の緊急事態宣言です。

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